いっしょに笑お^^ -30ページ目

いっしょに笑お^^

私、ささパパのストレス解消部屋です。

うれしい気持ち、悲しい気持ち、腹立たしい気持ち、

全部吐き出してすっきり笑うための場所なのだ!

男子モーグルのランが終了しました。
残念ながら、西、遠藤の両名とも準決勝で敗退となりました。予選の滑りが良かっただけに、非常に残念。

男子の競技をご覧になった方は、いかに上村が男子顔負けの直線的で切れのあるターンをしたかわかってもらえたと思います。

上村がメダルを逃した後、ジャッジについて様々な解説がされています。
曰わく、バンクーバー以降、ジャッジのトレンドはスライドを使って、下半身より上半身を安定させることにシフトしているとか。
男子は速度の限界点が高いことから、必然的にカービング寄りになります。
しかし、女子はスライドの量が明らか。上村の滑りはどうしてもリスキーに見えるし、速度が上がる分上半身は揺れやすくなります。
なるほど、ターン点が低くなるはずです。

競技前段、ジャッジ達は評価ポイントを摺り合わせるためのミーティングをします。その際にポイントが低い滑りの例として、上村の映像が使われたそうです。つまり、悪い例って事ですね(^^;)

ま、所詮評価目線の問題なので、こんなのは良くあることです。ただ、何もこの場面でと言うやるせなさを感じざるをえません。

とは言うモノの、私はようやく気持ちが落ち着いた気がしました。
武道で言うところの「試合に負けて勝負に勝つ」ってやつですね。上村自身が言うように、思うとおりの最高の滑りができたんです。満足げな笑顔がそれを証明してます。
そして、私もスライドを多用した安全運転の上村なんか見たくありません。

最高にカッコいい4位。
ますます上村のファンになりました。
引退しても、色んな場面でその滑りを見せてほしいですね。
ほんとにお疲れ様でした。

日本時間にして今日の午前4時過ぎ。女子モーグルの決勝が終わりました。
上村選手の成績は、前回と同じ4位。最後であろうオリンピックでも、メダルに手が届かずに終わりました。

上村の年齢は34歳。今大会全参加選手のなかで最年長です。しかも、バンクーバーの後、現役続行か引退かに悩み、1年以上の冷却期間があります。トップレベルのフィジカルを手に入れるには、あまりに大きなブランクです。

しかし、上村は不断の努力でそれを手に入れました。今大会の上村の滑りは神懸かり的と言って良い仕上がりでした。
今シーズンのワールドカップ、上村の状態は決して良いものではなかった。わずかに3位が一度。オリンピックシーズンとしては不安な成績です。
ところが、ソチでの滑りは驚くべき完成度を見せます。
予選は2回。
1回目に通過できるのは10名。その10名に入らなければ2度目の予選も滑らなければなりません。2度目の予選も通過できるのは10名。つまり予選通過できるのは計20名です。その20名が準々決勝を戦い、準決勝に進めるのは12名。準決勝を通過できるのは6名。この6名がメダルを目指す権利を得ます。決勝の6名に残れば、自動的に入賞は決まり。


日本時間の午前3時から準々決勝がスタート。上村の準々決勝は9位でした。

順位6名の中に入れていなかったし、上の6名は盤石に見えたので、正直なところ決勝に進めるとは思っていませんでした。その予想に反し、上村は三つ順位を上げ、準決勝を勝ち抜きます。これで入賞は決まり。


年齢とブランクを考えると決勝進出は難しいだろうと思っていました。しかも、2時間ほどの間に準々決、準決、決勝と3本も滑る。コブ斜面を一度でも滑った人ならわかるでしょう。整地された斜面を滑るのとは全く違う強烈な負担。暴れるスキーを押さえるのすら大変です。それをインターバル無しで3本など普通は考えられません。でも人間欲が出るモノで、決勝に進出したからにはメダルを獲って欲しいと思ってしまいます。


決勝は下位から出走。だから6位の上村はトップバッターです。

スタート地点に立った上村の表情は驚くほど穏やかでした。滑り始めた直後から安定したターンに入ります。第1エアをヘリコプター(3-60)で無事にクリアした後のミドルセクション。上村は爆発的な加速を見せます。世界一と評され、バンクーバー前のシーズンでは日本人初のワールドカップ年間チャンピオンとなった美しいターン。加えて日本刀でコブを切り裂くようなカービング。後に滑った5人が逆立ちしてもかなわないような精度で駆け下りました。

第2エアはアイアンクロスを入れたバックフリップ。完璧なエアで着地して駆け抜けたタイムは30秒46。後の5人がこのタイムを抜くことはありませんでした。

唯一のミスは、ミドルセクションの中間地点。一瞬コブに右脚がはじかれて膝が割れます。しかしそれも次のコブには立て直していました。

ところがです、ジャッジ競技の悲しいところで、トップバッターは基準となるためどうしてもポイントが不利になりがちです。上村のポイントは予想外に低い68%台。ここまでトップクラスは低くても70%を超えていたため、状況は非常に厳しくなりました。


この滑りでこの点数? こりゃあここまでかと思っていたのですが、続く2名が上村を下回り、残りは3名。たった一人押さえればメダルです。

次の二人はほぼノーミス。70%を軽く超えてきます。最後の一人はバンクーバーの覇者、ハナ・カーニー。希望は果てしなく小さくなりました。

が、オリンピックの魔物は前回覇者を襲います。ミスに次ぐミス。カーニーの普段の力からすれば考えられない滑りでした。タイムも上村を1秒以上下回ります。これを見た私はメダルを確信しました。やった!遂に!


なのに…


カーニーのポイントは上村の上を行ってしまいます。なぜ?どうして?頭が真っ白になりました。おそらく当のカーニーが一番理解できなかったと思います。その表情は戸惑いを隠せない感じでした。

考えられる理由は滑走順の不利しかありません。こんな理不尽なことがあって良いのか…

カーニーが悪い訳じゃない。ジャッジの判定が不可解すぎたのです。


でも、上村は笑顔でした。

滑走直後、感極まって涙したモノの、終わってインタビューを受ける上村から出た言葉は「楽しかった」「やりきった」、そしてメダルを取れなかったことに「ホント申し訳ありません」と言うお詫びの言葉でした。


このお詫びの言葉に私は耐えきれずに泣きました。

上村はこれまで、競技に対し、チームに対し、国に対し、とてつもなく誠実に取り組んできました。バンクーバーの直前にはチームのメンバーに「お願いだから自分のために滑ってくれ」と言われたくらいです。メダルが欲しかったのは支えてくれた人達のため。そしてモーグルという競技を知ってもらうため。申し訳ないという言葉は、何の気負いもなく、ごく普通に出てきた言葉なんでしょう。


どの選手も全力を振り絞ったチャレンジです。結果は結果として、清々しく笑った上村を見てほっとしました。メダルを獲ることは出来なかったけど、これできっと思い残すこと無く引退できることでしょう。残念なのは確かですが、決勝の滑りは間違いなく世界トップクラスの感動的なランでした。


レース後、民放の番組に生出演した上村は、キャスターのSMAP中居君から「始めてメダルを獲ってくれじゃなく、獲らせてやってくれって思いました」と言われました。その時、上村は深く微笑んで「ありがとうございます」と答えています。

お詫びの言葉と感謝の言葉。上村のこれまでの競技人生を象徴するようなシーンでした。きっと私は上村愛子というアスリートを一生尊敬し続けることでしょう。


バンクーバーの後、日本モーグル陣のコーチ、ヤンネ・ラハテラは、メディアに上村がメダルを逃したことを問われました。その時ヤンネは「愛子は結果4位だっただけだ。それのどこに問題があるんだ?」と一喝したと言います。

そりゃそうですよね。あまりに鋭利な競い合いです。参戦した選手全てが超一流の才能を持ち、超一流の努力を払って勝ち取った舞台なのですから。ソチの舞台も同じ。全ての選手達が賞賛されて当然なのです。


本当に本当にお疲れ様でした。

そして4位入賞、5大会連続入賞の偉業、おめでとうございます!

いよいよ今日からソチオリンピックの一部競技が開幕します。
楽しみだぁ!(^^)!

まずは今夜の女子モーグル予選第1ラウンド。
おそらく最後の挑戦になるであろう上村愛子が大注目。頑張って欲しいなぁ。

是非みんなで日本の選手達を応援しよう!

私がよく行く地元のスキー場、端野町のメビウススキー場(今はノーザンアークリゾートと呼ばれてますが…)は、運営する側に安全管理という意識が全く無い珍しいスキー場です。

ここが開設されたのはバブル絶頂期。当時の運営会社は東京の地上げ屋さんでした。当然スキー場の運営ノウハウなんて皆無。スキー・ボード客にとって、やりたい放題やっても注意されないゆる~いスキー場となってしまいました。

北見市内には若松スキー場という小さなスキー場がありますが、こちらは非常に管理とサービスが行き届いている。小さいながらも良いスキー場です。結果としてマナーの悪いスキーヤーやボーダーは、何をやっても怒られないメビウスに集まることに。コースでのマナーはどんどん悪化し、施設の破損も他では考えられないほど多くなりました。


今やスキーもボードも下火になってしまったので、元々流行に乗っかっただけのマナーが悪い連中は見かけなくなってしまいました。でも、破損された施設は修理されないまま残り、評判の悪さも定着しています。お陰で人も少ないから、ロングターンの練習にはもってこいですが苦笑


さてさて、そんなスキー場ですが、マナーが悪いのは何も若い人ばかりではありません。中高年のマナーも大して褒められたモノじゃない。

最低のコースマナーを注意されることもなく、長年滑り続けているじぃさんが一人います。


このじぃさん、とにかく飛ばす。

メビウスのコース長は最大で1000m強程になります。この長さをほんのわずかなターンで滑り降りてしまいます。つまりほとんど曲がらない爆走じじぃです。スキーするときは曲がらないのが一番スピードが出るのは言わずもがな。おそらく若いときからずっとこの滑り方で通してきたんでしょう。歳と共に脚力が衰えていることもわかっていない感じです。事実、最近はよくすっ転んでいます。

迷惑なのは周りです。子供がいようが初心者が立ち往生していようがお構いなし。衝突すれば小さな子供なら死なせてもおかしくない。危険極まりない人物です。


昨日、私のすぐ目の前を滑っていたそのじぃさんが派手に転びました。スキーもストックもバラバラに吹っ飛んだので、飛び散った道具を拾って渡してあげました。「いやぁ、すみませんね」と言いながら受け取る様子は気のよさそうなじぃさんなんですけどね。でも、ふと見るとストックのストラップが外されています。手首に輪がかかっているのが嫌いなのか、自分で取っちゃったんでしょう…これは相当危険です。「ストラップ、つけた方が良いですよ」と言ったところ、それには返事無し。やれやれやれやれ

ところがそれからしばらくして…


私が急斜面をロングターンで滑っていると、いきなり滑走音が右後ろで響きました。すぐに自分に向かってくると直感しました。やばい!と思って体軸をそちら側に寄せて身構えた次の瞬間、「おわぁ!」と言う叫び声と共に人が突っ込んできたのです。

幸いこちらは一瞬早く身構えていたので、ショルダーブロックのような形で当たることが出来ました。結果として当たってきた方が跳ね飛ばされて大転倒。トムとジェリーのような見事な転がり方で滑落していきました。もちろん道具は全部取れてバラバラ。


こちらは無事だったので救出に降りていくと…あれ?

さっきのじぃさんでした叫び

このじぃさん、今までも色んな人に衝突しているんですけど、全然悔い改めていなかったんですね。きっと逆に跳ね飛ばされたのは初めてなんでしょう。目を白黒させている感じでした。


スキー場での衝突は、その時点で少しでも上にいた方に回避義務があります。私は下にいたのだから全くの無罪。文句を言われる筋合いはありません。

私:「大丈夫ですか?」

じぃさん:「大丈夫。あんたは大丈夫かい?」

私:「あ~、私はなんでもないですけど、周囲に気を配りながら滑ってますから

じぃさん:「…」

私:「そのストック、危ないから直した方が良いですよ」

じぃさん:「…」

私:「それじゃ気をつけて」

じぃさん:「ありがとう」


う~ん、今後反省して滑り方を考えてくれると良いですね。

ちなみに、まったく無傷と思って帰ってきたんですが、右腕に多少の打撲があったようで、今ちょっと痛いですカチン

家内の希望で『永遠の0』を見てきました。

私的には全く興味が無かったのですが…特攻隊をエンターテインメントにするのはどうなのか?と言う疑問もあったし。


STORY

司法試験に落ち続け、進路に迷っている青年・佐伯健太郎(三浦春馬)は、祖母・松乃の葬儀の時に実は祖父・賢一郎(夏八木勲)は血のつながりがないことを知らされる。本当の祖父の名は宮部久蔵。特攻で散った零戦パイロットであった。姉と共に祖父のことを調べるため当時の戦友達の元を訪れる健太郎だったが、彼らの口から聞かされる祖父の評価は、海軍一の臆病者という悪評だった。


私はどのような戦争にも否定的な人間です。正義の戦争などというモノは存在せず、戦争に向かっていく際に語られる正義は『戦争をしたい人達の正義』に他なりません。

日本は原爆を落とされた。中国は満州で大虐殺があった。朝鮮半島では女性達が慰安婦として連れ去られた。アメリカでは宣戦布告無しに真珠湾を攻撃された…どれこれも悲惨な話しで、それぞれの国が敵性国を非難します。

これはそれぞれの国に正義があるからで、戦争に突入する国々は、戦争に疑問を持たないような教育も含めて世論をコントロールしていきます。そこに無知な国民の意思が介在することはありません。

こんな茶番のために数万人、数十万人の人命が無惨に失われるわけです。言っちゃ悪いけど、戦争をしていれば、どの国の人も敵国の人を殺すんです。殺すことが正義なのだから。参戦した国に被害者はいない。全ての国が加害者です。人を殺して褒められるなんてあって良いはずがない!

今は国論が少しずつ敵国を作る方向に向けられています。戦争を知らない我々は、ともすれば意に反する国を駆逐するのが正義のように思わされがちです。再び狂気の渦に巻き込まれても疑問に感じなくなったとき、私達は再び加害者になるんです。絶対に止めなければなりません。


この映画は特攻の悲惨さ、若者達の苦悩をよく描いていると思います。そう言った意味で、現代の若者が見るべき映画かも知れません。

ただ、人の命を武器にするという狂気の沙汰を美しい映像とBGMに乗せて観客に見せるのに、幾ばくかの違和感を感じてしまいます。特にラストシーンの岡田君はカッコ良いだけに、違和感は一層強くなりました。戦争の時代を生きてきた人は、この映画を見てどんな風に思うんでしょうね…

今日端野のスキー場に行ったら、普段はガラガラのくせに駐車場が車であふれかえってました。何事かと思いきや、どうやら全日本スキー連盟(SAJ)主催の指導員研修会の日だったようです。

あちゃあ、こりゃついてない。今日はコース中先生達でいっぱいだわ…しょぼん


スキーの指導員ってなるのはもちろん大変なんだけど、なってしまってからも結構大変なんですよ。

受験するには、まず秋の始め頃から座学の勉強が始まって冬の頭に筆記試験。それに合格したらすぐに各地の連盟毎に実技の特訓が始まって、確か2月の末くらいに実技試験が行われます。


合格したら地元のスキー学校に所属して、学校のスケジュールに沿って生徒の指導をすることになります。こりゃもう、受験指導していただいた地元の指導者の方々へのご奉公です。指導資格を取ったからには、有無を言わさずスキースクールのお手伝い。冬の週末はほとんど潰れます。


そしてもう一つ、指導員のライセンスを維持するために一定の会費納入と年1回の研修会が義務づけられます。

会費はまぁそれなりの額なんですが、この研修会に出ないとその年の指導要領がわからなくなっちゃうと言う超重要なモノ。それでなくてもSAJの指導要領は毎年のように変わるので、指導員達は大変です。

年によっては、おいおい、去年言っていた事と逆じゃねぇか?なんてこともあります。今年は要領の大改訂が行われた年なので、きっと参加している指導員達はそんな思いをしていることでしょう。


同じ指導員と言っても、合格したてのヒヨコさんから大ベテランまで様々。当然技術力もピンキリです。それが全員『指導員』と言う一括りの土俵に乗せられてしごかれるんだから大変。きっと泣きそうな気持ちになっている人もいるでしょうね。


横で先生達の滑りを見ていると懐かしいなぁと思います。

自分はYOSAKOIを始めて時間が無くなってしまったので、更新せずに資格を捨ててしまいました。会費を払わず研修会にも参加しなければ、自動的に資格が失われるわけです。

地元のスキー学校は指導員のボランティアで運営されています。シーズンの始めに出番の日が割り振られ、参加できない日は代わりの人を自分で見つけてねって感じ。

まぁ、地域によってやり方は違うと思いますが、指導資格を持っている人の負担の重さは似たり寄ったりです。年がら年中忙しいYOSAKOIをやりながら指導員ってのは、正直きつかったんですよね。


資格を流してしまった今となっては、私はただのスキー好きの中年おじさんです。また2級あたりから取り直すのも面白かもなんてちょっと思いますが、今は気ままに楽しんでいるのでこのペースが捨てがたいですね。

今のスキー界を背負う先生達には、体を壊さないで頑張ってくださいと言っておきましょう腕。

ガラケーから現在のスマホに変えて丸1年が経ちました。


スマホでゲームとか一切やらないし、ワンセグも見ないし、カメラ撮影も最小限。アプリだってそんなに取ったことがありません。なんせLINEもろくに使わない人ですからねぇにひひ

スマホからガラケーに戻る人も多いと聞きますが、はっきり言って私の使い方ならガラケーでも良いんじゃね?って気はします。

スマホにとどまっている理由と言えば、PC同様にインターネットが使えることとフェイスブックへのアップが手軽なことくらい。まぁ、この二つだけが重要事項ってことになるのでしょう。


不精者かつ心配性の私がスマホに変えるに当たって一番危惧していたのが電池の保ちです。機種の選定も、購入当時に一番電池容量が大きかったDIGNOに決めてしまったくらいですからね。1日に何度も充電するなんてめんどくさいし、いざってときに電池切れ!なんて絶対にイヤ。電池のヘタリを出来る限り押さえるために充電は必ず電源を落としてやるし、大容量の予備電池も持ち歩いてます。


以前は夜中にメール着信音が鳴るのがイヤで寝るときに携帯の電源を切っていたんですが、moeとnanaが家を出てからは緊急事態に備えて切らないようになりました。それでも充電時には切ってるところが笑っちゃいますけどてれ(苦笑)

DIGNOの電池性能は立派なもので、充電時以外は立ち上げっぱなしでも、私の使い方なら余裕で丸二日間使えていました。


ところが1年が経ち、さすがにヘタリが出てきたように感じます。

今は朝満タン充電にしても、翌日の夕方までがギリギリの感じですね。

結局私にとってのスマホは、『手のひらサイズの携帯端末』とか『手軽なコミュニケーションツール』なんて機能よりも『緊急時の連絡先』って感覚が強いんでしょうね。これってYOSAKOIやっていたときに染みついちゃったんだろうなぁ。


スマホってどれも似たようなデザインだし、今のDIGNOでも機能に不満は無いから買い換える気持ちもなかなか起きません。もう少し電池の機能が落ちてきたら、電池パックを買って使い続けようかなぁなんて考えてます。電池パックの交換が簡単なのもDIGNOの良いところでもありますからねナイスグッド

新年あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いいたします鏡餅


昨日と同じ1日なのに、なぜか元日って特別な感じがしますね。

子供の頃は唯一夜更かしが許されたのが大晦日から元日にかけての夜でした。無駄に夜更かしして元日の朝まで頑張ったりしたモノです。でも、無駄に深夜番組を見ながらダラダラ起きているのは、この歳になっても変わらないです苦笑


今年は久しぶりにmoeがいる年越しでした。

定職が無くなって帰ってきたのだから良い事じゃないんでしょうが、茶の間でのんびり過ごすmoeを見ていると、帰ってきてくれて良かったと思います。去年までは暮れも正月もなかったですからね。バイトとは言えとりあえず働いているし、まぁ良いかって感じです。


さてさて、今年1年の目標はどうしようって考えたのですが、以前のように具体的に思い浮かぶモノがありません。日々過ごすことで精一杯。歳を取る毎に余裕が無くなってきているなぁ。

今年こそ仕事を辞める!とか言いたいところですが、nanaの学費を考えるとそうもいかず…

ま、月並みですけど『1年間、家族全員健康で幸せに過ごせますように』ってとことですかね。目標じゃなくてお願いですけどべー


そんなわけで、みんなが起きてきたら初詣に行って無病息災を願ってきましょう。年に一度の神頼み。神様よろしくお願いします鳥居

いつの間にか大晦日を迎えました。


去年ほどじゃないけど、今年も長い1年でした。そして、余りにも色々なことが有りすぎた激動の1年でもありました。

自分と自分の身の回りも含めて、正直苦しい出来事に絶えられない年齢になってきていると感じますね。自分が苦しいのはもちろんイヤだし、周囲が苦しいのも同じくらい辛いです。このまま心が弱くなっていくと非常にいかんなぁと思うわけです。

歳を取ってボケると言うのは、苦しみから解放されるために神様が与えてくれた休養みたいなものなんじゃないか?と思う今日この頃。


んなこと言いながらも何とか1年間生き延びてきました。友人や家族に世話になりながら、結局ほぼ健康に過ごせたのはありがたく、幸せなことだと実感します。明日からの1年も、きっとみんなに世話になりながら必死に生きていくんでしょう。

今年1年大変お世話になりました。ありがとうございました。そして、来年もよろしくお願いいたします。


そんなわけで、我が家の重大ニュース。去年はあまりにひどい1年で書く気にもならなかったのですが、今年は例年通り挙げてみましょう。


第5位 ばぁちゃんが長期不在!

一緒に暮らしている家内の母親が、10月から来年2月までの予定で静岡の義妹の所に行ってます。半年近く不在なわけです。

色んな意味で親と同居ってのは大変なことです。特に実の娘である家内は超大変。仮に旦那の親と同居ってのも大変でしょうけど、実の親と同居はより以上に大変だなぁと思います。

だからこの3ヶ月は夫婦共々ものすごく平和な日々を過ごしてますにこ あまりに平和すぎて3月以降が心配。


第4位 N BOX購入

子供達がいなくなって大きな車の必要性が全くなくなってしまった。家内がメインで使うにはステップワゴンは手に余る。とまぁ、主にサイズが理由で車を買い換えることになりました。

色々検討した結果、一気に軽四までサイズダウン。最近の軽四は乗り心地も良く、夫婦二人で出歩く分には何の問題もありません。ただ、後ろに人を乗せると長距離は無理ですけど…

私よりも家内が気に入って喜んでいます。初のフルタイム四駆なので冬道も楽。自分で洗車もしてるので、余程気に入ったんでしょうね苦笑


第3位 nanaがニュージーランドに半年間の留学

一生懸命頑張った結果、大学カリキュラム最長の半年間の派遣留学を勝ち取ったnana。今ニュージーランドで新年を迎えようとしています。

途中でホストファミリーが変わるなんてトラブルもありましたが、どちらのファミリーも良い方々だったのが幸い。楽しく過ごしているようです。学生同士のパーティーに参加したり、異国の学生さんと旅行したり、引っ込み思案のnanaからは想像も出来ないような貴重な体験をしていますパチパチ

なんせ半年間の短期なので英語力の向上は望めません。でもそんなことは百も承知。とにかく色んな事を経験して帰ってきて欲しいです。nanaの人生に大きな影響を及ぼす半年間になるでしょうからね。

日本に戻ってきたら就職戦線出遅れと言う現実が待っています。今得ている経験を支えに頑張って欲しいです。


第2位 moeが退職

moeが3年9ヶ月勤めた職場を辞めました。

自分の夢を叶えてお菓子屋さんに就職したmoe。お菓子屋さんという特殊な職種の中では恵まれた労働条件だったんだろうと思います。職場の先輩方にもほぼ恵まれ、概ね可愛がっていただいていました。

しかし、『中では恵まれている』労働条件は、はっきり言って非道いモノです。

職人気質の職場だからなのか、過重労働が当たり前。15時間を超える労働を10連勤なんてザラでした。当然食生活も不規則になるから、moeの血液数値は、成分によっては常人の倍以上です。このまま行けば何時脳溢血で倒れるかわからない。

この1年はある先輩からいじめを受け続け、人間関係でも辛いことが多すぎました。

我が儘言って大阪の専門学校に行かせてもらったんだから、と言う思いが強かったようですが、3年9ヶ月頑張ったんだから十分です。家で美味しいお菓子を作ってもらえるようになったし。

なかなか良い就職先が見つからないし、これから何をするかという具体的な展望も見いだせていませんが、当面は我が家でのんびりして欲しいです。

ま、家内とばぁちゃんの関係を見ていると、早く家を出るべきとの考えは変わってませんけどねてれ(苦笑)


第1位 銀婚式を迎えました

今年の9月23日で、結婚して丸25年を迎えました。ホントに長くて短い25年だったと思います。

たかが23歳の若造が幸せになろうみたいなことを言ったわけですよ。今考えたら、何も出来ないクセに良くそんな無責任なことを言ったな、と背筋が寒くなる思いですしょぼん 若いって恐いですね。

何度も書いてますが、私達夫婦にとって幸運だったのは、娘達を水浅葱のメンバー全員が育ててくれたことです。私達ほど楽な子育てをした夫婦はそういないんじゃないでしょうか。moeとnanaには家族がいっぱいいたんですから。

普通なら子育てに悩み、多くのトラブルを抱えるはずの25年を、チームのメンバーが手分けして荷物を背負ってくれたんです。私達の25年のうち10年は、水浅葱に支えられたと言っても過言ではありませんね。

金婚式も今のように幸せに迎えられたら良いなぁ。出来れば夫婦共々健康で、moeもnanaも友人達も皆元気で幸せだったら嬉しいです。たまに集まって昔話に花を咲かせられたら最高ですね。


今年もあと15時間ほどでお終い。

また同じ1年がやってきます。

次の1年もみんなが幸せであることを祈っています。

来ました、初滑り!

27日の夜にまとまって降った雪のお陰で、コンディションはまずまず。天気も上々ですニコニコ

さて、新しい板の乗り心地ですが、その回頭性能の高さには驚きます。ちょっと体の向きを変えるだけでそちらにギュンと切れ込んで行き、油断すると体が置いていかれそうになります。
ショートターン寄りのセッティングも楽なターンに寄与していると思います。

まだどこに乗るのがこの板の一番のツボかはっきりしませんが、何にせよ去年までの板とは回しやすさが段違いですね。

ま、問題なのは、昨シーズンあまりにスキーに行かなかったので、私自身のメンタルが弱くなっていることです。
スピードが怖い!叫び
今年は頑張ろ!!