焼き芋 | ミナミのブログ

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のんびり、、まったり

夫が設計から頑張った家の事務所側にはJAGUARとクラウンと日産のスタジアム関連の仕事をした時に業者からいわれて従業員用に購入したバン三台の内の一台が停まっていて、小学校の同級生から、内緒にしておくからどんな悪事を働いたか教えろといわれた駐車場があり、昼間、車が不在になると、可愛い魚屋さんのメロディーと共にやって来る魚売りの人の車を停めて買い物をしたりした

そのうちご近隣の人までやって来て、魚屋さんはとっくにいなくなっているのにそこで井戸端会議を始めだしたり、勝手によそから来た物売りの車を停めさせたりしてたけど今の頃の夕暮れ時に突然事務所の窓の外に赤色灯が点り、驚いて見に行くと、焼き芋屋さんの車の横で焼き芋を買っている夫を発見した

夫は得意気に焼き芋の入った袋を持って事務所にがり、自宅の方に行ったのだが、焼き芋屋さんはそのままそこで芋売りのアナウンスをし始めて

その内出て行くのだろうと思っていたが、赤い光とアナウンスは全く止む様子もなく、その上毎晩やって来るようになり、その年の年の瀬を迎えることになったことがある

それから10年程して下町に住むことになった時に、高齢の方がリヤカーを曳いて焼き芋を売りに来た

生憎夫はモンゴルにいて不在だったので、帰って来たら買って貰おうと思ったが、帰る前に廃業してしまった

私はその人からこの街の変遷を聞きたかったから、それも踏まえて凄くざんねんだった

焼き芋を初めて買ったのは母と行った本牧の通りに有った壺でお芋を焼く店で

その店は母が幼い頃から有ったと聞いた

家では狭い庭にかき集めた落ち葉の中に芋を投げ込んで焼いて食べていた記憶がある

今は焼き芋はスーパーの食品売場で売られているが、たまに焼き芋屋さんの焼き芋が食べたくなるが、今住むこの街には焼き芋屋さんどころか竿竹売りの人も来ない

庭にはたっぷり落ち葉も有るけど、燃やせば赤い色した車が赤色灯を灯してやって来そうだ

兎角にこの世は住みにくい は夏目漱石の言葉だったかな