さて、直会殿を出て、撮影禁止ゾーンに入ります。
どう見ても随分年期の入った古木の根元のお社は、受験合格・和歌の神様の岩本神社です。右手には林檎の庭と弊殿が見えます。
岩本神社に挨拶し、次にそこを曲がって向かったのは、御借殿参拝所です。普段は御本殿がある内院に右から順に第一殿の武甕槌命(鹿島神宮)、第二殿の経津主命(香取神宮)、第三殿の天児屋根命(枚岡神社)、第四殿の天児屋根命の后神の比売神が祭られていますが、式年造替の間はこの御借殿参拝所に順を変えずに祭られています。内部は小ぢんまりとしているものの狭苦しい雰囲気はありませんでした。ここでも挨拶は欠かしません。
御借殿参拝所を抜け、宝庫を右に見ながらすぐ右手に行くと、多賀神社です。こちらもお社になっていますが、延命長寿の神様にして仕事の完遂を導く神様です。この神様、嘗て当時80歳もしくはそれ以上の年齢になっていた重源の東大寺再建計画の力になった実績があるそうです。はい、東大寺は重衡兄やんのうっかりしくじりで全焼しましたもので。以前、「ぶっちゃけ寺」の東大寺特集の際、この事について少し紹介がありましたが、その際に私は「(重衡兄やん、)おめでとうございます。」と一言言ったものです。そう言えば、今年4月26日のUstream放送で重衡兄やんが知盛兄さんと一緒に行った際に瓦に名前とメッセージを知盛兄さんが書いたのに重衡兄やんは名前のみ書いた件が紹介されていましたが、私は兄やんが「火の用心、松明一本火事の元」と書けば良かったのに、と思ったものです。何と言っても火災評論家ですから、説得力が桁外れです。
そして…
この続きはまた明日。そろそろ夜も更けて参りましたので、今日はこの辺りで。