人の苦しみはどこから来るのでしょうか?
人間はなぜ苦しまなければならないのか。
それは多くの場合、自分の中でこうしなければならないという正義があるからです。
仏教ではこの正義を自力といい、こうしなければならないことができなさそうな時、自分を責めて、無理やり、自分の理想に従わせようとします。
例えば、大学受験で言うのならば、この大学に合格しなければならないと思うことです。それに向けて一生懸命勉強することは素晴らしいことですが、頑張っても、実力が全然足りないとなると、自分はダメなんだと思って、自分の存在さえも否定します。
このような人は自分の中に嫌いな自分がいて、こんな自分がいなくなればいいのにと思っています。
このように思うのも自分の中に理想の自分という正義があり、それに合わない自分を否定して消してしまえば、理想の自分になると思っているからです。
この理想の自分がそれに合わない現実の自分を否定することで、苦しみが生まれます。
では、どうしたら苦しみが無くなるのか?
それは現実の自分が理想の自分になれないとしても、自分を否定しないことです。
その為には自分の話を聞いてくれて受け止めてくれる人が必要です。
それは私たちが現実の自分を否定してでも理想の自分になろうとするのは、価値を失うことが怖いからです。
私たちは価値のある人間は見捨てられないけど、価値のない人間は見捨てられるという不安を誰しも抱えています。
だから、理想の自分になれなかった時に価値のない人間になって、見捨てられると思うから、現実の自分を否定してでも価値のある自分に立とうとしてしまうのです。
だから、理想の自分になれなくても、現実の自分を否定しない為には、価値を失っても、見捨てない人が必要なのです。
それは私の話を真剣に聞いてくれて、よく頑張ったね、今のままでもいいと思うよと、今の自分を肯定してもらうことです。
今の自分を肯定してもらうことで、理想に合わない現実の自分でも、いてもいいんだと思えるようになって、自分を否定することがなくなります。
そして、自分を否定しなければ、それによって苦しむこともなくなり、苦しみから離れることができるのです。