カンボジアの厳しい暑さの中、子どもたちが集まる食堂の傍らに、
彼らの生活の要である「給水塔」が立っています。
一般的には電気モーターで水を汲み上げますが、
この施設では、子どもたちが毎日当番制で、人力で手回しして水を溜めているそうです。
小さな子どもたちは、この一風変わった水汲みを遊び感覚で楽しんでいて、
みんなのためにもなる温かい日常の風景になっています。
実はこの給水塔、ここ和歌山出身である施設の代表・メアス博子さんのご両親が、
20数年前に「施設の子どもたちのために、何かひとつでも残したい」という一心で、
現地で掘ってくれた、たった一つの井戸から作られたものでした。
ご両親はすでに他界されていますが、博子さんはこのように綴っています。
「二人とももう他界しましたが、今でも食堂、教室のそばで子どもたちの毎日を見守ってくれているような気がしてなりません」
和歌山のご両親が深い祈りを込めて掘った愛の井戸水は、
今も毎日、カンボジアの子どもたちの暮らしを潤し、温かく見守り続けています。
(※給水塔の解説写真)
この胸が震えるような「家族の絆」の物語に、私がどこで出会ったのか。
それが、本日8月22日、和歌山市のフォルテワジマ4階で開催されているカンボジアの児童養護施設「スナーダイ・クマエ」の子ども絵画展でした。
毎年、和歌山に来るときには欠かさず足を運んでいる大好きな絵画展。
今年も自宅で愛用しているお気に入りのスタンドカレンダーを無事に購入し、会場を回っていたのですが、
今回は子どもたちの美しい絵画だけでなく、
その背景にある「お母さん」や子どもたちの真実のドラマを伝える解説パネルが数多く掲示されており、
一字一字をじっくりと読み進めるうちに何度も涙がこぼれました。
■ 1. 1歳の子を抱え、銃声響く地へ。「お母さん」としての覚悟
この「命の水」を浴びて健やかに育つ子どもたちの「お母さん」であるメアス博子さんは、1974年にここ和歌山県で生まれました。
大学卒業を間近に控えた頃にカンボジアを訪れた彼女は、インドシナ難民であった夫のトミー氏と出会い、
1999年に結婚してカンボジアへ移住します。
当時はまだ内戦の傷跡が深く、街に銃声が響くプノンペンでの生活スタートでした。
そして2000年、児童養護施設「スナーダイ・クマエ」の運営責任者に就任。
なんと、当時まだ1歳だったご自身の実の息子さんの子育てをしながら、身寄りのない子どもたちを引き取り、共に生きる活動を始めたのです。
2024年には、カンボジア社会福祉省から児童福祉貢献に対する感謝状が贈呈されるなど、
その活動は国内外で深く認められています。
異国の地での、想像を絶する困難。
それでも彼女が子どもたちを我が子として愛し、守り続ける背景には、
あまりにも尊い「覚悟」がありました。
「こんなに小さいのに、親と一緒に暮らせないという時点で、『恵まれている』とは、とうてい言えません。
少なくとも私には言えない。だからこそ、
大人の私たちがその寂しさを埋めるほどの愛情を最大限にして届け、安心して暮らせる家をつくり出す」
施設の整った環境を見て、周囲から「恵まれているね」と言われることもあるそうです。
しかし博子さんはその言葉に甘んじることなく、
親の愛を知らずに育つ子どもたちの悲しみを誰よりも深く受け止め、
本当の「家族」としての温かい家を、25年間一貫してつくり続けてきたのです。
(※メアス博子さんのプロフィール)
■ 2. 武器だったレンガを、笑顔の花壇に変えて
今から25年前、更地だった広大な敷地で始まった活動ですが、当初は子どもたちの心も荒れ、
男の子たちはケンカの際、建設資材の「レンガ」を手にして殴りかかろうとするほどだったそうです。
(※展示されていた古いレンガ)
そこで博子さんが提案したのが、
「余ったレンガを集めて、敷地内のあちこちに花壇を作ること」でした。
夕方、学校から帰ってきて夕食までの涼しい時間、毎日少しずつ汗を流して共に作業を続けるうちに、
子どもたちの心に「一緒に作り上げる喜び」と強い絆が芽生え、
レンガを武器にする子は誰もいなくなりました。
あれから25年が経った現在、その花壇は、雨期にはお気に入りの花を植え、
晴れた日には子どもたちが集まって絵を描く、笑顔の絶えない「命を育む場所」になっています。
大人が最適な環境をイメージし、子どもと一緒に動き出すことで、暴力の道具だったレンガが平和の礎へと生まれ変わったのです。
(※レンガの解説)
■ 3. 「大切にされた記憶」を胸に、子どもたちが描く未来
スナーダイ・クマエでは、「子どもができることは、全部自分たちでやる」という方針を大切にしています。
しかしそれは、冷たく突き放すことではありません。
大人がいつも傍らに寄り添い、共に汗を流しながら、
決して彼らを孤立させない丁寧な教育を徹底することです。
この丁寧な関わりによって育まれるもの。
それこそが、彼らの生涯を支える「大切にされた記憶」です。
「自分は丁寧に、大切に育てられた」という確かな安心感があるからこそ、
人は社会に出てからも、他人に丁寧に接し、自立していくことができます。
会場には、そんな温かい愛をいっぱいに受けて育った子どもたちの素晴らしい絵が輝いていました。
16歳の女の子シーニンさん。
施設で一番の甘えん坊だった彼女ですが、新しく入ってきた小さなお子さんたちを前に、
お姉さんとしての自覚が芽生えつつあります。
マンゴーが大好物という愛らしい彼女が描いた『きょうだい』という絵には、青い海の中でタコやウミガメ、熱帯魚たちが寄り添うように仲良く泳ぐ世界が描かれていました。
(※シーニンさんの絵)
それは、博子さんから受け取った愛を、今度は自分が新しい家族へ引き継ごうとする、優しい心の成長そのものでした。
また、16歳のソポアンさんが描いた『私の未来』には、
大学の卒業式で被る角帽を身にまとった誇らしげな自画像が描かれ、学びへの強い決意に満ちていました。
(※ソポアンさんの絵)
15歳の男の子ルーさんが描いた『僕の夢は何だろう』は、
深い星空のような暗闇の中で、
未来を真剣に模索し葛藤する思春期の等身大の心の揺らぎが、キャンバスに美しく表現されていました。
(※ルーさんの絵)
■ 4. 巡り、受け継がれていく「温かい命のバトン」
博子さんが25年以上にわたり、カンボジアの地で蒔き続けた種は、
今や美しい「愛の循環」として花開いています。
2010年に卒院し、現在は観光ガイドや通訳として立派に自立しているパナーさん。
彼は今でも、後輩たちのサイクリング遠足の引率役を買って出て、
リーダーとしての心構えを根気強く伝え続けてくれています。
大人になった元卒院生のラーヴォさんは、その感謝をこのような言葉にしていました。
「自分たちは、ここで守られていた。
自分が人に助けられて生きてきたので、今度は『自分の番』です。
受けたことは、次の人にやってあげればいい。
それは自分のところに戻ってきて、そしてそれは温かいものです」
「社会が良い方向に変化するには、時間がかかる。
子どもたちが大人になる頃に、ようやくその成果が見えてくる」。
博子さんが信じて守り続けてきたその尊い時間が、
大人になった彼らの言葉にすべて表れていると感じ、深く感動しました。
■ おわりに
会場に飾られた子どもたちの絵は、単なる「技術的な上手さ」を超えて、
彼らがたくさんの愛を受け取りながら生きてきた、確かな命の輝きに満ちています。
絵画展の売上やカレンダーの収益は、
すべて彼らの大切な家であるスナーダイ・クマエの運営費として活用されます。
私たちが手にする1枚のカレンダーが、カンボジアの子どもたちの未来を創る一助になっています。
それもまた、遠く離れた日本から繋がることのできる、温かな「愛のバトン」なのかもしれません。
優しく、そして力強いエネルギーをたくさんもらえる、
本当に素晴らしい絵画展でした。 皆様もぜひ、彼らの描く愛に溢れた世界に触れてみてください。
【スナーダイ・クマエ 2026年絵画展 和歌山会場】
場所:フォルテワジマ 4階 イベントホール(和歌山市)
日時:2026年8月23日(日)17時まで開催中!











































