刑法第一問
一 甲の罪責について
1 Xに対する罪責について
(一) 薬剤をXに嗅がせる行為がそもそも殺人罪(119条)の実行
行為に着手したといえるか。
ここに実行行為の着手とは、構成要件的結果発生の現実的危険
性を有する行為をいう。本問においては、人を昏倒させる効果を
もつ薬剤は、麻酔医等の専門家でも処置を誤れば人を死に至らし
める危険性を有するものであり、これを素人が嗅がせる行為は死
の結果発生の危険性を有するものである。したがって、甲の行為
は殺人罪の実行に着手したといえる。
(二) もっとも、甲はXを薬剤で昏倒させたあとに海中に投棄させて
死亡させる目的のもとに薬剤を嗅がせたのであり、殺人罪(19
9条)の故意が阻却されるとも思われる。
しかし、昏睡行為と投棄行為は時間的にも場所的にも連続して
おり、人気のない湊でXを昏睡させることに成功すれば海中に投
棄することになんの障害もない。したがって、昏睡させて投棄し
て死亡させるという一連の行為に故意が認められるため、殺人罪
の故意は阻却されない。
(三) 以上より、甲にはXに対する殺人罪が成立する。
2 さらに、乙を殴って気絶させており、乙の生理的機能に傷害を
与えているため傷害罪(204条)も成立する
3 以上より、甲にはXに対する殺人罪の共同正犯(60条・19
9条)と乙に対する傷害罪(204条)が成立し、両罪は併合罪
(45条)となる。
二 丙の罪責について
1 丙は甲乙とともにX殺害を計画しXが死亡しているため、Xに対する
殺人罪の共謀共同正犯(60条・199条)の罪責を負わないか。
2 そもそも共同正犯が「正犯」とされるのは、共同正犯者が相互に利用
補充しあい、結果に対して因果的影響力を及ぼしているからである。そ
して、共同して犯罪を遂行するという合意に基づき、その中の者が実行
行為に及んだ場合、実行行為を共同しようと実行行為に向けて行為を共
同したとを問わず、結果に対して因果的影響力を及ぼしたと評価できる
ため、共謀共同正犯として等しく共同正犯の罪責を負うと考える。
もっとも、丙自身は計画後に怖くなったので実際には待ち合わせ場所
に行かず、その旨も甲に申し出ている。そこで、共謀からの離脱が認め
られ、死の結果について責任を負わないのではないか。
そもそも共同正犯を基礎づける一部実行全部責任の趣旨は、前述のよ
うに結果に対し相互に因果的影響力を及ぼした点にある。とすれば、こ
影響力を断ち切ることに成功すれば共謀からの離脱が認められ、予備・
陰謀以外の罪責を負わないと考える。
これを本問についてみると、丙は甲に待ち合わせ場所に行かない旨の
電話をし、甲乙は丙が来ないものと考えているため、心理的影響力が切
断され離脱が認められとも思われる。しかし、Xが計画通りに港に現れ
るよう誘い出したのは丙自身であるにもかかわらず、Xに対し命が狙わ
れている旨の警告や港から出るようにとの連絡といった阻止行為にはで
ておらず、物理的因果は断たれていないと評価できる。とすれば、丙に
共謀からの離脱を認めることはできない
3 以上より、離脱が認められない以上、丙はXに対する殺人罪の共謀共
同正犯(60条・199条)の罪責を負う。
三 乙の罪責について
1 前述のように、乙は甲らとX殺害の共謀をなしており、Xに対する殺
人罪の共謀正犯が成立する。
ここで、乙が薬剤を嗅がされて動かなくなったXを可哀想に思って殺
害を思いとどまるよう甲に懇請した点について、中止犯が認められない
かが問題となるが、その時点でXは既に死亡しているため中止犯の成否
は問題とならない。このように考えても、情状(66条)として考慮さ
れるのであるから、特に不都合はない。
2 以上より、乙はXに対する殺人罪の共謀共同正犯(60条)の罪責を
負う。
刑法第二問
一 甲の罪責について
1(一) 甲はXを困らせる目的でXに「そこの道で~倒れています」と嘘
をいってXを事故現場に急行させている。そこで、甲に偽計業務妨
害罪(233条)が成立するか。妨害されたのは民間業務ではなく
公務であるから、業務に公務が含まれるかが問題となる。
(二) 思うに、業務妨害罪の中でも威力による場合には強制力を行使す
る権力的公務ならば実力でこれを排除することが可能であるから、
威力業務妨害罪による保護を与える必要はない。もっとも、偽計に
よる場合については実力をもってもこれを排除することは困難であ
るから、偽計業務妨害罪による保護が必要となる。そこで、偽計に
よる業務妨害については全ての公務が業務に含まれると考える。
(三) したがって、うそをいって警察官Xを事故現場に急行させた行為
につき、甲に偽計業務妨害罪(233条)が成立する。
2(一) 次に、Xの制帽と業務日誌を持ち出した行為について窃盗罪(2
35条)が成立するか。
(二)(1) まず、交番内には誰もいないが、机の上にある物はいまだ
Xの支配下にあると評価できる。そこで、これを持ち出した
点につきXの占有を侵害したといえる。またこれに対応する
故意もある。
(2) もっとも、甲はXを困らせる意図のもとに制帽等を持ち出
したのであり、不法領得の意思に欠け窃盗罪は成立しないの
ではないか。窃盗罪の成否にあたり、不法領得の意思の要否
およびその内容が問題となる。
思うに、不可罰的な使用窃盗と区別する必要があること、
また窃盗罪が器物損壊罪よりも重く処罰されているのは、そ
の利欲犯的側面にあることから、窃盗罪が成立するためには
不法領得の意思が必要であり、その内容は権利者を排除して
その経済的用法に基づいて利用処分する意思をいうと考える。
(3) これを本問についてみると、甲はXの使用を排除する意図
はあるため権利者排除意思は認められる。もっとも、単にX
を困らせる意図で持ち出したにすぎず、これを売りさばいた
りする意図はなく経済的用法に基づいて利用処分する意思は
ない。したがって、甲には不法領得の意思がなく、窃盗罪は
成立しない。
もっとも、Xの意思に基づかずその占有を離れた制帽と業
務日誌を保管していた点につき占有離脱物横領罪(254条)
が成立する。
3 以上より、甲には偽計業務妨害罪(233条)と占有離脱物横領罪(2
54条)が成立し、両罪は併合罪(45条)となる。
二 乙の罪責について
1 まず、制帽が高く売れるとそそのかして保管させた点につき、占有離脱
物横領罪の教唆犯(61条1項・254条)が成立する。
2(一) 次に、Xに対して「この業務日誌を~返してやる」と申し向けた
点につき、恐喝未遂罪(250条・249条1項)が成立するか。
マスコミに持っていくこと自体は適法行為であるため、適法行為で
あっても恐喝たりうるかが問題となる。
(二) 思うに、適法行為であっても財物喝取と結びつけば恐喝罪の保護
法益を侵害することは可能である。したがって、適法行為であって
も恐喝罪は成立すると考える。
(三) したがって、乙にはXに対する1項恐喝罪の未遂犯(250条・
249条1項)が成立する。また、同時に盗品等斡旋罪(256条
2項)も成立する。
3 以上より、乙には占有離脱物横領罪の教唆犯(61条1項、254条)
と恐喝未遂罪、盗品等斡旋罪が成立し、後二者は観念的競合(54条)と
なり、これと前者は併合罪(45条)となる。
以上