おにぎりくんの感想部屋 -91ページ目

おにぎりくんの感想部屋

基本はコンビニや専門店のおにぎりの感想

本願寺月光蟲です。

先日高円寺にいってきました。
で、前に入ったラーメン屋にまたしても。



これ





きました



とうばんじゃんでねぎをあえる





しかし。。。。

ここの店、濃厚だなあと。
元気じゃないと食べれないな・・・・・

本願寺月光蟲です。

私は田舎から東京に出てきてからかなり長い。
人生の半分以上は東京に住んでる。
実家にはめったに帰らない。最近では親の様子が少し気になってきているのでたまには顔出さないと、とは思うようになってきました。

実家のエリアが凄く嫌い。
私が子供の頃遊んだりデートしてた場所はシャッター通りだし、行きつけだった店も全部潰れた。
そのかわりパチンコ、大手ショッピングセンターばかりが増えた。
高速道路付近の田んぼや畑を更地にし、私世代の夫婦を呼び込み、車を売りつけた。
今現在、私の実家の近くじゃなくても田舎の風景はあまり変わらない。
そしてネットの普及で「もう繁華街にいかなくてもいいじゃないか」とか言うわけのわからない連中が増えた。
全てアマゾンとショッピングモールで生活ができるからだ。
今何が流行っているのか?というのもネットで充分という人が増えた結果が、今の田舎の有様につながっている。
そこに思考などなく「安いからいいね」とか「すぐ届くのは便利」と喜びつつも「ブラック企業反対」とか抜かしている。
Amazonの倉庫で働いてる人はどんだけブラックな生活をしているか想像すらしない。

農業の問題、例えば【美味しい野菜】を食べたり【健康に悪くない野菜】をチョイスするのは都会の人、という逆転現象。
田舎の人は牛丼やファミレス。
老人は車が運転できなければなんもできない。
そのくせ「原発がないと生きていけない」と叫ぶ人達。
原発の問題はまた別だが、原発以前に人が離れないようにするための努力はどうなってるのか?
若いねーちゃんは基本的に都会志向になるのは何故か考えない(ヤンキー女は別)
都会では婚活に苦しむ女達。田舎では中国の女にまで来てもらわないと維持できない環境。

なんだか色々と矛盾だらけだ。

だが、びっくりするのはイオンモールの中のゲームセンターの中だ。
今、イオンモールのゲームセンターのメダルコーナーは老人であふれかえっているという。
これは良い点だともいえる。だが・・・家族は何してんだ?

今は消費の時代みたいだ。
何を買うか?というのは勿論自由意思だけども選ばされてるという。
ようはイオンとかに行った時に「何もなくてもぶらつける」という事。
そこでなんとなく何かを買って美味しくもないものを食べているという時代。
ここはリテラシーの問題だけど。
確かにそういうとこはあるよね。
目的をもって買い物にいかなくてもなんとなく買う場所。ドン・キホーテとかもそういう戦略だもんね。


この本には面白い内容がいくつも。
哲学者と若き社会学者が語っている本だ。

お薦め
今日の1冊 社会の抜け道 古市 憲寿 (著), 國分 功一郎 (著)◎IKEAやコストコなどショッピングモールになぜ人は引きつけられるのか
◎自分の心の悩みや不満を醸成する装置としてのネトウヨ的デモ
◎選挙に行っても選択肢がないと感じるのはなぜか
◎自給自足生活のコミューンに「リアル」はあるのか
◎シングルファザーとしての経験から「保育園」を語る
◎これからのブームは、リタイア組の「自分探し」
◎ガラッと変わる世の中はいびつ。半径1メートルの革命でいい




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最近サブカルもオタクもつまんなくなりましたね。

自称する連中ばかりが多くてゲンナリしてます。
面白い文化って自分で見つけないといけないね。
メジャーもマイナーも関係ないっす。

読んだ本の感想です。(批評ではなくただの感想)
読んだ事がない人向けに書いてるつもり。
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Facebookみてたら中原さんの書き込みが面白い。

そうだねえ。どうでもいいけど投石はしたほうがいいきがする






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これは先日20年ぶりに見た「暗殺の森」からのコマ。





本願寺月光蟲です。

かぶがいいね。
かぶの季節だね。

浅漬けで適当に作ってもおいしいね。





こんにちは。

おにぎりくんです。


お疲れ様です。


この前夜遅くなってご飯食べる場所を探してたんだけどない・・・。

しゃあないので笑笑に。


酒飲むにもまず選択肢にないんだよな。


で、おにぎりがあったので。




こうやってみると普通かもだけど、実は磯辺焼きふう。

薄い




薄い。

梅はチューブの梅です。


味は「ま、こんなもんだろ」というとこ。

悪くは言いたくないけど「さすが笑笑・・・」といったところ。


あれです。

メガ牛丼とか真顔で食べて酒の味もわからないのに騒いでる20代男子が食べたら良いような感じです。

あとは貧乏子だくさんの家族が「今日は笑笑だぞ~~」と言いながら意気揚々としてこのおにぎりを食べるのがいいのかもしれません。


それか「今日こそプロポーズするんだ」と息巻いてるアイドルファンが計画を練るために笑笑にいって食べるおにぎりです。


貧乏人が激怒する ブラック日本の真実 「情弱一人負けの時代」を生き抜くヒント/光文社
¥1,365
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本願寺月光蟲です。

先日某お店で生ビールを飲みました。

基本的に瓶ビールばかり飲みますが、瓶が置いてない店だったので仕方なく生を。

ビールが一番美味しいのは生だとは理解しています。
ですが、日本の飲食店の8割位は生が美味しくない。
色んな要素があって味が落ちるわけです。

だけどまあ「瓶がないなら生でいいか・・・・」とそりゃ妥協します。
だけど「たまに」とか「まれに」とかでなく、かなりのお店で「これは酷い…我慢しても飲めない・・・」というお店があります。
始めて入った店で生しかないと恐いんですよね。

生ビールの美味しいお店ってのは手間をかけている。
安居酒屋チェーンとかだとグラスが凍ってたりするわけで、この場合「勘違いしたサービス」なわけ。

凍ったグラス=ビール好きな人にはたまらないだろう

↑これ、あきらかに間違いだし、何より少し調べればそんな事したほうが味が落ちるんだよね。
だけど、昔からグラスを凍らせる店が多い。サービス満点だと思ってるんだろうけど・・・・・。

で、生ビールって物凄い美味しいんだよほんとは。
ビールのメーカーの直営のバーとかの生は凄く美味しいんだよね。
あと、ビール党の人が経営しているバーとかの生はほんとに美味しい。

だけれども、飲食店の大半は「不味くはない」みたいな感じ。だから瓶を選ぶわけです。

先日凄まじく不味い生を飲んだ。
一口だけ飲んで「ありえない・・・」と。
だけどそこで普通は金払ってるから我慢してでも飲むわけだが、まずくて飲めない。

こういうお店って結構あるんだよね。
物凄く臭いビールで匂いからして違うんだよね。
「なんでこんな飲めないの出すの?」と思うわけだがようはビール好きな人が店員でいないか、もしくは舌がバカな人しか来ないのではないか?とか思う。
だけど、例えばラーメン屋の生ビールなんか「ついで」みたいなものだし怒る気力もないのかもしれない(私がそう)

「まずくない」なら飲むんだけど「金もらっても飲みたくない」という生が結構な頻度ででてくるのだ。
これ、私の舌が肥えてるわけではないんだよ、普通。

もう、その時点でそのお店にはいかなくなる。

飲食店の人は生ビール舐めすぎなんだよね。
少しは生ビールの事調べたほうがいいよ。

本願寺月光蟲です。

ほうれん草。
報告連絡相談ではありません。ほうれん草です。

かぶの葉・おくら・さらだ菜・きのこ・小松菜・ほうれん草の和風パスタ

いい感じに出来上がりましたよ。

●白髪ねぎを水にさらしておけ



●おくらを塩でゆがいて切っておけ





●サラダ菜・かぶの葉・小松菜・ほうれん草を用意して少し大き目に切って水洗い









凄い量ですが縮みます



●しめじを用意



●フライパンでバターの上にしめじを炒めよう



●葉っぱ類を入れて炒める



かなり縮みます



●少しにんにく



●茹であがった麺をフライパンにいれる



●お吸い物の粉、めんつゆ







●皿にのせてネギを乗せて完成よ




いい感じです


葉っぱ系は火を通すのでかなり多めにしとくのがいいね


本願寺月光蟲です。


昔から本を読んだり音楽を聴いたり映画やドラマを観るのが好きです。
で、気になった作品とか作家さんとかその周辺の文化も自然と知りたくなるタイプです。
長い間そういう生活。

高校生の頃からずっと思ってる事がありまして。
先日Twitterを見ていたら掟ポルシェ氏のツイートが私と似たような事を思っていて少し嬉しくなったりしました。

これです






これ大事な事だと思ってたりします。
子供に有害なものは世の中いっぱい溢れているんだけど、それを止めるとか話し合うのは家族の問題だかんね。


で、少しだけ話は違うのだけれど。
私が昔から思っているのは好きな作家さんとかに子供ができると全く面白くなくなるということだ。
言い方が悪かったので言い直しますが、

子供が生まれたら子供の事ばかり な作品になるということです。

私としては非常に残念といいますか。
子供は嫌いではないし好きなほうだとも思うのですが、表現する人が子供にはまりまくる様子が凄く滑稽にみえます。

確かに子供ができると意識がそっちにむくであろうし、なおかつ子供の問題って凄く大事な事なんだけども。

これは男女関係ない。
「出産」「育児」「ママ母問題」「子供や妊婦についての社会の在り方」、こんな話ばかりになる表現者がいつの時代でも一定数います。

私も若かった頃は「この人、無茶苦茶言ってたのに子供できて変わったなあ」と思ってたのですが、こういう事いうと怒る人がいるわけで。
で、私も年齢を重ね「子供の事って大事だよね。だし、そうなるし問題定義もわかるなあ」と思うようにもなりました。

ですが、「子供関連の話ばっか・・・・」という人がいるんだよね。
表現者としては致命的とは言わないけど「他に話題ねえのかよ」と思う時があります。

子供は人生を変える位重大な事だとは勿論思うけれども、「その話ばっかかよ」とか「今回の単行本また子供の話関連かよ」と思うわけです。

人生を変える出来事だしわかるのだけど、その表現者が子供関連の話が何年も続いた後に行きつく先は何故かスピリチュアルな方面になったりするのも嫌なんですよね。

表現者として子供がネタになるのもわかるし、真面目に社会に対して言いたい事もあるだろうし、なおかつ影響力もあるのがわかってるから延々と子供ネタなんだろうけど・・・
なんか違う気がする。