肉体に栄養が必要なように、心にも栄養が必要。
心の栄養とは認められること。
私たちは自分の存在を認められることによって自分はここに存在しているのだと感じて安心する。
誰も認めてくれる人がいないと、自分がここに存在しているのに、自分が存在していないように感じて不安になる。
そして、あまりにも自分の存在を感じられないと、心の飢餓状態になり、たとえ相手を傷つけても自分を見てもらおうとする。
だからこそ、この世の中を健全に生きてゆく為には、人の中で生きてゆかなければならない。
でも、人の中にいることは、認めてもらうだけでなく、責められて、自分の存在を否定されるかも知れない。
だから、認めてもらうことよりも否定されることが多かった人は、人の中にいると、いつも否定されないように気を張っていなければならないから、人の中にいることよりも、一人の世界で生きようとしてしまう。
一人は確かに気は楽だが、自分を感じないので、不安を誤魔化す為に欲に走るようになる。
そして、欲に走っている間は楽しいが、欲をやめると溜まりに溜まった不安が見えてくるので、それを誤魔化す為にいつも欲に走るようになる。
欲は、一人の方が楽しめるので、自然と人の中から離れて欲に走るようになり、寂しい筈なのに、欲を満たすために一人になって、心の中に不安を抱えてゆく。
人間は迷っている。
自分を感じたいのに、人の中から離れてしまう。
一人になって余計不安になってしまうのです。