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新・駆け出しジイジのブログ

主に飛行機に関することをアップしていきます。

粘土が乾いたと判断し、瞬間接着剤をたっぷり塗布して一晩おきました。

その間に接着とヤスリ掛けで消えたパネルラインを掘り直します。

キットは凸線ですが、目縦ヤスリで傷つけるだけという凸凹混合のスジボリです。

それでもガイドラインも引かずフリーーハンドでゴリゴリするので、何本もエラーが出てしまいました。

ある程度予想していましたが、これほど失敗するとは・・・自業自得です^^;

なので今朝になって瞬接を流しておきました。

また、瞬接を塗布したキャノピーにパテを被せます。

パテが乾くまで作業はお休みです

今回の製作で最も問題なのはキャノピーが無いこと。

これを手持ちの同社マルゴから転用するか、自作するかで迷いましたが、欠品モデルを増やさないため自作することにしました。

 

しかし、木片を準備したものの削るにはやっぱり面倒と、あっさりパス。

100均で買った樹脂粘土をキャノピーに押し付け、

1日おいて形が崩れないよう取り出して型をとりました。

その後、はみ出した粘土部分を大雑把に切り離します。

ギリギリに攻めると樹脂粘土が変形したり、ひびが入ったりしそうなので、少しずつ作業を進めました。

更に1日乾燥させ、透明部分だけを残して周囲を削ります。

樹脂粘土といえど塊状態では内部が乾燥しないので、こちらも数日間に分けて少しずつ中を掘り出しておきます。

3日目になってもナイフの手応えから、粘土の完全乾燥は不十分と判断。

乾燥までの時間稼ぎ?にモノグラム1/48のマルゴを見ながら

1㎜の角プラ棒を組み合わせて、ガンカメラもどきを作ります。

また、エンジンノズルの分割位置が胴体の一部まで食い込んでいるので、ドラッグシュート開口部の後方を塞いでおきました。

明日、粘土が乾いているのを確認したら瞬接とパテで表面を整形するつもりです。

 

二日間で撮影した写真を現地ホテルで整理したのですが、まだ860コマも残っていて、今日はその続きするだけで半日以上が過ぎてしまいました。

 

午前中に541コマまで減らし、その後昼食をはさんで346コマまで減らしたところでギブアップ。

それでもまだハルカちゃんで撮ったコマが138枚もありますが、これ以上モニターを見続けられません。

「いっそこのまま保存してしまおうか」とも考えましたが、このところの中途半端な整理のせいで外付けHDへの負担が高くなっています;;

今年も我慢できず、四国に帰ってきました。

 

八十八か所の札所に向かうお遍路さんが通る道には、昔ながらの家々が残っています。

『倉の前』という地名が残っているここには、なまこ壁の家もあります。

更に別の地域には、火の見やぐらも健在です。

ザクロに囲まれて満足そうな布袋さん?や、

牛が壁の端端に置かれるなど、この町が戦災にあっていないことを教えてくれます。

そんな古い街並みの中をきらびやかな太鼓が通り抜けていきます。

そして数時間後には、神社から下りた神様がここで休憩する「御旅所」が作られます。

今回は胴体の貼り合わせから始めます。

 

中学生時代、F-4とともにかろうじて三点姿勢を保ったような記憶があるものの、自信がなかったので鉛板を丸めて詰め込みます。

別件ですがパイロットとシートが一体となっているのが時代を感じさせてくれます。

この頃のハセガワは機首の垂れ下がったF-4や、胴体後部が反りあがったF-104など特徴を強調する傾向があって、このF-105も炭酸飲料ボトル並みのエリアルールが見て取れます。

それでも主翼を取り付ければ、それほど気にならなくなるのですから人間の目とはいいかげんなものです^^

合わせ目を彫刻刀で粗削りし、

耐水ペーパーでこすっておきます。

このまま塗装に移ろうか?とも思ったのですが、時代遅れ?のモデルなのでスピードブレーキを兼ねたエンジンノズルを切り離し、

ついでにドラッグシュートのハッチも開けてみました。

シュート内は筒抜けを防止するためプラ板でふさいだだけで、形状は勿論デタラメです。

次回は週明けに再開する予定です。

 

来年度のテーマ機を選定したモデルの内、まずはハセガワのマルゴから始めます。

 

いかんせん1960年代半ばのモデルだけに、あっちこっちにバリが見られます。

それどころか購入ン十年の間にデカールと組み立て図、キャノピーまでが紛失(;゚Д゚)

たまたまバーズ仕様のマルゴがありましたが、これを流用するか、参考に自作するかはもう少し考えてみたいと思います。

さていよいよ組み立てですが、インテイクエッジに隙間が出たので、プラ板をかませて整形します。

貼り合わせが終わった両翼。左翼に伸びたピトー管があるのはYF-105のオフィシャル写真を参考にしたのかもしれません。

フローマークやヒケが見られるのも時代を感じます。

このあと燃タン3本を合わせ、

小物のバリ取りを済ませたところで、この日はおしまいです。

 

今年の展示会では完成がギリギリになってしまい、役員の方々にはご心配をおかけしました。なので来年はこのようなことがないよう、早めに候補機を選んでみました。

 

来年のテーマは『撃墜・エトセトラ』。撃墜した側でも、撃墜された側でもいいという、ある意味何でもいい?ともとれるものです。

 

で、次の3機をあげてみました。

まずはハセガワ1/72のF-105。

撃墜マークの付いたマルゴもありますが、東南アジアに派遣された機体の大半が戦闘により戻らなかったという、両方の条件を持ち合わせています。

もう1機は同じくハセガワ1/72のA-6。

これは1996年のリムパックで海自の誤射によって撃ち落されてしまったVA-115にしようと選んだものです。

最後の1機はレベル1/28のスパッド。

背中に描かれたクモの絵が斬新で、いつかは作ってみたいと考えていたものです。

これがテーマと関係あるかどうかは分かりませんが、ダメならダメで自由課題機の方にエントリーするつもりです。

ただ3機ともデカールが無い(使えない)という問題があり、流用、切り張り、手描き、自作デカールと思いは浮かんでも、結局はどうクリアするかが最大の問題です。

 

主翼を落下させフラップを壊して以降、大激作展までの経過を大まかに紹介します。

 

<9月28日>

知人の写真展見学前に、0.8㎜の真鍮管をたたいてアンテナ支柱を製作。上の1㎜真鍮管でも試しましたが、太くてキャンセル。

<10月2日>

通院後、尾翼のシェブロンと胴体の帯をマスキング。

<10月3日>

エンジン周囲のマスキング後、

主翼と

機首部分を黒で吹きます。

<10月4日>

通院と写真クラブ例会の合間に、1㎜の細切りテープでウォークラインをマスキング。

<10月6日>

模型展示会見学の前に、赤がにじみ出ないよう胴体と

主翼をグレーで吹いておきます。

<10月7日>

持つ部分がなかったので、塗り残していた尾翼もグレーに。

そのグレーの一部をマスキングして、もう一つのシェブロンを作ります。

グレーを吹くことで見えなかった接着面が顔を出したので、パテ→ヤスリ→コンパウンドで処理。

<10月9日>

来年の展示会打合せ前に、再度機首周辺と

尾翼をグレーで塗っておきます。

<10月10日>

主脚は後付けなので入る訳もなく一部を切り取り、タイヤの接着面に気を付けながら固定します。

脚カバーの接着面も角度もはっきりしないので、伸ばしランナーで補強と角度を補助します。なので実機とは形も位置も違っています。

白を吹いたら

胴体下面と主翼を銀で吹きます。

乾くのを待って、翼前縁の防氷装置部分をマスキング。

この時点で自分がカチカチ山の狸状態であることを実感します。

それでもウォークウェイラインを剥がしながら、小さな達成感を味わいます^^

コクピット周囲をマスキングして黒を吹くのですが、これ以降は写真を撮る余裕はなく、展示会当日(12日)まで突貫工事は続くのでありました(;゚Д゚)

羽田鳥顔のエンブと立川、木更津公開の誘惑に負けたのが大きかったなぁ~;;

 

お天気を心配しながら午前中は大丈夫と自分に言い聞かせながら入間へ展開してきました。

 

狙いは小松のスペマ。うまくすれば何らかの記念塗装も・・・。

と思いながら撮影場所に到着すると、クラッシュバリヤーが立っています。てえことは着陸して右側。転がって左側の両方が撮れる?と思ったもののランウェイチェンジ。

希望はいとも簡単に吹き飛びR/W35への着陸となりました。

おかげで左側のみとなり、右側はおあずけです;;

翼上の塗装も、帰るときの北風に期待するしかなさそうです。

あとは久しぶりの入間に、たっぷり遊んでもらいました。

まずはT-4。

ここは1/100くらいでしょうかね、1/20では遅すぎました^^;

次がU-680。

先に転がったガルフU-4が、その後ろを離陸していきます。

いよいよ最期を迎えるC-1。

あいにくの曇り空が幸いし全く陽炎がたちませんでしたが、やっぱりお天気がいい日にもう一度撮りに来なくちゃ。

入間の部隊マークもすっかり定着したC-2と

ガルフの離陸も陽炎無しでパチリ。

オマケは小牧の130。

尾翼のマークがシャチホコらしくなかったので拡大してみたらライオン。いつの間にこんなのができたのか、全く知りませんでした。

入間救難のCH-47。

斜面着陸の練習を何度も繰り返していました。

最後にYS-11EBの上りを撮って帰宅しました。

曇り空の展開でしたが、まずまずの成果でした。

 

ドタバタしながら迎えた大激作展でしたが、無事終わりました。

 

今回は数多くの一級品モデルが並ぶ中から、個人的な興味に引っかかったものを紹介したいと思います。

一つ目はC-130のプロペラ。

軸の代わりにネオジウム磁石を埋め込み

受け側のエンジン側にも同様にネオジウム。

こうすることによりプロペラが後付けできるだけでなく、後付けしたプロペラがお辞儀することもありません。

懐かしいと感じたのはアラスカ航空のB727。

思わず立川に飛来したアラスカ航空のC-130を思い出してしまいました。

同様な記憶を思い出させてくれたのが、このP-51。

1966年のプラモガイドに挙げられたヌードが描かれているという不鮮明な写真と、レター文字をつなげるとKISSと読める塗装例は、妄想の塊である中学生に強烈なインパクトを残してくれたものでした。<1966年 プラモガイドより>

更に驚いたのが、過去に読んだことのあるP-3改造のエレクトラ。

胴体後部をYSの尻尾と組み合わせるという発想も驚きましたが、それを見事にやり遂げたのにも驚いたものです。

が、実際に会場で見た驚きは何倍も大きなものでした。

話には聞いていた足跡が付いたA-1。模型ではありますが、見たのは初めてです。

ヘルメットを吊るしたフックや、プロペラブレード裏を赤白ではなく黄色に塗っている辺り、さすが実機を見てきた作者です。

フルスクラッチでつくられたカーチスNC-4。

翼は実機同様リブが埋められ、翼支柱間の張線もダブルで張られています。

バタバタの原因となったYSも無事展示台に立つことができました。

次回はそのYS製作記を記して、YSのまとめにしたいと思います。