ネット上では重箱の隅に淀んでいるこのブログであるが、この2日ほどはアクセスがかなり上がった。記録的というほどではないが、ほぼ歴代トップクラス。
もともと、何のランキング登録もしていないので目に着くことが無いし、ほとんど検索に引っかからないはずなのだが。。。
理由はちょうど2年前、村上春樹と団塊世代について書いた記事が、ノーベル賞物理学賞受賞のフィーバー(古い言葉。。。)の勢いに乗って、文学賞への注目度が上がったためのようである。
結果はご存じのとおりで受賞していない。
記事ではノーベル賞候補と書いたが、本当に候補かどうかは50年経たないと公表されないのであくまで推定でしかないのだが、これまでカフカ賞などのいわゆるノーベル賞候補となるべき賞をいくつも受けているので、候補のトップにいるかどうかは別にして、リストに挙がっていないということはとても考えにくい。
ただ、受賞できないだろうというのは今も変わらない推察である。彼は日本の代表にふさわしいという側面が見当たらないからである。
じゃ、代わりがいるかというといるようにも思えない。毎年、この村上春樹祭が続くのはそこに原因がある。彼を超える代替作家がこれといって挙がって来ない以上、しばらくは秋の風物詩となるのだろう。
さて、2年前の記事では村上春樹は学生運動には参加していなかっただろうと推察していたが、それ以降にニューズウィークのインタビュー記事に実際に「警察と闘った」と答えている。また、その後、周囲が結局、企業戦士になっていったのに馴染めずに作家になったと吐露している。(URL処理が汚いのはしばらくご勘弁願いたい)
これでわかった気がする。村上作品を受け付けない理由が。彼は学生運動がそのまま続いているのだ。その点では坂本龍一も同類に思う。理想を求めて頑張ったが、結局そんなものはどこにもなく、現実が地に着いた日常なのだということが理解できずに自分の世界の純化に向かった人たちの1人だったのだ。
もちろん、それが共鳴なり共感なり、人間性の一面を照らす真実であったりするのだろうが、彼らの存在たらしめる舞台は我々の生きている日々のものとは別種ということだろう。それを楽しむのは一つの娯楽である。残念ながら私は両者の作品を楽しめたことは一度もない。両者が共通したものとの認識はなかったが。
※次の記事が出た。これが現実である。ただ、グレアム・グリーンを同じ扱いにするのはちょっと無理がある気がする。また、英語への翻訳版にはあまりに性的な部分は削られていることを注意しておく。つまり、海外で人気が高くてもそれは原作のかなり過激な部分を消した上での話なのである。
http://lite-ra.com/2014/10/post-535.html
※※元女子高生ロックバンドに曲も作られていることを知った。「村上春樹つまらない」
https://www.youtube.com/watch?v=2FgTqPV3fh8
アマゾンでも売っている。多角的経済効果である。