和歌山のきーやん -10ページ目

和歌山のきーやん

社会教育士として幸せを広げたい。日々の出来事やボランティア活動そして2022年秋から介護等も綴っております。
≪和歌山子どもの虐待防止協会・オレンジリボン広め隊!和歌山・和歌山要約筆記協会ハッピーボックス・みんなにやさしい和歌山をつくる会など≫

腹式呼吸、精神統一、身体が軽くなった

手を下から上へ

息をスッーて


上から下へ

息を吐いて

息を吸って!

構えて

一気に!











我が師匠



2023年12月3日(日)新宮市を朝8時に出発して、十津川の川霧、雲が上っていく。


和歌山県新宮市のホテル2階の部屋で熟睡💤津波注意報が発令。安否コールが鳴る。

フィリピンで起こった地震による津波が日本にやってくる‼️

泊まったホテルの海抜は?浸水エリアか?近くの避難所は?

速攻で新宮市のハザードマップなどググる。

ホテルの2階ならまだ大丈夫。避難所も直前コースですが近くにある。

枕元のラジオをつけ、TVリモコンもおいて、そして補聴器、携帯電話の充電を確認。

津波到達時間は3時。

一旦、仮眠が熟睡!携帯がなる!

社協担当さんからだ

との事。メールで責任者からも、他の社協さんからもLINEやショートメッセージが入ってた。

ホテルで朝食をゆっくり取って

締めは茶粥。

12月2日土曜の朝から、和歌山市から奈良県五條市を経由して那智勝浦町社協の福祉祭に顔出し。

防災食、5年間保存可能な水1リットルと缶パン2缶いただいた。それもあったので、注意報が夜中に出た時は安心した。



酸素ルームで

身体リフレッシュしようと立ち寄って

昨夜は近所で火事があり

車が汚れ洗って洗っても落ちないと嘆いていた

半時間経った時、ドアを叩く人

寝入っていたので携帯なっても気づかなかった

家主が怪我をした!救急に走る!との事で半時間で出て

ご近所の皆さんと共に

怪我の対応して、田辺市の眼科へと送り出した。

2日の対応と3日の夜中の時代で、観光地防災のあり方を実感した。非常時の訓練になったよ。

広域防災訓練中止になったが良い経験になった。

ただ、ボランティアが書き込みに回る予定の知人の家も訪問依頼を受けていたそうで、被災者の12年後の声を聞けなかったのが残念である。


和歌山市には昼前に戻り、午後から市内の会合に参加。余裕のある日曜となり身体も休められよかった。

もし予定通りなら、新宮での訓練の後、昼から新宮で会合に参加して帰宅予定であったので夜も遅くなり身体に負担が、事故の元と気になっていたのですが、幸いしました。

トランスボーダー

和歌山とアメリカをめぐる移民と美術

和歌山県立近代美術館に行ってきました。


プロの写真家女史に、

撮ってもらっちゃった。

移民として、日本を出て他国へ。

日本の人口減少や消滅地域などと世界人口増加の現状から

移民受け入れの時代になるのだろうか?

箪笥型移民トランク。


環境科学などを学びながら、ふと思った。

学割で入場券を購入した大学生の私。

上山鳥城男はコロラド州のアマチ収容所に収容されたが、その筆からは、一見するとそれが収容所の様子であるとはわからないほど、穏やかな日常が描き出される。



上山や小圃千浦ら画家たちは、収容所内で美術教室を開き、指導した。なかでもタンフォラン集合所に収容されてたった25日で美術教室を開講した小国は、人間にとって教育や芸術が、食事と同様に重要であることという念を持っていた。

父がシベリア抑留の過酷な経験をしているだけに

これら収容所での筆者の心を

考えてします。

小国の教え子でもあったミネ大久保や友人である日比松三郎・久子らも、小国の教室を手伝っている。山崎造道は収容所内で発行された新聞の挿絵を手掛け、画家であった宇野質定は収容所内の活動から木彫を手がけるようになった。


そして、私は、天守閣へ

だんごを食べに上がった。

芸術の秋

食欲の秋


毛布を被ったまま、食事できます。

寒くなったこの季節

寝たままで、首周り、肩なども

毛布がずれない

そして、



毛布の切り口から

動かなくなった右手を

出して毛布を抑え


動く左手も出して自由に動かす。

それでも

首周り、肩周りも毛布がずれないので

いい感じですよ。

夕方の月と宵の明星

夕ご飯を食べさせて

お汁粉も飲んで

満足気

夜中のおむつ変えでも気持ちよさそう。


【決意発表】

創価大学通信教育部2024年度 入学案内に掲載される先生のご指導です。

「今、皆さんが励まし合って踏み出す英知と価値創造の一歩一歩が、21世紀の世界市民の平和と希望の大道を開くことを、私は確信します。」(2023819日)

121日より公開されるにあたり、私のインタビュー記事も載せて頂くという事で、先日、事務局から送ってくれました。


1115日創立者御逝去(訃報1118日発表)の報に接してより、

5時間唱題と本日の

11月試験を終え、

12月秋スクの2科目中、先ずは1科目のメディア学修も3コマまで視聴し

そして腹が決まりました。


先ずは、

三回忌となる202511.15

創立95周年11.18を目指し、

「先生と私」との誓いのままに歩み、

私の勝利で先生を荘厳する道を拓くため、

卒業と社会教育士称号を取るぞー😀

そして

社会に打って出て、2030年創立100周年を目指します。シニアの青春が始まった