最近、好きな人、好きなものを、推しと表現するらしい
その推しとしてすぐに思い浮かぶのは、母
横浜C3というケーブル会社が営業にやって来て
海外のテレビも見られるということで契約して、アジアンドラマの中で
高校時代の同窓生が韓国に帰り、ソウル大学に入った後
行方が分からなくなった当時の
民主化運動、光州事件を背景にしたサンドグラスというドラマが放送されていて
その後、若者のひなたという日本の若者達のようなドラマが放映されていた頃
ソウルオリンピックが開催された年に作られたロッテワールドに
私の娘と姪を連れて行きたいという母の要望で
実際はロッテホテルの免税店で買い物をしたい母と次姉の要望で
代理店にお願いしてツアーを組んでもらったのだが
同行する次姉が何故か入国審査に引っ掛かり
いくつかの書類を提出することになった
韓国の空港についた時点で暫く出てこなかったとかで
母が、もしかしてスパイ容疑でつかまったのではと心配している頃
BSで始まった冬のソナタというドラマ
ロッテワールドが天国の階段のロケ地だったと知った母は
それが気になったようで見始めたそう
その主役が若者のひなたに出ていた俳優と聞いて 丸い顔に髭面の彼と
母がいうペ・ヨンジュンとは私には全く結びつかなかった
母はとても気に入ったらしく、私にも見るように勧めるが
昼間仕事をしている私が見るのは真夜中のテレビ
ココリコと極楽とんぼの番組とか
素っ裸で露天風呂に走っていくバナナマンの日村とか有吉君とか
後は、梶原一騎の娘さんの事件の話とか、そんなのしか見ていなかったので
あまりよく知らなかった
民放で報じられてから世の中が一気にヨン様を知ることになり
私も知ることになり
末期癌で体調が思わしくなくなり、入退院を繰り返す母に
合成写真でのツーショットを作ってあげるとそれを常に枕元に置いて
病院では回診に見える看護士さんやお医者さんに見せびらかしていた
中には、写真を本物と思い、驚く看護士さんもいて
それも母には楽しい時間だったようだ
その推しのお陰で、母は
最期にはモルヒネで痛みを抑えるしかないという状況に至っても
その写真を見ることで自分自身を慰めていたようだ
本牧の通りに咲く桜の花が満開な頃
花吹雪の中で、来年はもう見ることは出来ない
そういう母が、もし亡くなったら、その写真を棺に入れて欲しいという
桜並木が若葉色に変わる六月に母は亡くなった」
この桜の並木は母が女学生の頃、植えられたのだとか
その桜並木が磯子方面に行く途中の公園に
ユリノキの並木があり、その光景が
冬ソナの高校生が自転車で走る並木に似ていて
そこで撮った写真と二枚、母の棺に入れながら
人の幸せとは、こんなものなのかもしれないと思った
誰かを思うことで幸せになれる
推しとはある意味夢の世界のこと
その夢の世界を写真やグッズや歌で
現実の世界に引き入れることで人は幸せになれる
幸せならそれで十分だろうと思うのだけど
自分の推しと他人の推しを比較して批判する人を時折見かける
まるで我が子の成績を争う姉妹のように
傍から見ている限りは微笑ましい限りだが
最近はそれを利用してお金を稼ぐ人もいるという
人の気持ちを利用して金儲けなんて、なんともセコイ話だ
私の推しは、たぶん夫だと思う
私の人生において、夫ほど私を楽しませてくれた人はいない
楽をさせてくれたのでなく、いろんな場面を見せてくれて来た
今でも、施設を訪ねて、付き合い出した頃の二人の写真を見せると
若き日の夫を指さして、妻の隣に見知らぬ男がいると話す
そのくせに、面会に行った妻と娘の存在を忘れて
施設の女性に窓から見える街の風景を熱心に説明している
何よりも自分が見た夢を具現化するために人生を賭けるという
ある意味、どんな博打打よりも博徒の精神に長けていて
その上、妻が楽しがることを一番喜んでいる
ある年、二人の子どもと共に外国に行ったことが有ったが
その年、全米で流行った歌が、ホテルからの迎えの車でかかっていて
出かけたレストランで流れていたので、お店の人に聞くと
題名を教えてくれて、ダンスも教えてくれるという
私が立って踊り出したら
喜ぶ夫をしり目に、息子からみっともないからやめろと言われた
テーブルに戻った私に夫が何でやめたのかと問うので
彼に止められたというと、今度彼のいないときにこの店に来ようと言う
そんな人間に巡り合うのは難しいと思うし
夫婦は二世というし
来世も一応私と一緒になるよう約束を取り付けておいた
明日はその推しにおやつという貢物を持ってこうと思う