みなさんこんにちは。いつもブログを読んでいただきありがとうございます。
さて今回は「過去問演習の留意点(2)」です。前回では,過去問をどのようにやるか,その方法についてお話ししました。前回,アップ後,あるご父母からご質問を受けました。「過去問は何年分遡ってやるべきか」ということと「第5・6志望など志望順位の低い学校の過去問を解いておくべきかどうか」の2点です。せっかくですからここで僕の考えをお話ししたいと思います。
まず,「何年分遡ってやるか」ですが,一般的には声の教育社の過去問集に収録されている回数分でいいと思います。多くの塾には過去15年分くらいの過去問集が書架にストックされています。ですからやろうと思えば,そのストックをコピーさせてもらって20年近く遡れるるわけですね。
これについてはもし余裕があればやっておくのもいいかもしれません。「しないでください」「やるべきではありません」というほど強い表現ではなく,逆に「ぜひやりましょう」というほど強くお勧めするほどでもありません。「余裕があれば」以上でも以下でもない,という感じでしょうか。
多少の問題作問上の流行り廃りはあるとはいえ,15年前あるいは20年前の入試問題も立派に力をつけるための材料としては使えます。御三家などはずっとフロントランナーとして中学受験を引っ張ってきたわけですから,仮にたとえ1990年の入試問題でも解く価値は大いにあります。
ただし10年以上前の過去問をやる上での注意点もあります。まず社会の時事は当然,解けなくてもいいレベルまで風化している事柄も出てきます。例えば現代史の一コマとしてソ連の崩壊は知っていてもいいでしょうけど,その後「CIS(=独立国家共同体)」という緩やかな国家連合体ができたことまでは答えられなくてもいいレベルです。それを一生懸命「CISは独立国家共同体,CISは独立国家共同体…」と念仏のように唱えて暗記するのは脳みその無駄遣いでしょう。国内政治でも新進党や村山内閣について,やはりそれがあったことくらいは知っていても害にはなりませんが,単語カードに書いて暗記するほどの重要度ではありません。また特に男子校ではオリンピックやワールドカップという旬のスポーツイベントと絡めた世界地理(国際情勢)の問題を好んで出しますが,フランスW杯やシドニー五輪に絡めた問題が出てきてもそれは無視していいですよね。前年のノーベル平和賞,サミットの開催地,衆参両院選挙の結果…この辺りはうまく大人が削ってあげないと,生徒はオーバーフローになってしまいます。
また,これは特に理数科目で言えることですが,ここ数年で急にレベルアップした学校は15年前くらいまで遡るとずいぶん問題の程度が簡単であると感じられることがあります。簡単な問題をきちんと正解にできることは,それはそれでとても大切なことですが,人気が出て受験生が増えた今と単に問題の難易度を比較しても無意味です。
僕の知人の家庭教師の先生は,担当生徒に20年くらいまで遡って演習してもらう,と言っていました。その心は「これだけやったんだ。僕は誰にも負けないくらい過去問を徹底したんだ」という自負と自信を持って試験に臨んでほしい,とのこと。なるほど。それはそれで一つの手法だと思います。
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さて次に「第5・6志望などのいわゆるセーフティネットの学校の過去問演習をやるべきかどうか」という問題ですが,この問題に入る前に「過去問演習をやる」というのはどういうことなのか,言ってみれば「そもそも論」ですが,先にこれについての僕の考えを述べたいと思います。すなわちこれは前回示した
①実際に解く,ということについて
②その振り返り,後(あと)処理
③判断や考察
の②を論じることになりそうです。
「過去問をやる」。とてもよく使う言葉ですね。この「やる」は代動詞。英語の「do」にあたる言葉です。ではこの「やる」って,何を指しているのでしょうか。解くこと?採点をすること?このあたりが少々,人によって幅がありそうな気がします。
過去問について,その処理の深さに応じて五段階に分けると,
A.解く
B.採点をする
C.解説を読んで誤答した問題の正解をチェックする。また解き方を理解する。
D.何度もその問題を解きなおして,自力で何も見ずに正解が導けるようにする。
E.問題集などを使って間違えた問題やよく出題される問題の類似問題を演習する
まあ,さすがにAで終わっている人はいません。人間,解いたら○×はつけたくなるものです。だから点数は出します。過去問集には自分で記入できる点数表みたいなのが付いているので,そこに点数が記入してあるのはよく見ます。そして「合格最低ラインを××点オーバーした(笑)」あるいは「A中学はだいたい60%が合格最低ラインだけど3年分やって全部50%台だった(泣)」というようなセリフもとても多く耳にします。だから9割以上の受験生はステップBまではクリアできている,と判断して良さそうです。
ではCの段階はどうか。「理解する」というのはどういうことか。人にその解き方が自分で説明できるほどきちんと分かっているのか―これはかなり怪しい感じがします。大方の受験生は,答え合わせをするときにせいぜい「ついでに」解説を読み「ふむふむ」みたいな感じで「分かった気になって」しまっています。これは大変危険な状態と言わざるを得ません。
過去問演習をする究極的な目的は,その学校の来年度の入試問題が解けること,でしょう。これには異存がないはずです。ところが,算数や理科(の1分野の問題)で,間違えた問題や解けずにタイムアウトになってしまった問題の解説を読んだだけでは,同じレベルの問題を自力で解けるようにはなりません。小学六年生レベルでは,声の教育社の解説を読んで「なるほど,そうか,そういうことか!」とは,普通はなりません。「分かったような分からないような…」がせいぜいでしょう。我々のような助っ人が説明してあげても,その直後は分かるのですが,やっぱり自力で解けるようにはなりません。「分かる」と「解ける」は全然イコールではなく,その間には「広くて深い」溝があるのです。
「解ける」ようになる(「分かる」で止まるのではなく)には類題演習が不可欠です。ステップEですね。でも実はこれが厄介なのです。
よく聞くのは,例えば「旅人算」で間違ったから「力の5000題」とか「特進クラスの算数」等で「旅人算」の単元の収録問題を解く,というもの。しかし,旅人算を落とした子のほとんどは,旅人算の何たるかがわかっていなくて解けなかったのではありません。その文章の中に気づけなかった「ひとひねり」があって,そのハードルが越せなかったわけですね。ところがその「気づけなかったひとひねり」は旅人算特有の要素(例えば同方向の追い越しは速さの差,出会いの場合は速さの和,のような)とは無関係だったりするので面倒なのです。
とすると,そのような単元別の復習をしてもさほど有効ではない。(※注…算数に比べると理科では,例えば中和を落としたから中和をもう一度さらう,とか,月の満ち欠けをミスしたのでその単元をもう一度やる,というのは効果的だと思います)我々のような助っ人がついていれば,少なくとも類題演習の材料選び,という命題に関しては悩みは解決しますが,おそらくはプロの家庭教師がついている家庭はせいぜい受験生全体の5%くらいでしょう。それ以外の95%の人はどうしたらいいのか…
ちなみに学生さんでは無理ですね。ストック(物理的な意味でも,頭の中の,という意味でも)がないので,彼らに類題を用意してほしい,というのは酷でしょう。
そこで頼るべきは塾の先生です。「今度,子供に過去問の答案を全部持たせるので,何を家でやったらいいか,具体的に細かなご指示をいただけませんでしょうか。先生しか頼る人がいないんです」と泣き落とし作戦に出ましょう。大丈夫。塾の先生はほとんどが単純で人のいい人ばかりですから,そう頼まれたらやってくれますよ。
正直,我々(今度は塾講師としての僕になっているのですが)も人の子ですから,何とかしてあげたいな,という子がいることは確かです。変な意味じゃないですよ,誤解しないでください。たとえば,ご父母も本人もすごくまじめで「やりなさい」ということは素直に一生懸命してくれる生徒。3年生から通ってくれているコアなファン。同様に古いお付き合い,というかお兄ちゃんもお姉ちゃんも通塾してくれて兄弟3人目のご家庭。あるいはあちこちで「あそこの塾はいいわよ」とアピールしてくださるありがたいお母さん。そんなご家庭から頼まれたら,間違っても嫌とは言いません。
でもこんなとき,つくづく日ごろの信頼関係って大切だな,と思います。何もつけ届けを欠かすなと言っているわけではありません。そうではなくて,ふだんは要求ばっかり居丈高に通しておいて「高い金とってるんだから何とかしろよな」みたいなことをお父さんから言われて,困ったときだけ手を合わせられても何だかな…と思いますよね。勿論,大切なお金をいただいて学力を伸ばすことが我々の職務です。でもお金をかけていればこそ,どうせなら上手く塾の先生を利用しないと損ではありませんか。
繰り返しになりますが,塾講師なんてほんとに素朴で純情な人種です。信頼し,慕ってくれる生徒やそのご父母には何とかしてあげたい,と思うものです。
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ステップDの「一度解いた問題を何度も解いて,何も見ないで正解が出せるようにすること」について,は飛ばして話を進めてしまいました。その作法や注意点については,次に回したいと思います。ですから次回はそのことと,今回質問を掲げただけでお答えしなかった「第5・6志望など,志望順位の低い学校の過去問演習をするべきか」。そして過去問をやる上で気をつけること③の「過去問からの考察・判断」。その3点についてお話ししたいと思います。