実家には仏壇と神棚があった。年配の方の家では両者がほぼあることだろう。
実家の仏壇は立派な農家にあるような代物だった。高さ170cm、幅65cm、奥行き55cm。基壇が2つあり、その上に本体が載る3段構成。中央にはご本尊として30cmの高さもある木彫りの立派な阿弥陀像があった。普通は掛け軸のことが多い。母は掛け軸になって横の壁に下がっていて、父は納骨は済ませていたが白木の位牌のままだった。神棚の方はどこのご家庭でもよく見かけるもので、特別立派なものでも何でもない。
仏壇は価格的には現在でも40万から50万ぐらいになるが、これは大きく頑丈な今の実家に引っ越した四半世紀前に母が自分の口座の蓄えから購入したもので詳細は父母以外知らない。
法要を終えて2人を納めた仏壇を持ち帰らなければならない。自宅は小さくは無いのだが、車に実家のでかい仏壇を載せることはできても、他の荷物を運ぶのが難しくなるし、犬を連れ帰れない。それに、こんな大きな仏壇を置き続ける意義が見当たらない。地震時の心配もある。仏壇の小型化を決めた。
母のときもそうだったが、父が亡くなったことを新聞に告知を出すと必ず、葬儀の仕出し料理や仏壇の案内が届く。こういう事態を見越して取っておいた仏壇屋の広告の中にいいのがあった。おそらく、仏壇形式としては屈指の小さいものだろう。実家から50キロほど離れたお店で実物を見て、問題無しとわかり、ご住職と相談して魂抜きと魂入れを同時にするので後で連絡しますと伝えた。
自宅に仏壇を納めるのに都合のよい造り付け棚がある。この小さい仏壇が、この棚に収まりかつ現地ですぐ手に入るあちこちの業者などを調べた限り、唯一の仏壇だった。
実家に戻ってご住職と相談すると、仏壇が小さいので掛け軸より過去帳がいいだろうとなり、その場で携帯電話で業者とも調整して、日程と内容を決めた。
仏壇交換の時刻になって、ご住職がまず来られた。早速、大きな仏壇(四半世紀経っているとは思えないほど状態はよかったのだが)の魂抜き。その途中で仏壇業者がやって来た。新しい小さな仏壇と仏具を確認し、持参された過去帳のうち1つを選択して、ご住職に記入してもらう。と同時にガタイの立派な遺品回収業者1人が大きい仏壇を抱えて車に詰め込んだ。このときに神棚も一緒にお焚き上げをお願いした。以上をその場で精算した。
ご住職は過去帳の記入が終わると、車に積んで帰ることを考慮して、緩衝材が付いたまま新たな仏壇に魂入れを行った。終わったあと、お布施とお車代をお渡しした。
こうして、仏壇の小型化を短期間で終え、両親たちは今は自宅に居る。
仏壇の小型化で意外なことがわかった。
お仏壇は本来は檀家となっているお寺に毎日供養をあげに行かなければならないところを、そのお寺代わりとして用意されたものであり、その役目を果たせるようにするためにお経をあげるが(お寺さんのご近所の檀家さんなら仏壇が無いこともあるかもしれない)、それが魂入れと呼ばれる。逆に、仏壇を更新するときにお焚き上げに出すために、古い仏壇にお役目を解くのが魂抜きと呼ばれている。
しかし、ご住職(本願寺派)に依れば、それらは俗称であって、魂抜きは仏壇が役目を全うし続けたことへのお礼とお別れの挨拶であり、魂入れはこれからお世話になることへの依頼の挨拶なのだという。ご本尊や故人の魂を移すといった意味は無いという。例えばご本尊が掛け軸でそれをそのまま次の仏壇に移すことはできる。
実は、大きい仏壇の木彫りご本尊を持ち帰りたいが可能か伺ったのである。魂を抜かれたご本尊は持ち帰ってもいいものかどうかと。ちょっと不思議に思われたらしく理由を訊かれた。父母が亡くなるまで四半世紀の間見守っていたのはこのご本尊なのと、とても細やかに彫られていて非常に美しかったからである。そこから出た回答が上記。気兼ねなく持ち帰り、現在は棚に同じく収まっている。ご本尊としての役目は終えているが今後も両親らを見守り続けてくれることだろう。
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神棚のお札は頂いた神社の賽銭箱に戻し、お焚きあげ料として千円を一緒に入れた。
自宅には神棚は無い。洋風なのでモダン神棚なら合うかもしれないが、犬の散歩でも複数の神社の前はよく通り、礼拝するので、必要性を今は感じていない。
狭小住宅で仏壇も置けない置きたくないというお宅もあるかもしれない。スマホであれば仏壇アプリがあるようなので(宗派ごとにお経も選べ、お鈴もちゃんと鳴る)、遺影を中に取り込んでやればできる。ただ、そんなんで本当にいいのかという気はするが。
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我が家では立ってるときにちょうど目の高さにご本尊が来るので、いちいちしゃがんで立ってという手間がなく、簡単に礼拝できる。その結果、自分でも信じられないほどよく拝む。朝晩は必ず、何かふと思うときにも礼拝している。通りすがりに拝むことができる。小さくして大正解だった。お客が来て焼香を考えると仏壇は低い位置がいい。そのときは棚の下段にすぐに移せばよい。こういうときにこの小ささは強力である。もっとも焼香に来られるお客さんが今後いるかというといないと思うが。
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古い仏壇のさらに前の両親初の仏壇は高さが60cm程度の適度な大きさだった。しかし、かなり傷んでもいた。引越しが何度か続くなど諸々の事情で特にどこかの檀家になっていない(ちなみに近くに本来の宗派が無くて、ほかの宗派の檀家になることもままあるし、全く問題ないそうである)。したがって、大きな仏壇に替えたとき、魂抜き魂入れはしていなかったようだ。生前、確認したわけではないが間違いないと思う。通念的にはおかしいとなるのだろうが、ご住職に言えば、永年亡くなるまで毎日、お水とご飯を供えてきた父母の行為に阿弥陀様の思いが伝わっている証拠だから気に病むことはありません、と応えてくれるに違いない。本来の檀家ではなかったことから、はたしてよい対応なのか問題ないのかといろいろとやりとりしてきた中で、ご住職から少なくとも本願寺派の教えを垣間見てきた気がする。