↓ここから続きます
ギミックとは何か?からくりと仕掛けの本質
ギミックとは、もともと機械や装置などに仕込まれた“からくり”や“仕掛け”のことを意味する。
目立つための工夫、意表を突く演出、
意識を誘導する仕掛け──。
現代では広告、商品、アート、舞台、建築、あらゆる領域に応用されている。
しかし、この言葉を霊的視点で用いるとき、意味はより深く、繊細なものへと変わる。
霊的ギミックとは、あらかじめ人類の意識成長のために用意された、意識誘導の“見えない装置”のようなものである。
外界に象徴的に存在するものが、見る者、触れる者、感じる者に、内的な真実への気づきをもたらすよう設計されている。
だからギミックとは
“外の象徴を通じて内なる真実へと
導くための鍵”である。
このギミックは、強制的に作動することはない。
気づいた者にだけ作動する。無意識であれば単なる風景、意識的であればそれは“内なる神を起動する扉”となる。つまり、ギミックとは人類が集合的に通過する
“霊的な謎解き”のトリガーである。
そして、その謎を解くのは、誰か特別な預言者でも支配者でもなく、気づくことを選んだひとりひとりの私たち自身である。
私たちは今、まるでVRを通して“神不在の為政者たちのストーリー”を傍観しているかのようだ。
正義の名を語る支配、祈りの名を使った攻撃、
救済の仮面をかぶった分断。そのどれもが、内なる神意識の不在から起きている。
そして、その意識の不在を隠蔽するために、
外側の神を作り、外側の敵を作る。
だが、それは偽りである。
神は空にも天にも他人の中にもいない。
神とは“わたしの内に在るもの”なのだ。
それを思い出すために──
それを起動させるために──
あらかじめ設置された
霊的ギミックが
「エルサレム」という磁場である。
では、どうすれば
この磁場と共鳴できるのでしょうか?
静かに座ってください。
目を閉じて、エルサレムを思い浮かべます。
そこは聖なる神殿があった場所。
多くの祈りと涙が降り注いだ土地。
その中心にある“へそ”が、
いまも霊的に脈動しています。
呼吸を整え、心に問いかけます。
──私は本当に神と共に在るか?
──私は内に神を宿していることを
思い出しているか?
もし答えが曖昧でもかまいません。
問いを持つことこそが、共鳴の始まりだからです。
そして、しばらくして「静けさ」が訪れたなら、
あなたの意識はその磁場と繋がっています。
地球のへそであるエルサレムからは、霊的栄養が流れてきます。
それは※エーテルの栄養です。
※補足:
エーテルとは、物質でも霊でもない“生命の場”のような存在です。
目には見えませんが、自然や人間のオーラ、氣、魂の働きに深く関係する第4の層です。
このエーテル層が枯渇すると、体や心や魂のどこかが弱ります。
エルサレムの磁場は、このエーテル体に栄養を与える霊的回路を持っています。
※補足の補足:
このエーテル回路は幻想ではありません。
肉体という仕組み自体が、物理と霊のあいだに存在する“エーテルの設計図”によって維持されているからです。呼吸、鼓動、神経伝達、免疫、再生──
それらはすべて、エーテル層の情報が媒介して現実化されている“命の仕組み”です。ヨガ実践者がエーテルバイタリティに触れることは非実践者より多いでしょう
この光線を受け取ることで、
私たちの肉体・感情・精神・魂が修復と
再統合をはじめます。
この磁場の再起動と共鳴を拒む存在たちは、争いをさらに拡大させようとします。
戦争が広がれば、人々はさらに神から遠ざかり、外側の神を信じ、破壊と犠牲の神話に取り込まれていきます。
けれど、私たちがこの磁場と正しく繋がり、内なる神を思い出せば、
その幻想は霧のように消えてゆきます。
このブログを読んでいるあなたへ
どうか忘れないでください。
エルサレムの政治的不安や、宗教的な誤審、それらに取り憑いた“内なる神を持たない意識体”の存在
すべては、あなたの内なる真実に
再接続するための構造的な舞台でもあるのです。
あなたが今、回復し、自己内の神と繋がり、
この“へそ”から純粋な霊的栄養を受け取ることができれば──その光は、遠く離れた土地にまで伝播していきます。
戦争や争いの痛みによる霊的な学びの価値は
閾値をとっくの昔にこえています。
必要悪の存在価値は閾値を超えているです。
これは遠い国の話ではありません。エルサレムという霊的ギミックが、いま、あなた自身の内側に起動しているのです。
Next up



