身の程知らずダメ社長の失敗録

身の程知らずダメ社長の失敗録

料理人を経て外国人と飲食ビジネスを初めて退職金を使い果たし、借金を作ってしまったダメ社長の軌跡。
再起を図れるか?

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私のパートナーはネパール人。

楽天的でええカッコしたがり。


インド料理レストラン1号店を開店して僅か10ヶ月で2号店オープン。


2号店はとても立地がよくて代人気大型ショッピングモールもそこそこ近く、

そこへの利用者が車で行くときにはよく利用する道路沿いです。


週末には1km離れているショッピングモールからの渋滞が店の前までくる。

ショッピングモールからの帰りには信号待ちで2号店が発見できる。


地元住民の方々も珍しいインド料理店を利用してくれる。


そんな風で好調なお店です。


居抜きで内装を塗り替えと看板を掛け替えたくらいで、物件取得から僅かに

半月ほどで開店しました。

8月盆過ぎ。


忙しいお店です。


利益も充分出る。


店長はラムの友人プーナである。

カレー作成担当は1号店2番手だったボル

ナン調理担当は他店からのヘルプの名前わすれた(笑) Aくんにしよう。

アルバイト数名。



2、3ヶ月が過ぎ、私の心に変化が・・・



再三、一緒にビジネスをしないかと誘ってきていたラム。


「こんな感じで多店舗展開していけばいいかも?

インド料理と中華料理は世界のどの国に行っても必ずあると

言われる程にメジャーであるし、日本人もカレーは大好き。

お客様の反応は間違いなくいいのである。」


そんな風に考えながら“脱サラ”という言葉を深く考える毎日が続いた。


『順風満帆』

『絶好調』

のスタートには甘さがあることなど思いもせず。

自信過剰になった私がそこにはいた。


そう自分はビジネスマン、繁盛店作りが上手い。

みたいな勘違いを起こしていることなどその時は少しも思ってはいなかった。




私のパートナーはネパール人。

インド料理店をオープンし、僅か半年ほどで2号店を出店しようと計画していた。


2011年3月本格的に2号店出店のために物件探しをはじめるも、

いったい誰の名義で借りるのだろうか?

保証人は?


そんなこんなで探していても他のインド料理店のすぐそばにオープンはできない。

彼らネパール人のネットワークの中でも友人の店のそばには極力出さないのだ。


いろんな条件を考慮しながら7月初旬に好物件が出た。居抜きです。

広さもまずまず、テーブルレイアウトもなかなか良い。

家賃は気持ち高めで、駐車場も別で借りなければならないが、

1号店に比べれば立地も良さそうで家賃もなんとかなりそうである。


早速不動産屋さんに連絡し物件をおさえた。


さて誰の名義にする?


私の名義にして欲しいとラムが言う。


え~、嫌だ。


しかし、強いプッシュ。


2、3日考えて提案。


2店舗のサポート料7万円で引き受けるけどどうだい?


ラムはOKする。


俺も楽観的に名義貸ししたけど、自分がお金を出すわけではないからいいか。くらいのこと。

お小遣いも入ってくるし名義貸し料と思えばいい値段でしょう。


この物件、席数40席ほどで以前は高級とんかつ屋さん。

内装も落ち着いた感じ。


何が良いかって一番は全て置いていってくれたこと。

椅子、テーブル、厨房機器。

造作権利金一切なしで、賃貸契約料と一部テーブルウェアだけで済んでしまったことです。

初期投資が恐ろしく抑えられました。


しかし、現在ではいちいち面倒なことの一つになるとはこの時は全く思わなかった。


私のパートナーはネパール人。(ラム:仮名)


今現在は事業が上手くいかずに信頼関係ヤバイ( ̄▽ ̄;)




さてさて、ネパール人が開いたインド料理店はそこそこ順調。

利益もそこそこで赤字ではない。


新たなネパール人を迎え入れて年は明けてゆく。


しかし、その新ネパール人(プーナ:仮名)はタイでもあった男である。

パートナーとはタイ研修で知り合った私だが、このプーナともタイで会っている。

ラムの友人なのだ。


そして彼は料理人ではない。裏工作で技能ビザ取得。

そんなことを知ったのは半年前。

もう店にはいませんが・・・


ほんでもって1月末にはもう一人来日してきた。

名前はキム(仮名)


おいおい人件費ヤバイじゃん(^_^;)


話を聞けが2号店を開きたいらしい


マジか!?


私はまだ1号店を安定化させて、そこから十分な利益を出してから

2号店を開いたらいいじゃないかと促した。


しかし、ラムは

「ビジネスは日々努力してブラッシュアップしていくのは当然だから、

いつまでたっても100%にはならない。次をオープンしてもそれは同じことだよ。」

みたいなことは言ってたと思う。


まぁ出店するお金はあるのかと聞けば、あると答えるし、足りなかったら

父親に借りると言っている。


俺の金じゃないからいいか、と思い、

2011年3月ころから物件探しを初めて行く。





私のパートナーはネパール人。

40歳既婚、子供二人。

単身にて日本へ。


初来日より僅か半年でレストランを開業。


日本語話せない。


私との会話は全て英語。

少しづつ日本語を教えていく。が、面倒なので英語で話してしまう。


接客も簡単なことしかできない。



その時スタッフは彼を含めた4名のネパール人シェフ。

二番手シェフは来日2年経過

三番手シェフも来日2年経過

四番手シェフ? 見習い

アルバイト2名


どうにかこうにかお店の運営は成り立っていた。


私のその時のサポート内容は

★日々の売上金の計算記入表の作成

 ランチ終了後のレジ精算、ディナー終了後のレジ精算の記入表を

 Excelで作成し管理をさせる。


★日本における接客方法の指導


★日本人に合う料理の味付けや盛り方


★取引業者や各種関係機関への問い合わせや連絡


★1ヶ月の売上収支表の作成

 彼らにその振り分けはできないので私が経理担当。

 領収証や請求書の整理や管理

 口座管理は彼のお金なので手を着けず

 「この日までにここに、これだけ支払うんだよ」と指示したり、

 「コンビニでこの用紙で支払いをするんだよ」とかいった具合。


時には新しいアルバイトの面接で本職の休憩の合間を縫って

バイクを走らせお店で面接もしたりしました。


本職が終わってから、帰宅方向とは全く反対のお店に

その日の状況を見に行ったりもしていました。


ほぼオーナー的役回りだな。



報酬はお昼ご飯と晩御飯。

お金は無しのボランティア。


朝10時頃から夜10時頃まで。

俺ってとってもいい人じゃないか(笑)


でもお店の運営に関わることは自分自身の将来に非常に

役に立つことだと思い、勉強しながら楽しんでいました。


売上管理、収支管理、書類作成、顧客の動向は

サラリーマン料理人には良い勉強の場です。


知り合いのお店に手伝いに行ったとしてもそんなことは

まず関われないことですが、外国人の彼は私しか頼れないですからね。


お店は大した問題もなく順調に運営されていました。


しかし2ヶ月が過ぎた頃、四番手シェフが三番手シェフのイジメに嫌になり辞めて

行きましたが、もう一人この時既に来日が決まっていたパートナーの友人が

来日をしていたのだ。


彼もちょっと厄介な人物であることに気づくのはもっと後のことである。






私のパートナーはネパール人


2010年 8月

彼は店舗を選定し終わり、アパートも借りていた。

タイの五ツ星ホテルで働いていた彼は700万円近くの貯金を貯めていた。

居抜きを改装し40席あまりのレストランを作り上げる。

手引きは兄貴的存在の愛知県におけるネパール人のボス。

全て彼の指導のもと準備を進め、賃貸契約や取引業者決め、

営業許可証、備品、メニュー、チラシ等、用意は万端。


しかし、オーナーは別の名義であった。



そして9月レストランオープン。

日本人アルバイトもいる。

開店日は私も手伝いに入ってあげた。


そこから


異国の地でのビジネスを始めた彼が失敗しないようにとサポートを

してあげようとした私がそこにいました。


私は料理人としてその時はしっかり本職を持っていた。


本職の休みは月に7~8回。

そのほとんどを彼のビジネスサポーターとして頑張りました。





それをしていなかったら、


数字を見ていなかったら、




私は今もまだサラリーマンとして安定した生活を営んでいたことでしょう。