母方の祖母が八戸に住んでいたので、ねぶたは、小学校低学年の頃と高校生の時に見たことがあります。が、どちらもその価値なぞわかるはずもなく
、改めて見たかったのです。さんさは世界一の太鼓パレード。和太鼓も好きなので、これも見ておきたい。そして、家内にも見せたいとずっと思ってました。
苫小牧からフェリーに乗って、8月2日に八戸上陸。奥入瀬渓流から八甲田山経由を観光して青森に入りました。
ねぶたは巨大な商店街を大きく1周します。
驚いたのは見学のシステム。有料の桟敷席はあるんだけど、商店街の各店舗で歩道の占用許可を取ってるんですね。その中には予約席もあるんだけど、空いてさえいれば、その店の露店で何か買えば、好きなだけ座っていられるんです。これは祭り好きには願ったりかなったり。ビールとつまみを買い込んで、好きなだけ楽しめるんだもの。
目の前で狂ったように跳ねるはねと達と、巨大なねぶた、迫力のお囃子。そして酒とつまみ。大満足でした。
翌日は盛岡に移動。
さんさはビジネス街の一部を封鎖して行われます。いくつかのチーム(連)が五つほどの大集団を作り、パレードします。チームの構成は太鼓、笛、踊り。チームによっては唄い手も唄いながら踊ってます。
歩道の場所取りは朝から始まってます。通路は空けなければならないので、私達のように押っ取り刀でやってきた人間は、ビルの壁に張り付くように見るのです。
始まったときは衝撃的でした。無数の太鼓が奏でる強烈な音。太鼓を鳴らしながら踊る人々。笛をふきながら踊る人々。そして、弾けるような笑顔で踊る舞踊の人々。鳥肌がたちました。特に太鼓はカッコいい。一度やってみたいです。
チーム毎に多少のアレンジはあるものの、基本の踊りは同じ。でも見ていて全然飽きません。ずっと目が離せなかった。
どちらの祭りもとてつもなく楽しく、その気になれば自由に参加できます(もちろん、さんさの太鼓と笛は無理です)。ねぶたは始まる前からしこたま飲んでいたので参加しなかったけど、さんさは最後の輪踊りで踊ってきました。
どちらも規模のでかい盆踊りで、基本の動きを繰り返すだけだから、ちょっと動けばそこそこ踊れます。
二つの祭りを見て、祭りってこうなんだって思いました。
YOSAKOIソーランは祭りではなく、ダンスコンテストなんだとしみじみ思います。
高度な踊り、構成、煌びやかな衣装、凝った楽曲は素晴らしく、チームの努力と工夫には頭が下がるばかり。そして、踊っているととても楽しい。
でも、それだけの取り組みが、結果的にYOSAKOIを近寄りがたい行事にしてしまったんです。
また、東北の祭りは客が集まりやすい工夫をしています。限られた会場。どこでも見られる。望めばいつでも踊れる…バカ高い桟敷で大通りをふさぎ、自由に見たい客をメイン会場から排除する。札幌市内全域に会場を分散して会場費をふんだくる。YOSAKOIとは随分違います。
チームは町内会だったり商工会だったり地元企業だったり、とにかく地元全体が全力参加。企業名だけ貸して踊らせるYOSAKOIは、まるでプロダンサーをプロデュースしているかのようです。
祭りは楽しい、みんなで騒ごう、みんなで飲もう。単純なことです。YOSAKOIはその単純さから離れたところで始まり発展した。だからYOSAKOIは祭りではないんだと思います。
自分達が今までやってきたものを否定するのではありません。ジャンルが違うことに取り組んできたんだと認識したんです。
YOSAKOIが今のやり方を変えずにいくなら、いずれ行き詰まるときがくるでしょう。
でも、参加してる人たちが目一杯楽しんでいる限り、それも乗り越えられるかもしれません。
東北の祭りのように、息長く、みんなに愛されるイベントになって欲しいと心から思いました

翌日は念願の龍泉洞を観光し、無事に北海道に帰ってきたのでした。
いつになるかわからないけど、また絶対いきたい! 次は飲まずにねぶたで跳ねよう





やはり煙草を吸っていると多少なりとも喉に負担がかかっていたのでしょう。最近カラオケで1音くらい余計に高く出るようになったのが嬉しいです






