世の中の人を見ると、時間があると欲を満たすことばかりに時間を使っています。しかし、どんなに欲を満たしても、ただ時間を浪費するばかりで、自分は何も変わりません。
この欲を満たすことに虚しさを覚えてくると、時間があっても欲を満たすことはできなくなります。
このようになると、今までなかった筈の時間が急にできて、暇になります。
考えてみると、今まで如何に欲の為に時間を使ってきたか知らされます。欲に流れることができなくなった今、人から必要とされることが如何に有難いことであるか知らされます。
暇だからこそ、気持ち良く動ける。
それは他人の為に動くこと以外に、特にやることがないからです。
欲が無くなった人にとって、人生とは仏法を聞き、その教えを実践して徳を身につけること以外にはありません。
如何に教えを聞いていても、実践しなければ、自分の血と肉にはならない。教えの実践の場である人の為に動くことは楽しいことであり、生きているという実感が味わえます。
人を幸せにする教えが仏法だからこそ、自分がいることで、まわりの人が幸せを味わえるようになる。
そんな人間になる為に日々徳を身につける為に修行に励みたいものです。