気づいたら3月。
うん、毎月こんな書き方しとるなあ。
さて、ここ最近2月が終わると感じるのが、『あれ?今年も1年の6分の1が終わったのか……』ってやつ。
1月もすごいスピードで終わるので、『今年もあっという間に1ヶ月終わったなあ』って思うんですが、まだ12分の1なので、『うんうん』って感じ。
それが2月だと一気に6分の1になるわけでして、途端にすげえ終わった感出てきます。
まいったまいった。
しかし本当に月日過ぎるのが早い。
やること多すぎるのかなあって気持ちもあります。
気づいたら3月。
うん、毎月こんな書き方しとるなあ。
さて、ここ最近2月が終わると感じるのが、『あれ?今年も1年の6分の1が終わったのか……』ってやつ。
1月もすごいスピードで終わるので、『今年もあっという間に1ヶ月終わったなあ』って思うんですが、まだ12分の1なので、『うんうん』って感じ。
それが2月だと一気に6分の1になるわけでして、途端にすげえ終わった感出てきます。
まいったまいった。
しかし本当に月日過ぎるのが早い。
やること多すぎるのかなあって気持ちもあります。
うちの会社は日本には会社組織ないので、日本からの駐在はいません。
また日本人は限られていますし、小さい会社なので、どちらかと言えばファミリー企業に近いです。
ですので、中にいる限りは現地採用特有の苦しさを感じることが少ないですが、
それでも思うことあるので書いていくわけです。
まあ何度も同じようなこと書いてますけど、つまりそれだけ感じるところがあると理解してもらえば。
現地採用をおススメしない理由
・給料が安い
まずコレ。圧倒的に安いと思います。
一部のベテランは抜きにして考えてほしいのですが、例えば新卒でいきない海外で現地採用なんてやったら
マジで相当給料低いと思います。
もちろん物価は安かったりしますけど、場所にもよりけりですが、そんなに馬鹿みたいに物価安いわけではありません。
また次で書きますが、例えば日本にいた頃の生活を少しでもしようとすると途端に生活費跳ね上がります。
・生活費が意外にかかる
完全に現地人と同じ生活ができないと生活費が結構かかります。
例えば巷に溢れる現地採用推進委員会による現地採用おススメ記事なんて読んでると
プチセレブ生活みたいのが送れるなんてのも書いてありますけど、あんな生活したら破綻しますよ。
そらもちろん貯金無視してやればやれないこともないですけど、
そんなんに憧れる人は最初から大企業入って駐在員目指した方が良いです。
現地採用でそういう生活をしたがる人は絶対に駐在員との格差に凹むでしょうし。
現地のローカル飯食べながら、ルームシェアみたいなことして家賃安くあげて、細々と生きていけますか?
もちろんそういう生活が問題ない人は大丈夫でしょう。
・為替の不安定さ
まだお金のことで恐縮ですが、これも問題です。
上2つに関しては、個人としては給料もそこまでひどくはありませんし(満足してませんが)
生活費もかなり会社側の補助出てるので、結構低く保つことができているので、そんなに問題にはなってませんが
この為替については日々怯えながら暮らしています。
というのも現地通貨で給料をもらっているので、通貨危機などが起こったときにめちゃくちゃ影響を受けます。
また日本に一時帰国する際などは両替をしなくてはならないわけですが、最近は新興国通貨は弱くなっているので
昔に比べると目減りしているので、なんなんだかなあって思ってます。
ここらへんは、見極め必要ですが例えば現地で定期預金などして損失を抑えることが大切だと思います。
・そんなにキャリアにならん
何年か働いて、日本に帰国して就職しようとしたときに、現地採用で仕事をしていた経験は
それほどキャリアとして見てもらえないと思います。
いや正確に書くならば、『見てもらえる企業もあるけど、現地採用をモラトリアムの一種くらいにしか見ていない企業や人も
まだまだ多く存在している』みたいな感じでしょうか。
でも、これはあながち間違ってはいないと思ってて、つまりこちら側に問題があると私は思っています。
かなりの覚悟やビジョンを持って現地採用に飛び込む人は別として、
現地採用で働こうとする人の中には『日本で働くのは嫌だし、なんか調べたら現地採用ってのがあって、これ意外に楽そうだし
海外で仕事とかなんとなく人と違って珍しいから食い扶持ありそう』くらいの感覚で日本を脱出する人もいるわけで、
そんな人間が海外に来てみても、思いのほかツラいから早々にドロップアウトして日本帰って就職活動しちゃうわけでして、
ハッキリ言って、そんな人間を欲しがる企業はありません。
たぶんですけど、企業側もそういう人間を採用して、結局そいつは3ヶ月くらいで早々に退職しちゃったみたいな経験あるんでしょう。
なので、『こいつも海外行ったけどダメで日本に逃げ帰ってきて、たぶん根性ないからウチも続かないやろなあ』とか
現地採用経験者全体が思われているのではないでしょうか。
私の意見としては、もし現地採用をキャリアとしたいならば、10年くらいは海外でガムシャラにやるべきです。
今の日本なら35くらいまでなら転職の目は十分あります。
もしくは現地採用で一生終えるくらいの覚悟を持つか。
例えば、最初は日本企業でも、その後は欧州系の企業に転職するとか、現地ローカルでも良いと思います。
おそらく日本企業だと昇進の可能性低くても、現地ローカルなんかなら、頑張れば見返りあると思います。
その際は、なるべく小さい会社がねらい目かなあ。
あとは初めから独立ありきで、その踏み台として現地採用として働き始めるか。
例えば、東南アジアの成長を見込んで、現地でのビジネスを考え、そのためにまずは現地採用で
人脈と現地への適応を行っていくというもの。
・将来が不安
まあ、これがすべてですが、将来は日本で働くより不透明でしょう。
基本的にはハイリスク・ローリターンが現地採用の実情ではないでしょうか。
いろいろ不安なこと多いですよ。
まあ、まとめると、生半可な気持ちで来るのホントに止めた方が良いですよ。
俺も、日本でサラリーマンはできないというネガティブなモチベで来ましたけど。
世の中、適材適所、合う合わないはありますから、日本に馴染むタイプ、海外に馴染むタイプ存在しますけど、
たぶん我々日本人にとって楽なのは日本にいることです。
日本も将来が不安だなってことたくさんあると思いますけど、それでもやっぱり日本は恵まれてます。
例えば、今いる環境での就職が不安だったり不透明だったら、まず日本国内での移動を考えるべきです。
日本国内でも環境はいくらでも変えられますので、わざわざ海外来る必要ありません。
同じ日本なら、新しい環境に馴染める可能性高いでしょうし。
さっきも書きましたけど、もうめちゃくちゃ良い待遇とか将来性がかなり明確に見えたりする場合か
将来的に海外でビジネスを興したいみたいな人の一時的な場所としてしか現地採用はおススメできないですかね。
ほんだら、君はそんなん書いてて、なんでまだ現地採用で働いとんねんって話ですが、
私としては日系ですが小さい企業で駐在もいないので、現在もそこそこの役職で裁量が与えられて仕事できています。
会社のビジネスは厳しいですが、そこさえクリアすれば個人的な話ではチャンスあると感じています。
また特に日本に戻るつもりもないので、現地語と英語も鍛えて、転職も考えている状況です。
独立とかは正直難しいと思いますが。
まあ人それぞれですよね。
ってお話し。
海外に出て失敗する人は、駐在員だろうと現地採用だろうと、旦那についてきた日本人妻だろうと
ほとんどの人が日本のモノサシで考えて、結果的に精神的にやられてしまいます。
郷に入っては郷に従え
なんて言葉もありますが、本当にその通りで、日本の基準なんか通用しません。
だって、ここ日本じゃないんだから。
もちろん日本らしさを持ち込んでみるのはアリです。
俺も、よく日本ならこうするよ!とか日本人はこうだよ!とか話しますから。
ただ『こんなこと日本なら当たり前だぞ!』なんてことは言いません。
『日本人なら、こうしてくれるのになあ』とも思いません。
国が違えば、なにもかも違うのが普通ですから。
結果が必要だったりすると焦って日本式でやっていこうとしてしまいますが、
急がば回れの精神で、まずは彼ら彼女らの考え方を理解するところから始める方が良いと思います。
まあ、やっぱり日本との違いを楽しめるくらいの人じゃないと難しいですかねえ。
不便さなんか探し出したらキリないですから。
日本が異常なんですよ、世界的に見たら。
海外在住、独身アラサーやらさせてもろてます。
うなじゅうです。
うな重食べたいです。
海外在住と一言で言ってもいろんな環境があるわけですが、
どちらかと言えば、他の日本人とは滅多に会わない環境で暮らしてます。
もちろんテレビなんかで見る、こんなところに日本人!なんてレベルには到底及びませんが。
まあそんなわけで独身街道を突っ走っているわけで、アラサーともなれば折り返し地点は過ぎていることでしょう。
ただ、それでも一時帰国した際には、別に婚活なんて立派なものではありませんが、
普通に女友達なんかとご飯行ったりはするわけなんですが、
最近はそういう子たちが共通して言ってくることに『そんなにそれって重要なのかな?』って思うことあります。
というのは、『いつ日本帰ってくるの?』とか『日本にいるんだったらなあ』的なやつです。
俺のいるとこは、社長が日本人ですが、本社が日本にあるわけではないので、俺も現地採用です。
なので駐在さんみたいに何年で帰国!みたいな決まりはありません。
そんでクビ切られることもありませんので、進退は自分で決めるわけです。
んでまあ、よく言われます。
『いつ日本帰ってくるの?』ってやつ。
あとは有難い言葉ですが『日本にいるなら、いいなあって思うんだけど』みたいなやつ。
もうホントによく言われるんですけど、日本にいることそんなに重要なんですかね。
いや、分かりますよ。
もちろん遠距離ってレベルじゃないですし、後々に子どもなんかできた日には、
『え?私が1人で育児していくってこと?』ってなりますし、そもそも数ヶ月に1度会うのって、もうなんかそれ結婚する必要ある? etc...
でも当然ながら結婚したり、子どもできたりすれば帰国回数増やしますし、
昔みたいに連絡取るのが手紙くらいしかない!なんて時代でもないので、毎日連絡だって取り合えます。
それに、ちょっと心配ではありますが、こっちに来るって選択肢もあると思います。
もちろん海外で暮らすってことは一筋縄ではいかないわけですけど、
まあなんか思うのは、『いや海外生活はないでしょ』とか言う前に、とりあえず日本から出てみれば?ってこと。
ロクに現地の生活環境も知らんで好き勝手に言われると、俺としては第2の故郷を馬鹿にされてるみたいで、ちょっと不快。
それに偉そうに言わせてもらえば、みんなに共通して言えることですが、
今いる環境とかがその人を作っているわけで、
海外在住をしているからこそ今の俺がいると思っています。
同期間、日本にいたら、たぶん全然違う人間ができあがっていたでしょう。
だから、海外在住をしたことが俺を俺たらしめているわけです。
ただまあ結論としては、
『海外生活してるなんてハンデが気にならないくらいの魅力』が不足している俺の問題だなってなります。
だって極端な言い方&少し品性下劣な例ですが、めちゃくちゃ性格最高の金持ち高身長イケメン海外在住者だったら、
たぶん海外で働いていることなんて気にならないでしょうから。
これは皮肉でもなんでもなくホントにそう思います。
だから、俺がいろいろ足りてないから、相手側も勇気出ないんだなってことになって
とりあえず精進しなくてはなーとか思います。
つまり自分を磨こうって話。
うーん、この文章力も問題の1つか。
ちょっと題名と内容がずれているかもしれませんが、ご了承くだしあ。
今日書きたいのは、例えば少しだけ現地の言語できるようになったと思っても、
会社の外に出たらあんまり通じないよ!問題です。
例えばタイとかインドネシア、ベトナムなど現地の言語がある国でも
社内での使用言語を英語にしている日本企業も多くありますが、
一方でローカルは現地の言語を使い、通訳が日本語に訳す形で対応している企業も多くあります。
そういう企業にいると、やっぱり通訳なしで直接会話できた方がいいなってことで、現地の言語を勉強して
少なからず話せるようになる日本人も多く見られます。
ただ、少し会話ができるようになったので、いざ会社の外で頑張って話してみると意外に通じない、そんなことあります。
結局、これって企業内のローカル社員がかなり頭回転させてくれてるってことです。
こっちの表現の癖とか分かってくれるので、『あ、こいつこういうこと言いたいんだな!』とか考えてくれて
上手く話を進めてくれてるわけですね。
日本食レストランの女の子なんかもそうですが。
ということで、そんな状態で外で話してみても、普通の現地の方はそんな気遣いしてくれるはずもなく
『なんかこいつそれっぽいこと言ってるけど、全然わかんねえ!』ってなっちゃいます。
俺も、ありがたいことに現地の人に『上手に話すねえ』なんて言ってもらえますが、
そこらへんはみんなが頑張って訳してくれていると思っているので、
『俺が話してるのオリジナルの〇〇語だから~』なんてよく言います。
文法書読んだことないので、そこらへんめちゃくちゃですから。
まあ前にも書いたと思いますが、個人的には、現地の人の使っている表現を聴いて、
それを真似するのが、会話できるようになるうえでの1番の近道ではないかと思ってます。
と、の後に何が繋がるわけでもないですけど。
2002年、中学3年の夏に金曜ロードショーで耳をすませばを見た。
おそらく7月中頃か。
ただ、すでに中学生は夏休みに入っていた。
録画をしたソレを夏休みの間、何度も何度も見た。
まさに擦り切れるくらい見た。
蛇足だけど、こういう『擦り切れる』って表現が通じるのは俺ら世代が最後なのかな。
ともかく、憑りつかれたように見た。
耳をすませばって個人的には、おっさんたちからの若者への応援歌だと思ってて
当時の俺はそれにすごく単純に励まされたのだと思う。
まあ、だからといって、その後に素晴らしい青春があったわけではないのだけれども。
ともかく受験戦争は耳をすませばと共に乗り切ったと言っても過言ではなくて、
インターネットで耳をすませばを検索して、聖蹟桜ヶ丘を知り、受験が終わったら聖蹟桜ヶ丘に行こうって決めていた。
近くに住んでいる人からしたら、いつでもどうぞって感じだろうけど、埼玉県民の中学3年生には
聖蹟桜ヶ丘はちょっとしたプチ旅行だったし、それにいわゆるゲン担ぎってやつでもあった。
そんなわけで、埼玉県の公立高校の一般入試(今は前期後期に呼び名変わった?)は、2月末にあって、
発表は3月5日だか6日だったんだけど、結果は無事に合格していた。
どうでもいい余談だが、合格発表の数日後に親に点数確認してこいって言われて、
今は知らんけど、当時は受験番号で点数知れたから、高校へ赴けば点数分かったんだけど、
もう合格してんだから関係ねえやろ!!!ってことで、そんなん無視して、テキトーに自己採点の点数報告した。
本当は何点だったんだろう?
まあでもマークシートでもなかったわけだし、簡単な英作文と国語で短い作文くらいが点数読めないくらいで
あとは正解は1つみたいな試験だったはずだから、自己採点とそうは違わなかっただろう。
そんなこんなで合格を決めて、もうその翌日かなんかに聖蹟桜ヶ丘へ向かった。
2003年の3月だ。
事前リサーチしていたので、駅からの道は迷わず、ずんずんと突き進んでいって、
坂の中腹に公園があって、その公園から丘の上へ行けて、そこに耳ノートがあって、なんか書き込んだりして。
ちょっと格好つけてゴミ拾いなんかしちゃったりもして。
公園に戻って、また歩き出して、いろは坂を登りきると、杉村が雫に告白した金比羅宮さんがあって、
そっから下っていくと地球屋があったロータリーがあって、もうなんか耳をすませばだーってなった。
今は耳ノートは、このロータリーにあるお店にあるらしい。
当時の俺の記憶を辿ると、その後はロータリーから駅と反対側に坂を下って行って、
愛宕団地手前の公園で1人でもふもふとおにぎりにかぶりついた記憶がある。
その後は大通りを東に進んで、多摩東公園を横目に連光寺給水所の給水タンクまで歩いた。
エンディングで聖司が雫を連れてくるシーンで描かれている円柱の給水タンクだ。(景色は別の場所)
その給水所の横には、みはらし緑地があって、給水タンクと逆側の景色もなかなか素晴らしいものだった。
そして多摩大学の横を通り、川崎街道に出て、聖蹟桜ヶ丘駅に戻り帰宅をした。
そういえば川崎街道にあるココイチ、入ったことないけど、なぜか記憶に焼き付いている。
まだ、あるんだろうか。
その後、何度も聖蹟桜ヶ丘に訪れたけど、ここ数年は日本に帰ってもいろいろ用事があり、
どうも行くチャンスがない。
でも、また行きたいなあ。
2月も、あっという間に6日。
暦の上では春。
恵方巻はくだらないなーと思ってるけど、美味しいから食べたいよ。
ああ、寿司食いたい。
仕事は忙しくて、今日は朝から腹痛と空咳に悩まされております。
まいったまいった。
最近は悩み多き年ごろ。
つらい。
なかなかに弱ってるらしくて、今年の占い見てみたら、なんか当たってる!ってなって
ああ、完全に占い大好きOLの思考そのものや!ってなってわらけてきました。
前にも似たような記事書いた気がするけど、書きたいからまた書く。
海外生活なんて言っても国によるから一概に言えないわけで、
とりあえず俺の住んでいる東南アジア某国の話。
まあでも、なんでもそうだと思うけど、基本的にはほとんどのことに慣れると思う。
人間の適応能力は馬鹿にならない。
例えば海外あるあるとして、水が止まる、停電みたいなのだって
最初のうちはうわー!!!ってなったけど、今は『あ、またね』みたいな感じ。
それに飲料水はウォーターサーバーだから、洗濯と洗い物くらいが困るくらいだし、まあシャワーも無理か。トイレもだ。
あ、意外にある(笑)
停電は、まあクーラーつかなかったり、冷蔵庫の中が心配なくらいで死ぬわけじゃないし。
平日なら工場は発電機あるから問題ないしね。
それに経験を積めば知恵がつくわけで、例えば水は空のペットボトルに蓄えておけばなんとかなる。
俺は、一応、トイレとシャワー用に2日分くらいは備蓄してる。
まあでも1番つらいのはトイレかなあ。
トイレってすげえ水使うって、海外住むようになって気づいたよ。
電気は耐えるのみ。冷蔵庫は心配でも開けない。開けたら冷気が逃げるから。
まあ、こういうイレギュラーなことを書きだしたらキリがないから日常生活限定で。
というか、まず良いことを書こう。
海外生活してていいことは……
1位 少し時間にルーズになった(笑)
以前、記事にもしたけど、過敏性腸症候群(IBS)のケがある俺なんで、まあ要するに変なとこ神経質なわけで
時間なんかも日本にいたときは5分前の5分前行動が基本で、
ちょっと早く出て、ちょっと早い電車に乗って、ちょっと早く歩いて……みたいにやってると普通に30分前に到着とかしてた。
まあ、今も大切な約束は絶対そうするし、なんならこっちは渋滞とかも起こるから、かなり余裕みるんだけど
通常業務とかは、かなり時間をテキトーに暮らしている。
これが良いことなのか分からないけど、IBSが少し楽になっているってことは良いことなのかなって思っている。
2位 外国人と話すことに物怖じしなくなった
英語圏に住んでいないので、英語は海外在住前と今で何も変わってないんだけど、
日本語以外の言語話せるようになったことで少し自信ついたのか
英語話すのも特にびびらんくなった。
というか要は、よく言うことだけど、日本にいたときは、つい綺麗に話さなくちゃって思っていたんだけど、
海外で生活してるうちに『大切なのはとにかく言葉を発すること』だなあって感じたのが大きいのかもね。
英語圏以外の人でも頑張ってコミュニケーション取ろう!ってなってるしね。
ただ、英語はもうからっきしだから勉強しないとなーとは思っている。
3位 基本的に何でも食べるようになった
日本いたときから好き嫌いが多いわけじゃなくて、わりと何でも食べてたけど、
なんか得体のしれないものは食わず嫌いみたいになること多くて、海外の民族料理とかは、
見た目によっては敬遠したりしてたけど、ここに来て、まあ何でも食べるしかないみたいな状態になって
そんで食べてみたら意外に美味かった!みたいなことあったから、今は食わず嫌い減った。
もちろん嫌いなものは、相変わらず嫌いですが。
こうやって見ると、すごく恥ずかしいレベルの良いことだなあ(笑)
あと順位つけたけど、完全に便宜上ですわ。
まあ人生観がーとか、視野が広がってーとかはないです、わりとマジで。
なんか長くなったから、海外生活のつらいとこは後編で書きますん、すんすん。
早いもので1月も最終日です。
今年も残すところ11ヶ月。
2019年かーなんて思ってたけど、この分だとホントにすぐ終わりそう。
仕事は相変わらずの忙しさというか面倒くささというか……
なんか頑張ってるのが馬鹿らしいなあって思いながら仕事してるけど
それでも頑張らないわけにはいかんからね。
でも、がんばらないけどいいでしょー by吉田拓郎
ってな気分もあるわけで、まあそんくらいの余裕ないとね。あかんよね。
しかし、あの拓郎がこんな歌書いたのかよー!!!!ってなかなか衝撃的だったのが、
すでに10年前ということの方が衝撃的である。
最近、少し仕事のことで悩んでいる。
というのもコーディネーター的な仕事ばかりをしているから。
調整役は確かに必要ではあるけれど、俺に求められているのはそういうことではない。
ちょっと偉そうだけども。
海外で仕事をしていて、基本的には1つの工場を任されている状況ではあるわけで、
日本人として求められているのは、やはりマネジメントになってくると考えてる。
ただ最近やっている仕事はマネジメントとはとても呼べないローカル社員のサポートだし、
まあこれは育成という側面あるかもしれないからしょうがないんだけど、なかなか成長が見られない。
俺のOJTのやり方がまずいのかなー。
やってみせて、やらせてみせて、定期的にチェックしてって形なんだけど、
定期的にチェックすると、すーぐやらなくなってる。
一応、意味とか目的とか伝えてるんだけど、いまいち伝わっていないのか。
また客先との調整ってのも実質コールセンターみたいになってるし、
ホントはもう少しローカル間で仕事してほしくて、当然そういう流れに持っていこうとはしてるんだけど……
なんていうか、こうアクティブさがなくて、全部の仕事が受け身だから、指示待ち集団なんだよなー
だから問題も指摘しない限りは改善しないし、なんなら問題指摘しても改善策は出てこない。
ここらへんは我慢比べなのだろうけども。
なんか俺がいることが悪い方向に出てるんじゃないかって思ってる。
変に頼る人がいるから、それが彼らの成長を妨げているんじゃないかって。
経営的にも俺のやっている仕事と俺の給料じゃ全然合ってないと思う。
なんで、こいつにこんな給料払ってるの?ってなってる、自分自身で。
是正しようにもなー。協力者が少なすぎて、彼らも自分らのジョブでかなり疲弊してるし……
ホントは、もうちょい長期的な目線で仕事したり、もっと広い部分の戦略考えたりをしたいわけだけど、
それが全然できない。
班長も鍛えられないしなー。
他にやれるやつもおらんという人材不足。
昨日の夜はめっちゃ落ち込んでた。