スピリチュアルって、外注だったっけ?



「この人は宇宙と繋がっている」

「このアチューメントで整う」

「波動が低いのは過去世のコードのせい」

「開いてないのはカルマのブロック」

「この講座で鍵が手に入る」←アタシかwおい!w


──ねえ、それって全部、“自分の霊性”をどこかに預けているよね?


それが“霊的アウトソーシング”だ。 

神との関係を、

感覚の確信を、

自分の祈りを──

自分以外の誰かに

“つないでもらおう”としてしまう構造。


それ、もうォワタよ^_^


神との距離を、他人に預けるな


最初の人間たちは、火を見て震えた。

風に耳をすまし、月の巡りを観た。


彼らにとってスピリチュアルとは

「知ること」ではなく「感じること」だった。


だけど、時代が進むにつれ、その感覚は他人に預けられるようになった。


「神に近い者」「霊的に進んでいる者」「導ける者」が現れた。


それは時に癒しだった。

だが同時に、内なる真実と“距離”を生んだ。


「神に触れるには、誰かの手を借りる必要がある」

こうして霊性は、“委託されるもの”になった。


そして始まる、マッチポンプ地獄


「あなたの波動、整ってませんね」

→「じゃあこのアチューメント受けてください」


「地球の周波数、変わってます」

→「この講座で対応できます」


「今、ゲート閉じますよ」

→「このコードで通れます」


……全部、自作自演。

外から問題を作って、外から解決を売る。

その前提にあるのはいつも、


あなたはまだ未完成という

他者を鏡にして、

自分で刷った擦り込みを拗らせます


自己感覚を信じられなくなった人間の末路へ


感じてるのに、

「合ってるかわからない」って思う。


言葉にできないから、「きっと間違ってる」と思う。


そうして、「わかってる人」「感じられてる人」「繋がってる人」に惹かれていく。


それは「本物を探してる」つもりで、


ほんとうは

「自分を信じられない」

という穴を埋めに行ってる

だけだったりする。



ギミックは、あなたの内側の不信と共謀する


ギミックがあなたを騙すのではない。

ギミックはあなたの

「まだ何か足りない」という自己像と、

見事に手を取り合うことで成立する。


つまり、外側にあるようで、

ギミックは内側の不信の写し鏡だ。


Next up