赤松博士の話をすすめよう。
18世紀になるとパリにレストランが登場する。
それまでも、交易で行きかう人に、食事を提供するものはあった。
ローストロスティエール、豚のソーセージを売るシャルキュティエなど。
定食を出すところはトレトール、イタリアではトラットリアと呼ばれた。
宿泊施設でも食事でき、主人のテーブルという意味のターブル・ドットという大きなテーブルで、宿泊する全員が大皿に盛られた料理を取り分けて食べるというものだった。
1776年にレストラトゥール、またの名を健康の館という意味のメゾン・ド・サンテといものが始められた。
この店では、コンソメやヴイヨンのような身体の弱った人が健康を取り戻すための食事をすることができた。レストラトゥールとは身体をレストアする、回復するという意味である。
この店主のローズ・ド・シャワントワゾーは、食事に来た客がおちついて食事ができるように、客ごとにテーブルを分け、メニューを用意して体調にあった食事が出来るようにした。
本質的に、客側に主導権をもたせることによって、新しい価値を生み出したのである。
やっと、レストランに行き着いた。だが、まだ18世紀なのである。