先週起こった福島第1原発の停電事故、みなさんどのように受け止めたでしょうか?
原因不明の停電のために、使用済み核燃料を浸した冷却プールが機能停止。
以前の企画モノで書いたとおり、使用済み核燃料に含まれる放射性物質は常に壊変と呼ばれる変異を続けており、それによって熱を発します。これを放っておくといずれ再臨界に達し、爆発的エネルギーを放出することになります。このため、放射性廃棄物は常時冷却しておかなくてはなりません。
本来原発政策の肝であったはずの核燃料サイクルは頓挫した状態で、廃棄物の再処理施設の本格稼働や増設すらままならないのが実態です。原発から産まれた廃棄物のほとんどは、その敷地内の貯蔵用プールに保管されている。
これはつまり、政府が目指したモノとは遠くかけ離れた、『仮置き』の状態が恒常化していると言うことです。
仮置きでありながら、それが当たり前になっている。
しかも全国に存在する全ての原発がその状態です。
この綱渡りのような仮置きが今の廃棄物処理を支えているとは、恐ろしい話しです。
福島第1原発の冷却プールに電気を送る配電盤は、大震災以降ずっとトラックの荷台に設置された仮設設備でした。仮置きの施設を支える仮設の配電盤…今回の停電は、この仮設の配電盤に入り込んだネズミのような小動物が、配電盤をショートさせたことが原因ではないかと言われています。
もっと問題なのは東電の対応です。
今回の事故の情報伝達の遅さ。そして、仮の施設に支えられた第1原発の実態が、トラブル発生によってしか我々に知らされない現実。
企業や国が我々に与えている情報が、いかに歪曲されているかを証明しています。
原発の管理体制、東電の体質、国の政策、どれを取ってもお粗末としか言いようがありません。
福島第1原発は、危機を全く脱出できていない。プレハブ倉庫同然の施設に核物質が満載された状態にあり、管理する国や企業の問題意識は希薄なのです。
危険なんてもんじゃない。
加えて我々にも問題があります。
安倍政権が民主党の『原発全廃目標』を撤回したことについて、世論調査では賛成が反対を大きく引き離しています。日本国民は既に、危険を度外視してでも原発と共に生きることを選択しています。
やはり今回の政権交代で、日本は原発と手を切る最初で最後のチャンスを失ったのでしょう。産業振興、景気回復の大号令の前には、起きるか起きないかわからない事故のために原子力を失うわけにはいかない、と判断したわけです。
もし、次の大きな地震で別な原発が事故を起こしたとき、それは電力会社や国の責任ではありません。我々国民の責任です。
福島の時は、操作された安全神話に騙されていたと言えます。しかし、福島の事故を目の当たりにした我々は、『原発は人類には扱いきれない危険な技術』と認識できたはずです。
それでも目をつぶって原発を求めている我々に、責任が無いなどと言う権利は無い。国や電力会社を止めようとしなかった国民が、全ての責任を負うべきです。
その代償は金銭的なものなのか、生態系の崩壊に及ぶようなものなのかはわかりませんが、いずれにしても甚大なものになることでしょう。
以前も書きましたが、福島第1原発が再臨界による暴発に至らなかったのは、奇跡的な幸運だったに過ぎません。
なぜ人類は過去から学ぶことが出来ないのか? たった2年前、あれほどの事故が起きたのに…
まぁ、有史以来戦争が絶えたことが無いのだから、近代数十年の歴史しかない原発に学べるはずもないってことですかね。
このようなお粗末な実態を目の当たりにして、人類という種自体の繁栄がそれほど長く続くことは無いだろうと思わざるを得ません。
地球が誕生してから今に至るまで、一つの種が繁栄し続けけた事は無い。最も成功した種である恐竜ですら、ごく短期間に滅びています。これが神の意志なのかどうかはわかりませんが、もし神の意志というモノが存在するのであれば、人類を長く地球の支配者にしておくつもりは無いのだろうなと感じますね。なんせ、自滅に向かう遺伝子が組み込まれているのだから…
果たして、我々に神の所業に抗う力があるのか? 私達を含めた数世代の人類の生き様が、それを証明することになるでしょう。