新・駆け出しジイジのブログ

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主に飛行機に関することをアップしていきます。

毎年帰っている故郷の祭り。

神社にも電話をして日程を確かめ、あとはホテルの予約をするだけ。思わずYouTubeでその雰囲気に浸ったまでは良かったのですが・・・。

1本観るたびに関連動画も出てくるわけで、そんな中で見つけたのが坂出の祭り。

小学生のとき一度だけ行って、サトウキビをガリガリかじりながら歩いたこと。

本家のいとこが『シンガイ』だか、『シンバ』だか(ともに町名)の太鼓はお前の所より大きい、と自慢していたことくらいしか覚えていない祭り。

それがYouTubeで60数年ぶりに出会って、その見事さにビックリ!!愛媛県新居浜の太鼓にも勝るとも劣らない大きさと美しさは、衝撃的でした。

<電線にかからないよう棒で持ち上げる様子>

<宮入りするために太鼓をシーソーのように傾けて鳥居を通る>

<立体的に刺繍された幕>

そしてとどめは石灯篭の間を通るカット。

400㎜以上の望遠で撮ったらどんな絵になるのだろうと思った瞬間、

生まれ故郷の祭りに行くか、本家がある祭りに行くか!?

心は揺れ動いたのであります。

 

マルヨン展示会が終了して2週間。

ご来場くださった方々、ゲストでギャラリートークをしてくださった方々。ありがとうございました。

改めてお礼申し上げます。

 

展示会中はセミの声が響いていた夏も

ブログをお休みしていた間に地上に落ちて、朝夕はコウロギの声も。

花火大会や

盆踊りで賑わった校庭は、2学期が始まった子どもたちの声でいっぱいです。

 

さあ、私もエンジンを再始動しましょうか。

いよいよ明日からマルヨン展示会が始まります。

 

どんなものをどのように展示するか散々迷った結果、立川・横田の月曜。

厚木の火曜、

羽田の水曜、

プラモの木曜と、ギャラリートークに合わせて展示品を変えることにしてみました。

その結果、持ち込み荷物は増えに増え、

飲み物と

それを冷やすクーラーボックス。

更に換気用のサーキュレーターに、ギャラリートークで使うイーゼルまで。

カミさんの協力なしでは今回の展示会は成立しないのであります。

 

さて、忘れ物はないのだろうか・・・?

いよいよ今週末に迫った、マルヨン展示会。

4人の写真を集めた写真集もできました。

<表紙を含め 全24ページ>

これは私の1ページ目。

またカミさんに教わりながら、初めてパワーポイントを作ってみました。

来場者への話題を示すだけでなく、私自身話す内容が整理できたのは幸いでした。

 

さあ、最後の追い込みです。

マルヨンの会でのトークギャラリー。

横田、厚木、羽田と紹介しましたが、肝心の私の内容が決められなくて困っています。

 

接着剤がこぼれた、ラッカーを塗ってプラが侵された、

<左から小6、中1~中2頃買ったピラー塗料>

舶来品がまぶしかった等、昔話ばかりではもたないだろうし

<小学校時代の舶来品が残ってないので中3くらいから買い始めたエアフィックス>

21世紀のプラモは作ったことがないので、メーカーすら覚えていないという始末。

<羨望のまなざしで見ていたポゴを手に入れたのはずっと後>

ましてや私の作るプラモは『ヘ~、ホ~、フ~ン』と感心するほどの技量もなく、完成品を並べるにはあまりにもお粗末。

とは言ってもプラモの話で完成品が一つもないのはまずいので、デスクトップ風のタミヤ1/48ハリヤー、

ダイキャストモデル風のハセガワ1/72 EKA-3B電光三兄弟、

そして自分なりに頑張ったレベル1/32のモスキートと、

逆にストレート組みでエンジン部だけ自作したマッキ72に、

数々のスクラップモデルを準備しようと思います。

<マルサン1/100のP-4Nとニチモ半端スケールの零戦。そしてポリ製のキャタピラ>

なので来場者の皆さんの経験と知識をお借りするしかないのですが、何を話題にすれば多くの方々が楽しく話題に参加できるかも決まらないのです。

<マルサン1/50のF-86Dスクラップと、左の白い燃タンはマルサン1/50のファントム。>

とりあえず初めてのプラモ、初めて色を塗った、初めての舶来品等、『初めて』づくしを切り口に進めてみたいと思います。

<初めてではないが小学生のとき塗った三共のB-17。レベルの箱絵に影響され茶色を塗ったが、その後オリーブドラブであることが分かり、ピラーのオリーブドラブ(艶消し)を塗ったもの>

 

マルヨンの会での羽田トークギャラリー。

ひょんなことから、私も一緒にお話し会に参加することになってしまいました(;゚Д゚)

 

そこで自分なりに羽田の目ぼしい話題を探してみました。

私の世代ではB707と

<1979.6.26 旧B滑走路で撮影>

DC8が代表格。

<1967.8.15 第4オペレーションセンター側で撮影>

 

そして大量輸送時代に入ってB747と

<1971.2.2 左主翼内側に搬送用のエンジンを吊るしたパンナムのB747>

L1011や

<1972.7.25 日本初飛来時に羽田空港上をオーバーヘッドした

L1011>

DC10。

<1972,7.24 高速の羽田トンネル近くからC滑走路に乗るDC10>

とどめはコンコルドと言ったところでしょうか。

<1972.6.14 報道関係だけでなく、ロールスロイスにベンツまで並び、お偉いさんもお出迎え>

 

こんなところが私に話せる時代でしょうかね。

 

私たちが行うマルヨン展示会で、ギャラリートークをしてくださるHASMの星加正紀氏がこの「THE HISTORY OF HANEDA 空がつなぐ」でもお話をされるというのでお邪魔してきました。

 

会場は前回と同じ1タミ5階ですが場所が奥まったところで、ろくに調べもしないで行ったものですから羽田で迷子になるという珍しい体験をしてしまいました^^;

しかし会場は広く、一段とお洒落な環境の中、貴重な資料と企業所有ならではの本物が多数展示されていて内容の濃さを感じました。

ギャラリートークは羽田空港の歴史から始まり、

乗り入れている国内航空会社のデスクトップモデルを使った紹介、

CAのユニフォームや地方航空を支えている航空会社、羽田に乗り入れている京急と東京モノレールへと続き、

羽田空港の立体地図模型を使った運用でお話は終わりました。

ちなみにJAL初代のユニフォームは何度か見る機会はありましたが、胸の真珠飾りがミキモトの本真珠で作られていたことは、今回星加氏の話を聞いて初めて知りました。

あえてスチュワーデスと言い変えますが、いかに彼女たちのステイタスが高かったかを感じるエピソードでした。

あっ、マルヨンの会でどのようにお話していただくか?会場レイアウトは?時間の割り振りは?といった打合せをさせていただいたのは言うまでもありません。

今日は厚木を紹介したいと思います。

厚木のギャラリートークをしてくださるのは、アツギ ゴンベイ クラブ(AGC)の赤塚薫氏にお願いしました。

横田、羽田と大判の額を出したので、厚木でも同様な形体をとることにしました。

ものはF-4のNAVY代表?であるVF-96ブラックファルコンズ。

ハセガワF-4J1/48が新金型になったときの箱絵を大判カレンダーにしたものと、故・西村直紀氏からもらったNG#100の写真。

そしてカニンガム氏の直筆サイン入りの鉛筆画と、パッチを額装したものです。

これ以外にはマルヨンの会メンバーであるM氏が撮影した写真と、私が集めたパッチの組み合わせを並べることにしました。

ただ、これだけの量を全部並べられるスペースはないので、ここから何を選ぶか?

更には額から抜け落ちたり、日焼けしたりした写真を差し替えする時間の確保が今後の課題です。

 

展示会のトークは横田、立川、厚木、羽田の4か所がメイン。

先日は横田をアップしたので、今日は羽田を紹介します。

 

羽田のギャラリートークをしてくださるのは、HASMの理事である星加正紀氏にお願いしました。

横田と同様、羽田でもメインとなる大判の額を1つ選びました。

デッキの入場券を額装しましたが、当日のスタンプがきちんと押されておらず、昭和45年までは読み取れるものの、月日が読み取れないのは残念です。

当時は気にも留めなかったのですが入場時から56年も経つと、いつ入ったのかが無性に気になります。

そして上部に国際線。

下部に国内線。

その間に送迎デッキへ出るゲートを配置しました。

ここを通るときは50円玉を投入することで放射状の鉄パイプがガチャンと回転して前に進めたのもいい思い出です。

これ以外に『1972年 羽田の暑い夏(仮題)』としてA3額を3枚準備しました。

今では過去のものとなったコンコルドと、

大量輸送を象徴するL-1011、DC-10が羽田に同時展開したのは、この夏だったのです。

 

次回は厚木をどう展示するか、考えたいと思います。

 

展示会のトークは横田、立川、厚木、羽田の4か所がメイン。

そこで壁に展示する写真や資料をそれに沿ったものにできないか?と、考え作業に入りました。

まず横田は、C型なのにスキャナーがないD型もどきの変遷をまとめ直します。<1968.8.19 八高線トンネル上にて>

マットから抜け落ちている部分は、厚木に降りて修理に入っている

D型もどき。

残念なのは撮影日が不明なこと。

分かっているのは、熱く南風が吹いていたこと。F-4B(VE#8)やKA-3B(ZA#15)が駐機していたこと。ノーマークのA-4C(147803)が上がり、KA-3B(ZB#898)が降りたこと。

肝心のD型もどきは折りたたみ部分の主翼が外され、B型からの流用か白いフラップが付けられている。

特に注目されるのは機首にロビンオルズのFG0829と同じデビル

マークが付いていること(激トリ)。

スキャン時の読み取り解像度が低いため写真のピンが今二つなのは仕方ありませんが、こんなのがあったということが分かっただけでも良しとしました(激トリ)。

ちなみにデビルは11月1日の横田飛来時でも残されています。

 

次にタイプライターで打ったキャプションが読み取りやすくなるよう新たに作り直しました。

ところがモニターと印刷結果のずれがあったり、ランウェイ番号を打ち間違えたりと、思いのほか時間がかかってしまいました;;

それでも何とか完成させることができたので、めでたし、メデタシです\(^o^)/

 

横田のギャラリートークでは撮影場所の話もあるようなので、北側(RW18)の写真を選んでみました。

小さくではありますが、背景の山(丘)には『殉国慰霊塔』。国有地には既に還暦を過ぎてしまった、かつての若者たちが散らばり、

フェンス内側の警備小屋横には、今と同じ音の警告ベルを聞いた

バイクが止まっています。<1967.11.23  枕木の上から>

次回は羽田の展示品を選んでみたいと思います。