人はいつ頃から 『私は何のためにここにいるんだろう・・・?』と意識し始めるんだろう?
小さな頃って、毎瞬 毎瞬、目の前に見えること。あることに反応して、動いてる。
でも、いつの頃からか? 考え始める。
『私、何やってるんだろう?』
自分を観始める。
もう一人の自分というか、自分を観てる自分というのかな?
でも、やっぱり目の前に動き回る様々なことや、親や兄弟や、友達に意識が行って、
自分を観る意識は、そんなに出番がない。
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小学生にもなると、色々やることが多くなって、日中はほとんど感じないけれど、
夜、寝る時にちょっと感じたりすることが有ったりする。
そうだ。 そう言えばその頃、寝る間際とかに不思議な感覚になることがあったっけ。
仰向けで天井とかボ~っと見ていると、
何だか急に見えているものが、テレビの画面の中のような、
又は、TV番組の中で、ギュ~っとズームアウトするような変な感じになっていて、
天井や、自分の手なんかが、すっごく遠くにあるような、
何だか不思議な感覚になる時が有った。
気がついたらなってる時もあれば、ちょっと意識した時に成ってゆく時もあった。
まるで、見ている自分の頭の中で、目のずっと奥に小さな自分が居て、
その小~さな自分が、大~きな頭の中で、目を通して周りを見ているような感じ。
気がする。なんて、曖昧な感覚じゃなくって、
すっごくリアルで、何というか、こっちが本当の現実っていう感覚。
で、視覚がそうなった時って、
同時に聞こえる音がものすっごく大きく(?) 忙しく動きまわってる様に聞こえる。
枕元に置いてある目覚まし時計のカチコチって音が、凄い大音響で聞こえてきて、
聞こえてきてって言うよりも、音に自分の聴覚がズームしてゆくような・・・
で、その音が、ものすごく忙しそうにやってるように聞こえる。
遠くに見える視覚も、忙しそうな大音響に聞こえる聴覚も、
その視覚・聴覚に入り込みすぎると、
まだ小さかった頃は、急に怖くなって、何とかその感覚から出ようとして必死だったんだけど、
小学校高学年や、中学生の頃になると、「お、キタキタ!」って楽しんでいたっけ。
でも、中学生頃になると、
もうめったにその感覚には成らなくなっていった。
でも、確か、最後になったのは、30歳過ぎ頃だっただろうか?
あの時は「あぁ、これ、懐かしいな~」と思いながら、その感覚を楽しんでいたけど、
もう、子供の頃と比べると、かなり薄かったように思う。
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ちょうどその頃、ヒプノセラピーや、幾つかのセラピーを勉強していて、
AuraHealingの授業も受けたけど、 その授業の中に、
『両耳の間、眼のずっと奥、頭の真ん中に小さな部屋が有ると思ってください。
そして、意識をその部屋の中に置いてください。 そこに居る時、人は始めて目の前の出来事や、相対している人の本当の姿が見えてきます。 反対に、前頭葉の様々な考えや、過去の観念の中に居るままで人や物事を見ていると、それは自分の観念・解釈をみているのであって、実際の相手を見てなど居ないのです。』
って聞いた時、『あぁ・・・ うん。 そうなんだよ。』って何故か納得していたけれど、
あれって、子供の頃からたまに成っていたあの感覚があったからなのかな~。
と、ずっと後になってから思った。
あれ? また最初に書き始めたことからズレってっちゃったね。
ヒーリングスペース♫スフィア