新・駆け出しジイジのブログ

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主に飛行機に関することをアップしていきます。

先週末に開催された7月クラブ例会から、一部だけですが紹介したいと思います。

 

なんといっても驚かされたのが、レベル1/32のホークで、レッドアローズの60周年記念塗装機。

ツルツル、ピカピカも凄かったけれど、排気口とスモークパイプの焼け具合はアップでなければ気付けませんでした。

こちらは木目を描いては色を重ねるという作業を繰り返して仕上げされたローデン1/32のSSW D.Ⅲ。

ローゼンジパターンは塗装で行う準備も整い始めています。

別の意味で驚いた?(感心した)のが、中身がいっぱいつまった造形村1/48のTa152。

見えないところまで部品化し、構造を把握できるようにするのは造形村の方針のようですが、製品単価が上昇している現状でここまで再現する必要があるのか?については意見が分かれるところです。

ついに完成したドラゴン1/48のTa154。

心配されたテイルヘビーに耐える前脚も見事ですが、透明度の高いキャノピーにはビックリするやら溜息が出るやら。

コンパウンドは使っておらず、指でこすっただけと聞いて、二度ビックリ!!なんでも指の油と指紋が目の細かい砥石の代わりをしているのだとか。

ただ、同じことを冬にすると指が乾燥してしまい、ガサガサの指では傷だらけになると、嘘とも本当ともつかない言葉に会員一同、大笑いでした。

昔、100円で購入できた レベル1/72のマッキMC200。

天地が逆になっている斬新な箱絵が記憶に残っている人もいるのではないでしょうか?

最後はIMC1/32のハンドレページ ハンプテン。

機体全面に細かくリベットが打たれていました。

さて私は?というと全く手が動かず、今後開催するマルヨン展示会が終わるまで冬眠状態になりそうです。

 

 

今日は看板を中心に、4か所を振り返ります。

 

まずは中村橋から上がったすぐのところにあるゲート。

左(平楽中学校側)から来た車と、右(中村橋側)から来た車がすれ違う道路には、

メイフラワーストリートと、レーストラックロードと書かれた道路標識が残っています。

後ろに見える現在のランドマークタワーと、占領されていた時代を示す標識が時代の流れを感じます。

次に行ったゲートは市営バスの終点となっている根岸台。

折り返し駐車場に停まっていた市営バスと絡めてパチリ。

そしてフェンスに吊るされたプレートと、警備員の詰め所越しに『旧横浜競馬場一等馬見所』をのぞみます。

その詰め所裏側にも、注意(警告)プレートが設置されています。

次に行ったゲートは、門扉が開いていて、厚木や横田で見る車止めが設置されていました。

そこの看板で興味深かったのが、こちら。

以前は周囲に家はなかったでしょうし、高台にあることから石を投げて遊んだのかもしれません。それも英語表記が先に書かれているところが、米軍エリアであったことを示しています。

ここでもランドマークが後ろに見えます。

最後は森林公園と山元小学校の間にある、住宅地であることを示す大看板。

何かあったときは道路入口を閉鎖できるタンクが両側に配置され、

その角には日本人用に日本語だけで書かれた看板がありました。

上記入口の立ち入り禁止看板を境に、英語表記が先に書かれる看板に変わります。

しかし、占領時に接収されていた右側に広がる広場と『旧横浜競馬場一等馬見所』が返還された後設置されたのであろう、

日本語が先に書かれた看板。これもいつかは外されるのでしょうね。

 

今日はお盆の入り。なので迎え火を焚きました。

今年は雨が上がったばかりで火付きが悪いかと思っていましたが、普段にも増してよく燃えてくれました。

 

6月30日をもって根岸の米軍住宅エリアが返還されるという新聞記事を見て、看板やフェンスが残っている内に行かなくちゃ、と今日行ってきました。

 

まずは、中村橋から急坂を上ったところにあるゲート。

次に森林公園を右に見ながら進んだ先にある、根岸台バス停近くのゲート。

そして、そのまま坂を下ったところにあるゲート。

最後は山元小学校と根岸森林公園の間にある住宅地を示す看板。

この坂を上がると

森林公園に挟まれた形で細長く米軍エリアがあって、入り口にゲートがありました。

暑くなりそうだったので7時台に家を出たのですが、これが裏目に出て4か所の内半分が逆光か、半逆光という思わぬ結果となりました;;

次回は看板を中心に振り返ってみたいと思います。

 

お盆の入りが7月13日(月)。

それから16日(木)までの4日間が今年のお盆期間だとか。

 

その準備が終わり、お寺さんにも塔婆のお願いをしてきました。

8月に開催する展示会準備も追い込みです。

 

羽田で開催されている「THE HISTORY OF HANEDA 空がつなぐ。」を見に行くついでに、ユナイテッドの米国建国250周年を記念したスペマが来るというので展開しました。

 

34Rの降りだろうと2タミで待ちますが、カメラをもった同好の士の姿がやけに少ない。

デッキの北側端に位置していれば降りて向きを変える姿(図①)や目の前を南に向かって転がる姿(図②a)が撮れるにもかかわらず、到着30分前になっても人が増えません。

機体が銚子付近に来てもその人数は増えません。

「もしや34Lで降りられたら?」と不安になり、急遽3タミへ移動。

ところが250年のスペマ機は予想通り34Rに降りて、図①➡図②a➡図②bを転がって3タミにスポットイン。

遅れて到着したので思った場所に位置することができず、数多い照明の柱の間を縫って撮影するしかありません;;

ギリギリ間に合ったとは言え、右往左往した展開となりました。

随分と久しぶりの更新です。

JAJA展示会が終わり、今度は自分が加入している『マルヨンの会』の展示会で毎日バタバタしているところです。

 

日時、場所、内容については次の通り。

今回は従来の何かを見せる・観てもらう展示会ではなく 、来場者参加型の座談会を考えました。

大型モニターも準備しましたので、USBに保存してお持ちくだされば画像・動画を流したり、当時のモデルや、その残骸、塗料などプラモに関係するものを持ち寄ったりして、おしゃべりしようというものです。

 

また、今回は簡単な写真集を作ることになり、外付けHDを購入する前までCDRなどのディスクに記録していた画像を探しているのですが・・・。

これが案外大変で、悪戦苦闘しています;;

明日から展示会が始まります。

やっと、多分ですが、準備完了?

A3額53枚は今までの最高記録かも。

段ボール箱5つ、手提げ袋4つに看板と、なかなかの荷物となりました。

それでも何か忘れ物をしているようで、お尻が落ち着きません。

今週末から始まるJAJA2026コレクション。

それに向けてバタバタが今日も続きます。

 

まずは写真を入れる額の準備から。

これが大変。安い額なので写真を入れるには金属ピンを抜く作業から始めることに。

一桁台ならまだしも30枚を超える量となるとそれなりに苦労が伴います。

それを抜いては挿し込みを繰り返し、イベント関連のフライトを

17枚。基地祭や外撮りを9枚。

その他、T-4ブルーのデザインを考えた斎藤会員のイラスト・写真が10枚と、30年に関する写真が10枚。

合わせて46枚、やっと完了しました\(^o^)/

いよいよJAJAコレクション2026が14日から始まります。

開催にあたり30年という時の流れをどう表すか?が今回のテーマでした。

その一つとして、参観者が自分の30年間を振り返るきっかけにしてもらうこと。

もう一つは30年間でグッズやお土産だけでなく、

社会生活の中でも見られるようになったことを通して、ブルーが広く浸透してきたことを再認識してもらうことでした。