池田先生のご生涯2023年11月19日
●1928年(昭和3年)1月2日
現在の東京都大田区に誕生
●1947年(昭和22年)8月14日
創価学会の座談会に参加。生涯の師・戸田先生と出会う
●1947年(昭和22年)8月24日
創価学会に入信
●1952年(昭和27年)1月
蒲田支部幹事に就任し、二月闘争の弘教拡大を指揮
●1952年(昭和27年)5月3日
香峯子夫人と結婚
●1953年(昭和28年)1月2日
男子部第1部隊長に就任
●1953年(昭和28年)4月20日
文京支部長代理に就任
●1954年(昭和29年)3月30日
青年部の室長に就任
●1956年(昭和31年)7月
参議院選挙(大阪地方区)の責任者として勝利。「“まさか”が実現」の勝利史を刻む
●1956年(昭和31年)10月9日
山口開拓指導始まる。弘教拡大を指揮
●1958年(昭和33年)3月16日
広宣流布の記念式典。戸田先生から一切の後事を託される
●1958年(昭和33年)4月2日
〈戸田先生がご逝去(享年58歳)〉
●1958年(昭和33年)6月30日
総務に就任。全学会の実質的な指揮を執
●1960年(昭和35年)5月3日
創価学会第3代会長に就任
●1960年(昭和35年)10月2日
初の海外歴訪へ出発
●1963年(昭和38年)10月18日
民主音楽協会を創立
●1964年(昭和39年)11月17日
公明党を結党
●1964年(昭和39年)12月2日
小説『人間革命』の執筆を開始
●1968年(昭和43年)4月
創価中学校・高校が開校
●1968年(昭和43年)9月8日
学生部総会で日中国交正常化提言を発表
●1971年(昭和46年)4月2日
創価大学が開学
●1972年(昭和47年)5月5日
歴史学者アーノルド・J・トインビー博士と、ロンドンの博士の自宅で初めて対談
●1975年(昭和50年)1月26日
創価学会インタナショナル(SGI)が発足し、SGI会長に就任
●1979年(昭和54年)4月24日
創価学会名誉会長に就任
●1983年(昭和58年)1月25日
1・26「SGIの日」を記念し、聖教新聞に「平和と軍縮への新たな提言」を発表
●1983年(昭和58年)8月8日
「国連平和賞」が贈られる
●1983年(昭和58年)11月3日
東京富士美術館が開館
●1985年(昭和60年)4月
創価女子短期大学が開学
●1993年(平成5年)8月6日
小説『新・人間革命』の執筆を開始
●1996年(平成8年)6月26日
中米のコスタリカ共和国を訪問。海外訪問は54カ国・地域となった
●2001年(平成13年)5月3日
アメリカ創価大学が開学
●2008年(平成20年)4月23日
本部幹部会でSGIが192カ国・地域になったことを紹介
●2013年(平成25年)11月5日
広宣流布大誓堂の落慶入仏式を行う
●2018年(平成30年)8月6日
小説『新・人間革命』全30巻を脱稿(小説『人間革命』と合わせ、連載回数は通算7978回)
●2022年(令和4年)4月28日
韓国・国立忠北大学から「名誉教育学博士号」。贈られた名誉学術称号は「400」に
●2023年(令和5年)11月15日
ご逝去(享年95歳)
〈池田先生のご功績〉③
人間主義を語り平和へ行動2023年11月19日
「やろう! 人類の平和のために、世界に対話の旋風を巻き起こそう。仏法の人間主義の哲学をもって、世界を結ばねばならない」
池田先生は第3代会長に就任以来、世界を駆け巡り、平和を願う「良き市民」の連帯を育んできた。そして「対話の力こそが、時代を開く平和力となる」との信念で、20世紀を代表する歴史学者トインビー博士をはじめ、中国の周恩来総理、ソ連のゴルバチョフ大統領、南アフリカのマンデラ大統領ら国家指導者、学者、文化人らと語らいを重ねてきた。
世界最高峰のアメリカ・ハーバード大学の要請を受け、「21世紀文明と大乗仏教」と題し、2度目の講演を行う池田先生(1993年9月)
後世のためにと編んできた識者との対談集は約80点を数え、アメリカのハーバード大学など海外の大学・学術機関等での講演は32回に及ぶ。
また、民間人の立場で世界とアジアに平和の橋を架けようと、1968年(昭和43年)に「日中国交正常化提言」を発表して両国の早期国交回復を呼びかけたほか、東西冷戦下の74、75年には、中国、ソ連、アメリカを相次いで訪問。各国の指導者と緊張打開に向けた対話を交わした。
第11回学生部総会で、池田先生が日中国交正常化提言を発表(1968年9月、東京・日大講堂で)
恩師の「原水爆禁止宣言」の精神を宣揚するべく、83年(同58年)から40回にわたる1・26「SGIの日」記念提言をはじめ、各種提言を発表。“人類の議会”である国連の活動を一貫して支え、核兵器廃絶、文明の衝突、気候危機の回避のために希望の哲学を発信し続けてきた。
さらに戸田記念国際平和研究所、東洋哲学研究所、アメリカの池田国際対話センター、ブラジルの「創価研究所――アマゾン環境研究センター」などを設立し、学術研究の点からも平和創造の潮流を後押ししてきた。
この世から「悲惨」の二字をなくしたい――戸田先生から池田先生へと託された誓願の炎は今、世界の池田門下に受け継がれる。
〈池田先生のご功績〉④
教育・文化の基盤を世界に確立2023年11月19日
池田先生は常々、「教育こそ人生の総仕上げの事業」と語ってきた。平和な社会を築くには、未来を担う青年を育成する以外にない、との揺るがぬ信念からだった。
創価学会は1930年(昭和5年)11月18日、教育者であった牧口先生と戸田先生によって「創価教育学会」として創立。牧口・戸田両先生は、いつの日か創価教育の機関を設立することを願っていた。その悲願を実現したのが池田先生である。
創価学園の卒業式で卒業生と握手を交わす。創立者として愛する学園生の成長を信じ見守り、励まし続けてきた(2003年3月、東京・小平市で)
68年(同43年)に東京・小平市に創価中学校・高校が開校。71年(同46年)4月2日には、東京・八王子市に創価大学が開学した。この年は牧口先生の生誕100周年であり、この日は戸田先生の祥月命日にも当たった。
73年(同48年)には、大阪・交野市に創価女子中学校・高校(現在の関西創価中学校・高校)が開校。先生は札幌創価幼稚園、東京創価小学校、関西創価小学校、創価女子短期大学を次々と設立。2001年(平成13年)には、アメリカ創価大学が開学した。幼稚園は札幌のほか、香港、シンガポール、マレーシア、韓国に誕生。ブラジル創価学園は幼稚園から高校までを備え、本年8月には「創価インターナショナルスクール・マレーシア」が待望の第1回入学式を迎えた。
創価の学びやは、人類の幸福のために尽くす「世界市民」を輩出し続けている。
池田先生が創立した東京・信濃町の民主音楽協会
池田先生は、文化振興にも尽力してきた。「争いを食い止め、民衆の心を平和の方向へと昇華させゆく偉大な潮流は、文化しかない」との思いからである。
1963年(昭和38年)に民主音楽協会(民音)、83年(同58年)に東京富士美術館を創設。民音の海外交流国・地域は112にのぼり、延べ1億2000万人が公演を鑑賞した。東京富士美術館は3万点の所蔵品を誇り、海外文化交流特別展を50回にわたり開催している。
人類共通の宝である“最高の音楽”“美の光彩”を民衆に開き、文化・芸術の力で心と心を結んでいる。
池田先生が創立した八王子市の東京富士美術館


















