「卒論は順調なの?」
シェリルはフミエに尋ねた。
正月明けには、論文の最終審査があるからだ。みんな、追い込みに入っていて、会えば確認しあうのが日課になっていた。
「今、やり直した抽出アルゴリズムで、エイブラのプログラムを調べているところなのよ。原種の一つでも見つかると、好いんだけれど…」
彼女は浮かないようすで応えた。
フミエの研究は、エイプラの原種を取り出そうというものだった。
エイプラは現在の地球の光合成をすべてまかなっている人工の植物のことだ。
基本の種子に自由にソフトを組み込めるようにしたため、何世代にもわたる気の遠くなるような交配実験が不要となり、わずかの間に植物を改良することができるようになった便利な植物である。
ソフト次第でどのような植物にもなることから、「プログラマブル・プラント」、エイプラと呼ばれていた。
そして、地球の温暖化を防ぐための切り札となった。
エイプラは、一年中、青々とした大きな葉を広げ、効率のよい光合成を行って、空気中の二酸化炭素を吸収し、温暖化を食い止めたからである。
ただ、そのために地球上の植物が、すべて、人工植物化されてしまった。
フミエは、エイブラが全世界をおおてしまう前の、昔ながらの野山の写真を、机の上に飾っていた。
そこは、エイブラ特有の濃いグリーン一色の世界ではなかった。
黄色や赤やいろいろな色が入り混じっていた。
彼女はそれが気に入っていた。そして、絶滅したそんな植物を何とかよみがえらせたいと考えていた。
「種子のプログラムには、数千種の植物の一部が組み込まれているわ。うまくコードをリバースすれば、原種のプログラムが見つけられるはずよ」
彼女はシェリルに説明した。
シェリルは見つかると好いわねと、フミエを励まし、自分の研究室に帰っていった。
フミエは、小さな水遣りを取って窓際に向かった。
窓際の箱には初期のプログラムで抽出した種子を育てていた。
芽が出てきたものの、弱々しい茎が伸びるだけだったので、彼女は半ばあきらめていた。
三日ぶりだわと言いながらフミエは箱の中を覗き込み、アッと息を飲み込んだ。
小さな黄色の花が咲いていた。
思わず手を差し出すと、彼女の指先にタンポポの花がやわらかく当たり、ゆれた。
(おわり)