私たちは皆見捨てられ不安を持っています。この見捨てられ不安があるのは、自分が自分のことを簡単に見捨てるからです。
私たちは都合の悪い自分が見えると、こんな自分は見たくないと否定します。
今まで真面目に頑張ってきた人も、この先どうなってもいいんだと思って自分で自分を見捨ててしまうのです。
たとえば、腹を立てたならば、どんなに相手を傷つけても知らないと思ったり、謝ることをしません。
こんな時、投げやりな心を立て直し、因果の道理を信じて努力してゆくことが仏教では信と言います。
この信を如何に崩さず修行に励んでゆくか、それが悟りを開く為に大切なことですが、それを邪魔するものが見捨てられ不安。
この見捨てられ不安を無くしてゆくことが私たちが苦しみから離れる為に大切なことなのですね。