寒中 | ミナミのブログ

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のんびり、、まったり

今年は1月6日が寒の入り

 

農事歴では寒の入りから明けるまで、一切の農耕をしてはいけないと

されているそうだがロシアに近い中国では凍土に鍬を入れても

意味のないことだからだとか

 

横浜の中華街には暮れから今の頃に行くと

赤い表紙の農事歴暦が売られていて全部中国語だけど繁字体なので分かり易い

 

因みに三寒四温という言葉もまた中国の東北地方から朝鮮国に有った俚諺

そしてまた、一期一会も、大陸での、一生に一度の出会い、を現したもの

 

日本の場合の人との出会いは、袖擦りあうも他生の縁、になり

どんな小さな出会いにも前世の縁と繋がっているという意味で有り

確かに初めてお会いした方と話しているうちに思わぬ縁が有ったりする

これは日本の国土が島国という

定められた範囲で生きているからということなのだと思う

 

そしてまた、山紫水明という言葉も、日本独特のの風景の表現だとか

紫けぶる山は日本でしか見られない幽玄の美とされている

 

人生至る所に青山有り これは、李白の、志青山に在りを元に日本で作られた漢詩

 

明治の頃学校制度が出来、モノを教える側の人が多くの知恵を駆使して

生み出した格言や漢詩

紐解いていくと、ああなるほどと思えることがたくさん有ったりする

 

日本の場合と言えば、暮れに年賀状の欠礼を書いた人から届いた年賀状への礼状に

一番多く使われるのが寒中見舞いになるが

 

この頃は子どもの受験とかいろいろと忙しくて忘れてしまうことがある

その場合は、2月が尽きた、二月尽の頃 それも忘れたら、春めいた今日この頃

と書き出せばよい、と、昔のマナー指導の方が話していた

要するに暮れに書けなかった年賀状のお礼などいつでも良いのだと

 

問題はこの2月の寒さの最中に、子ども達の一生が決まると言っても過言でない

受検シーズンが到来することだ

 

この2月はその昔の中国の科挙、公務員試験が農業を開始する前に行われたから

それに見倣って、と、昔教えられた

あれから半世紀ほど経つが、農業に従事する家庭などほぼほぼないのに

今も変わらず寒さの中で受験期を迎えている

21世紀もかなり過ぎたと思うけど、子どもたちの苦労は昭和の時代から

全く変わることなく

本当に、早く春が来ると良いと思う今日この頃

 

受検と言えば、知人の息子さん、一生懸命お勉強をしていたら

夜泣き蕎麦ならぬ、軽トラのラーメン屋さんの音が通り過ぎたとかで

 

道路まで追いかけて食べようとしたら

何故かスチロールの丼にラーメンを入れて渡されて

帰り道に通るバス停が、多くのサラリーマンが帰宅する時刻と重なり

同級生のお父さんたちから声をかけられて

とっても恥ずかしい思いをしたと話していたのだが

 

その数日後、私の友人のご主人も同じように

軽トラのラーメン屋さんでラーメンを頼み

いざ食べようとしたら、軽トラが立ち去ってしまって

車が頻繁に行き交う道路の、電信柱の陰で食べて来たと話していたので

 

ちゃらら~ら、というメロディーを流しながらやってくる

軽トラのラーメン屋さんには気を付けたほうが良いと思う