心に目を向けるようになると、毎日が修行になる。心からいつも面倒臭いなあとか、後回しにしたいなあとか、あいつはなぜやらないのたとか、そんな負の感情が起きてきます。
この感情こそ、心に目を向けることなく、放置してきたから生えてきた雑草。この心を摘み取り、幸せになるような思いを起こしてゆくのが修行です。
たとえば優しい人になりたいなら、優しい心をいつも自分にも他人にも起こしてゆかなければなりません。それは自分にはない心だから、やろうとすると、それを邪魔するような心が起きてきます。それを一つ一つ摘み取り、善い心を起こしてゆくように思いを起こしてゆくこと。これを果てしなく続けてゆく。
幸せとは、そんな善い心の種まきの積み重ねによって生み出されてゆきます。
幸せになりたければ、タネを蒔いてゆくしかない。人生が苦しいという人は、形にばかりとらわれて、心を見てないからです。
心に目を向けて、幸せなタネを蒔く。これが修行なのです。