母親が昨年、急逝し、その一周忌もすでに済ましている。一周忌は親戚だけの予定だったが、昨年、葬儀の時に来ることができなかったという、兄弟の友人が1人特別参加ということになった。私はその人とは大学で家にいなかったので面識が全くなく、初めてお会いしたのだが、その理由も知って、改めて母親の大らかさの一面を知った。その人の家族はうまくいっておらず、年末年始を自宅ではなく、我が実家で過ごし、その恩を忘れることができなかったというのだった。現在は看護師をしており、そのため、急逝した母の葬儀に出ることができなかったという。
納骨もすでに済ましている。
納骨先もいろいろネットで調べたり、ほかの人に話を聴いたりして検討して、最終的に合葬することになった。地元にも近くにも親戚はいないし、残った兄弟も全国に異動も含めて散らばっている。いまの場所も固定ではない。子孫がいても、こう遠くにそれぞれ散っている状況で、田舎の墓の面倒など見切れるものでもない。それで、思い切って、墓を持つことをやめ、合葬にした。地元から車で1時間半ほどのところにある霊園の中だ。四十九日の挨拶状のときにその旨を伝えてあったが、それに対する親戚からの反対意見は一切なかった。
納骨は父と兄弟と遺族全員が何とかそろったある時点で実施した。晴れの中、それぞれが骨壷から骨を少しずつ墓の中に注いだ。下にはすでに多くのお骨が山となっていて、その頂点に母の骨が落ちて行った。普通のお墓も土に還すために骨壷から出して土中に埋めるが、こっちはその空間が遥かに大きく、第三者からはまるでゴミ捨て場に注いでいるように見えたかもしれない(実際、法的にはお骨は産業廃棄物である。そのため火葬許可書もしくは証明書も必要になっている)。今後、このお墓にはどれほどの人数のお骨が収まるのだろうか。。。
合葬ではあるが、母の銘板があり、そこに眠っていることがわかる。命日のお経はないが、お盆やお彼岸のときには霊園のお坊さんからお経を頂ける。遺族は今後一切何もせずに済まそうと思えば可能だ。
骨を納めたあと、焼香し、蝋燭を点け、花を手向けた。我々の前後にも墓参りに来られた方々がいらした。
天気がよかったので、高台のその場所からは遠く見渡すことができた。野山が綺麗で、父もここに一緒に入れてほしいと望んで選んだ場所だった。
納骨後、最初に墓を訪問したのは父だった。母に向かって何を話しかけたのかはわからない。
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少子高齢化で一周忌どころか葬儀をすること自体、金銭的にも無理となるだろう。収入が伸びない若者に複数の高齢者の葬儀がのしかかってくれば、葬儀自体あきらめるということになり、病院から直送で火葬場に送り、産業廃棄物処理に回される、という事例はすでに多数出始めているし、今後はそれが当たり前になっていく時代と思われる。