館山 3歳女児殺害事件(日本の縮図) | An Ulterior Weblog

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10月1日未明、千葉県館山市で無理心中を図り、3歳女児を殺害した夫婦が逮捕された。この事件はその後の取材が為されてる様子がない。私が得ている話が何処からも上がっていない。メディアの取材力はもう無いのだろう。記者クラブは警察の発表をほぼそのまま追認するだけなのだろう。

メディアの情報をまとめておく。
1. 家族は夫婦と女児1人。女児は次女
2. 夫51歳警備員、妻40歳無職
3. 住所は君津市杢師、現場は館山市正木で移動は電車と徒歩
4. 現場は夫の実家で数年前から空き家。人に見られない場所として選んだ
5. 借金で生活苦
6. アパートの家賃も滞っていた。1年前は親族と6人で暮らしていた。
7. 家は解体を迫られていた(前の住居?台風被害を受けた?)
8. 殺害は検死から10月1日の午前1時頃。虐待の痕跡情報無し
9. 現場から1キロ近く離れた那古小そばの公衆電話から夫が午前3時頃に警察に通報(近くの駐在所から警官が行き、同行して現場着)
10. 家族仲は基本良かった。時に怒鳴り声と鳴き声が聞かれたが、児相も虐待は確認していない。子供の検診受診は不明。

私もこの事件をニューズで扱う多くの中の一つぐらいにしか思っていなかった。知合いから話を聞くまでは…
知合いは、この家族を直前に目撃している。

11. 目撃時刻は前日9月30日夜8時頃
12. 国道127号を富津中央IC入口より君津側で、館山方面に向かっていた。
13. 127号沿いは君津と上総湊間は歩道も街灯もほとんどない(全くない区間が多い)。車のライトだけが親子を照らす状況
14. 中年男性が子供を背負い、後ろを中年女性が歩いていた
15. 特に大きな荷物らしきものは持っていなかった
16. 住いから実家までは徒歩最短約45キロ。起伏も少しあり、普通に歩いて10時間以上はかかる。見かけた位置までは約10キロ。
17. アクアラインが出来て館山道とともに交通量は増えた。

知合いは一人暮らしの親が台風15号の被害で生活が大変になり、同居に向け準備を進めるため、同じく館山方面へと車を走らせていて目撃したのである。何かの事情が無い限り人が歩くような道ではないという。
以上から推察した内容はこう。

◯推定状況
・年齢差から夫は再婚、長女が前妻との間にあり、籍はそのままで養育費を払っていた。(最初から居て夭折したのかもしれない)
・警備員の仕事は非正規で収入が不安定だったか、正規でも養育費が圧迫。
・次女が産まれても保育園に出す金なく、妻が面倒を見てパートに出られず、家計を助けられなかった。
・9月に入って台風15号で家屋(前住居?)が被災、解体しなければならなくなった。解体費用が別にのしかかった。
・携帯はすでに解約(未払いで通じなくなった固定電話のみか?)、車も処分。家はローンによる中古物件で、すでに借金の肩代わりに出していた
・借金返済日になって、明日(10月1日)には何とか返すと言い逃れた。通信手段が無いので、直接アパートに督促人が何人も来た。
・自殺用に薬を買う金もなかった

◯事件までの行動
9月30日(月)夕方5時前あたり
・借金の督促が一段落した後、返済目処ない上に家の被災で金銭的に将来の道が閉ざされ、無理心中を決める。明日の朝までに。
・場所はせめて自分の心の拠り所の幼少期を過ごした場所を。借金取りも来そうもない、3人でいつ迄も見つからずに一緒に居続けられるところを。(でなければ、徒歩で目指してまではしないはず)
・陽が沈む前に出発。金がないため、歩けるまでは歩くことにし、127号に向かって移動。天気良く暖かく、夕陽が綺麗だったらしいので、最初は子供も一緒に仲良く楽しく歩いていた。
・127号に入って背負いながら横を通る車のライトを頼りに車道際を歩く。(車が少ない山道を歩いた可能性もあるが、起伏激しく時間的に厳しい)
・実家まで遠いので最期に残っていたお金で上総湊から22時49分の下り列車に乗る(自宅から約18キロ歩いたことになる)
・那古船形で23時20分に下車して(料金1人540円)正木の実家まで坂道を登っていく。
・勝手の分かる実家に入ったのがほぼ午前0時。
・夫婦でいろいろ話し、逡巡もあって午前1時頃決行。薬を買えなかったために絞殺ぐらいしか手段がなく、子供の苦しんだ姿から、自分達が実行する難しさと恐怖を感じ、結局は死ねず。
・午前3時、歩いて公衆電話から通報(近くに駐在所あり。そこに行かなかった理由は不明)


私は想う。女児は両親と歩き出したとき、お出かけと聞いてとても嬉しくて、歩きながらいろいろ話しかけていただろうと。疲れてからは大好きなお父さんの背中に負ぶさって眠りながらいい夢を見ていたに違い無いと。夫婦は歩きながら時々、あぁ、あんなこともあったなぁ、こんなこともあったなぁと楽しい思い出を口にしていたのではないかと。それは実家に着いてからの1時間もそうだったのではないかと。
いや、そうであってほしいというのが本音である。

この事件は日本の現在の問題が縮約されているように思えてならない。今の日本社会は本当の弱者を救うことが難しい。システム上の問題だけではなく、日本人の心に救済の心は昔のようには無い。横を通り過ぎた車は少なくないのに誰一人、警察には連絡していない。もしされていれば、少なくとも事件は防げたし、行政の手で救済することも出来たかもしれない。知合いは自分の親のことで余裕が無く、事件を知って後悔している。
この夫婦に限らず、ガラケーやスマホを持っていない、持てない、使えない人はずっと社会から取り残され続けて、救済手段さえ分からないままにさらに不利で弱い立場に追いやられていく。
女児を殺したのは今の日本社会とも言えるのである。

もちろん、あくまで推測に過ぎない。この夫婦に問題がなかったかどうかは分からない。殺害からこの夫婦を批難する書込みはネット上に腐るほどある。子供だけ施設に預け、自分たちだけ心中する道は選ばなかった。赤ん坊ではないから置き去りは無理だし、預けに行けば色々訊かれ、児相に連絡が行く。計画完遂は無理だろう。ただ、よくある虐待する我儘勝手な親がこんな強行軍をするだろうか?私はむしろ世渡り下手で純朴な家庭に映り、若しかしたら此れはこの家族に限らず誰にでも起き得ることではないかと思えた。今や子供が居ても離婚は当り前にある。そのことで夫が批難の対象にはならない。妻と女児の年齢を考えると最後の子宝だったからこそ家族は仲睦まじかった。
もし、あなたが離婚して養育費も出さなければならない一方、何とか再婚で希望の家庭を持ったのも束の間、仕事や収入に恵まれず、家庭が逆に経済的な足枷になり始め、いろいろサービスを削って、車も処分して、最後には災害で家をやられて、借金だけでは済まなくなったところに被災生活が続いてなお生きる気力が湧く自信があるだろうか?(事実、千葉県民は長引く停電、断水、食糧不足それに酷暑続きで疲弊し切っていた。遠く移住して来て被災して故郷に戻る人もいた)しかも、50歳を越えてより実入りの良い転職など望めない状況で。

貧困が死に方にも影響するという事実に何とも言えない悲しみを感じる。私にはこの事件が映画『砂の器』のように映って仕方がない。映画では流浪のどん底の親子を善良な警官が救ってくれる。しかし、この家族を救ってくれるものは何もなかったのである。
その後の台風19号による甚大な被害を知っているとしたら、この夫婦は自分たちの行為をどう思っているだろうか。


今年は九州北部豪雨、台風15,17,19号と甚大な災害が続いている。19号の被害は東日本大震災以来、最大の被害のはず。日本経済を沈ませたままにした愚かな首相が消費税増税を意地で強行したら、それを嘲笑う如くにこの様である。本当に日本は活力を削がれ、国際競争力を失って行くだろう。この事件のような家族が増えることは間違いない。

※※
妻の方が出所は早いだろう。しかし、新たな道に進むのは容易ではない。夫の出所後にまた一緒に暮らしていく可能性も低くない。彼らには頼る先が無いようだからだ。ただ、もうその時には2人の間に子供は出来ない。養子など新しい家庭を築くことも経済的に無理だろう。

私は知合いの話を聞いてからというもの、ずっとこの事件が、この家族の実像が気になっていた。思うところを存分に書いた。お子さんの冥福を祈りながら…