教育グローバル化の幻想 | An Ulterior Weblog

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似た話が続く。


おそらく受験、特に大学入試を見据えているご家庭では「スーパーグローバル大学」という制度を目にしたことがあるだろう。各大学からの構想案を受けて37校を昨年認可。その背景と動きは以下がわかる。

http://mainichi.jp/edu/univ/news/20141014org00m100027000c.html

選ばれた大学には毎年特別に補助金が出る。少子化がわかっていたのに、これまで雨後の筍のように増え続けた大学の整理にやっと手がついたという点では望ましい。というか霞が関は何につけ怠慢過ぎだ。

各大学がどんな計画を持っているかはウィキペディアの大学名の右側にある「構想」にpdf資料がある。予算見積詳細まで記載されている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%BC%E3%83%91%E3%83%BC%E3%82%B0%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%AB%E5%A4%A7%E5%AD%A6


さて、最初の毎日新聞の記事の中に出てくる国別ランキングを見てほしい。

http://mainichi.jp/graph/2014/10/14/20141014org00m100027000c/001.html

毎日の記事や文科省がこれを元にしているとするなら、いかに物事の判断ができないかという証拠だ。

日本はたしかに少ない部類かもしれない。しかし、ほとんどは米国と英国に集中、たった2つで半分を超えている。二桁なのはほかにドイツとオランダだけ。何のことはない、英語が母国語が有利だというのに過ぎない。英米に世界から集まってきているからである。工業国で欧州でイギリスよりもある意味、教育にうるさく、経済的にもうまくいっているドイツでさえ、英国の半分にも満たない。それで3位である。英語圏を見れば、カナダ、オーストラリア、香港、シンガポールがある。これらも合計すると実に6割を超え、たった6ヶ国で2/3に迫る。

このグラフから出る結論は明白。英米に行け!だ。グローバルと言うが、何のことはない英米のことではないか。


ドイツやフランスに行けばわかるが、ちょっと外れた都市に行くともう英語は通じない。大学のある街でもそうだ。大学内は大体どこでも通じるが(フランスは別)、学生はうまくない人もいる。ベネルクス三国は庶民も大学も英語は通じるが、ルクセンブルグはあまりに小さいせいか挙がってない(大学が1つか2つ?)。オランダ、ベルギーが小国の割に検討しているのは事実だが、これは何より国の歴史的な背景と伝統による。フランスもそうだが、これらは60年代に主にアフリカの国々が独立するまで産業と植民地貿易でしこたま儲けて国力を確保してきた国だ。国力が堕ちたのは比較的最近である。驚くのは大学では伝統のあるイタリアとオーストリアがない。

逆に中国がそんなに値するかという気がする。香港大はイギリス統治が長くあったので当然だが、本土の北京大にしても精華大にしても低い印象しかない。

人が密集しておらず、大学も多くはないカナダは妥当なところだろうし、米が近いので、そっちに行ってしまう。そう考えれば健闘しているといえる。北米外からは米国の有名大は無理とカナダの名門へ留学する人も少なくない。

はたして、この結果を出したところはどういうことを根拠にしているのか。


大学の質ならば、理系は文句なしにケンブリッジだし、ビジネスならハーバードだろう。ケンブリッジのノーベル賞級の受賞者数は圧倒的だ。そのケンブリッジに工学がなく、だから日本に追い越されたのだと故サッチャー元首相は大学の反対を押し切ってケンブリッジに工学を導入した。

日本の官僚は一体、どんな事実を元に何を将来の視野に見据えて改革しているのか全くわからない。


海外から人材が集まるからグローバルなのか、それとも英語で授業をすることがグローバルなのか。

前にも話題にした広島大あたりは郊外の広大なキャンパスを作り、今は産業とのプロジェクトも盛んだし、東南アジアの人が教授になっていたり、学生がいたりとかなり国際色が出ている。日本語が流暢な人もいるという。スーパーグローバル大学にも認可されている。はたしてどうなっていくのか。

日本人講師が英語で授業をする負担は相当重い。まず間違いだらけだろう。前に触れたように中村修二氏でも次の状態なのである。

http://www.enago.jp/drnakamura/

留学していてこうだ。しかも、戻ってきて書いた論文はことごとくレフリーに英文が不味いと。英語ができるということで就職できたのに。現実はこうなのである。私の周りの留学経験者たちと同じだ。彼がどういう学習をしたかは知らないがやり方はたぶん間違っていただろう。40過ぎでも学習効果はそれほど落ちないことは身をもって確認している。やりもせずにこんな結論を軽々しく言われても困る。ただ、この年齢は働き盛りで仕事がガンガン入るのでやりにくいことはやりにくい。


私の結論は簡単だ。国民全部にネイティブ高校レベルの英語を要求するのは無理だ(日本人を捨てるなら別)。高度だし、時間がかかりすぎる。そのエネルギーと時間を無駄にせずに来たから、今の繁栄と安定した日本があると言える。小学での英語はまずやめるべきだ。その前に日本語の論理をしっかり身につけさせる。このときを逃すと日本語が一生おかしくなる可能性がある。

大学の英語は何とかしなければいけない。大体、日本の大学生は楽をしすぎなので、学部3年まで延長して essay 程度は書けるようにした方がいい。院試が4年の秋にあるから、4年の前半まで英語の授業があってもいい。大学時代に院試対策で教養の英語を単位関係なしに受講していた者もいた。そこではTOEICとかTOEFLなどというようなレベルではない、英語が本当に理解でき、使えるようにするための授業とそれに繋がる入試の方向性を見出すべきと思う。TOEFLなどはあくまで補助だ。

留学の受け入れのグローバル化なら、基本は大学院から多くの留学生を入れることにし、そこは完全に英語での授業とする。しかし、学部は日本語で効率よく学問の基礎を吸収させる。このあたりが現実的なところではないかと思う。それに飽き足らない人は大学院から英語圏に行って、成功するなり、野たれ死ぬなりすればいいだけの話である。向こうでの大学院は基本的にベンチャー参画と同じ。

http://www.mag2.com/p/news/17055

日本の大学生が皆、英米でポストを得られるわけはないのだし、その必要もない。最後は日本で頑張ってほしいのだから。



私はこの意見に賛同する。文科省も企業側も民衆もよく状況を正確に呑み込めておらず、日本の独り相撲になっている。

http://www.nippon.com/ja/in-depth/a02803/


※※

小さなときから海外で育ててバイリンガルにしようとする親もいるが、成功した例は皆無に近いと言われている。通常、英語の方が楽で日本語がおかしくなる。しかも途中で日本の学校に戻すものだから、英語も中途半端になり、言語的におかしくなって、どっちも使いこなせないという例が多いと言われる。留学が全く有益ではないわけではないが、効果は限定的だし、時に害となり、特に若年では一生取り返しがつかないことの方が多い。帰国子女が社会的になじむことができずに再度国外にとか不遇な目に遭うとかは、むしろ安易なバイリンガル教育方針によるものが多い。言語ができなければ、その社会に溶け込むのは困難である。
留学するなら、語学のためにではなく、何か仕事で行くのがいい。そのついでに言語の障壁を感じて、克服を目指すのがいいだろう。語学目標で行くと、それしかないので挫折感が強すぎることが多い。


※※※

特許など知的財産を考えた場合、むしろグローバル化などしない方がいいのではないかと思われる。日本の特許庁の閲覧システムを一番使っているのは中国人である。逸早く中国の中で同じことを真似て特許化しようというわけである。それを大学の研究を滅多矢鱈に英文にして匂わせてしまえばすぐ世界的に盗用か真似される。役人の成果づくりのために日本の知恵が容易く外国に流れるのは全くもって国民の努力を踏み躙る話である。下手に特許に出すべきでないと意見したことは最近の記事にも書いた。

http://ameblo.jp/speedflex/entry-12093869803.html