三信展転相成す 行者こころをとどむべし 信心あつからざるゆへに 決定の信なかりけり
決定の信なきゆへに 念相続せざるなり 念相続せざるゆへ 決定の信をえざるなり
決定の信をえざるゆへ 信心不淳とのべたまふ 如実修行相応は 信心ひとつにさだめたり
この信心があついことと、決定があることと、相続するということは、それぞれ単独で存在するものではなく、お互いに関係している。だから、信心があつくない、つまり、なぜ現実と向き合わなければならないか分からないから、いざ、現実と向き合わなければならない時に、心が定まらず、目の前の現実から逃げてしまう。また、心が一つに定まっていないから、現実と向き合わなければならないと思っても、その心が続かず、他のことに向かってしまう。また、心が続かず、他のことに心が向いているから、心が一つに定まらないのであり、心が一つに定まらないのは、なぜ現実と向き合わなければならないか分かってないからである。
だから、教えの通り進むにはどれだけ現実と向き合わなければならないかが分かっているか、その信心一つで決まるのです。