「数日後」と言っていたのに更新が遅くなってしまってすみませんでした。文章はできていたのですが、ちょっと自宅のネットワークがおかしくなってしまって。
さて。
前回述べた模試の活用法の続きです。
③「成績を知ること。そして志望校に対する合格判定」
やはり当人もご家庭も、返却された模試で一番最初に目がいくのは偏差値であり、志望校に対する合格判定でしょう。
しかし、これはそれなりの「紛れ」があります。もちろん、2万人が受けるテストですから、偏差値がきわめていい加減、とか、志望校判定は全くでたらめだ、と言う気はありません。ただ、みなさんが思っているほど「偏差値」の「志望校判定」も絶対的なものではない、ということは申し上げておきたいと思います。
まず三大模試会社の「メイン模試」の偏差値や合格判定の正しい意味を知るために、その前提として「模試の作り」を知っていただく必要があります。
「メイン模試」というのは一般的な語ではありません。言わば僕の造語です。四谷大塚では11月に「学校別模試」を行っていますね。「開成」や「桜蔭」を受験する生徒用の、学校ごとのそっくりテストです。また日能研では「合格力育成・完成テスト」という、亜種、といっては失礼ですが、「合格判定テスト」とは別のテストがあります。そのような学校別や目的別のテストではない、いわばその模試会社のメイン商品となるテストをここで「メイン模試」と仮に呼ぶことにします。それから栄光ゼミナールのアタックテストや市進学院の定例テストにも当てはまることですが、これらの「メイン模試」については、どの模試も「ごく基本的な問題」から「かなりの難度の問題」までが一つのテストの中にちりばめられています。特に顕著なのは算数で、ほぼすべての受験生が解ける簡単な計算やごく基本的な一行問題からそれこそ全体正答率が数%の難問まで一つの模試に入っているわけですね。
イメージとしてはこんな感じです。
トラックに10㎝ずつ高くなるハードルが低い順に(奥へ行けばいくほど高く)並んでいる。よーいドン、で受験生はスタートして、低いハードルから跳んでいく。ほとんどの場合、あるハードルが超えられないのにそれより高いハードルを跳び越えることはできない。つまり80㎝のハードルでつかえた子はその後にある90㎝のハードルは跳べない。いわんや100㎝のハードルは全く無理。で「跳べませんでした」という高さのハードルの手前で各自地面に腰を下ろす。
すると全員が跳び終わった時に、160㎝(これはもうハードルではなく走り高跳びの世界ですが、そこは比喩なのでご容赦ください)の手前で座っている子が何十人かいて、その手前の150㎝のハードルの手前で座っている子が百何十人かいて、140㎝のハードルの手前で座っている子が何百人かいて… みたいな感じで、分布ができますね。
これがメイン模試での散らばり方です。
教えている方(これは塾でも家庭教師でも同じですが)はそれぞれの生徒の限界をかなり正確に言い当てることができます。A君は130㎝だな、と思うとだいたいそこで跳べなくなります。たまにA君が110㎝でこけたとしても、(ああ、今回は調子悪かったんだな。あるいは踏切が合わなかったのかな)程度にしか思いません。逆に140㎝跳べたとしても(あら、まぐれで跳べたのね)と思う程度で、その力がついたとは思いません。
繰り返しになりますが、教えている方はそれぞれの生徒の「跳ぶ力」を正しく把握しています。だから試験の結果が返ってきた後に先生が「おかしいなあ、こんな成績取る子じゃないんですけどねえ…もっと力はあるんですが…」と困惑していたら、それはお世辞でも言い逃れでもなく、本当にもっと力があるんです。
僕は模試(と言っても塾内テストですが)の作問責任者をしたこともあるので、よく分かります。完成した問題を眺めます。すると教えているA君はこれとこれができない、B子さんはこれとこれとこれはできるけど後は全滅、C君はこの問題さえ取れれば満点。満点か90点かの分岐点は最後の大問[7]にあり… みたいに、ほとんどの子がどれができてどれができないかをほぼ正確に言うことができました。
えっ、逆の場合はどうかって?
「おかしいなあ、こんな良い成績取れる子じゃないんですけどねえ」と言うか?
いえいえ、それは言いません。それはちょっと、ね。せっかくのやる気に冷水をかけることになるし、本当に自信になって後から実力がくっついてくるケースだってありますし。でも職員室では「ありえないよ。完全なまぐれだね」なんて講師同士が言っていることは、正直、あります。
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それに対して実際の入試はどうか。
これはいうまでもなく、偏差値60の学校なら概ね偏差値60レベルの問題が何題も並んでいる。だから上のたとえに合わせるなら、140㎝は跳べるけど150㎝は跳べない子ばかりが集まって、今度は最初から最後まで140㎝のハードルが10個くらいならんでいて、どこまで跳べるかを争うのではなく、例えば何秒で全部跳べるかを競うゲームに変わる、みたいな。
それくらいの違いがあります。
すると当然、模試で偏差値60を4回続けてとっている子が偏差値60の学校に受からないことだってあるわけです。体調がすぐれなかったとか、緊張して普段通りの精神状態で受けられなかった、とかではなくて、もっと根源的な理由で合格できないんですね。言ってみればゲームのルールが違うのですからそうですよね。模試でとった偏差値と、ある学校の試験を受けたときの「合格力」(ん?そんな言葉、ないですよね。「本番の試験で得点する力」という意味です)は食い違いが出て当然なんです。
だから、テストごとに一喜一憂して、時には家族の雰囲気が悪くなって、場合によっては親子で大ゲンカになって… なんていうほど偏差値には信頼性があるわけじゃない。そんな程度なんだ、ということです。ただ、先にも書きましたが、いい結果が出たときは心から喜びましょう。そういうメンタリティはある意味、受験を乗り越えるコツみたいなもんだ、と思います。よかったら心から喜ぶ。悪かったらなかったことにする。これに限ります。
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そして「志望校の合格判定」。これもおおざっぱです。
「志望校に対する合格判定」と聞いた場合、どんなシステム(プログラム)を想像されますか。例えばA中学。昨年の模試の受験者で実際にA中学の入試を受けた生徒を抽出し偏差値順に並べる。すると偏差値60なら8割合格している。また偏差値55なら5割が合格している。だからA中学の80%合格偏差値は60、50%偏差値が55.そういうイメージですよね。
でもそうではない、と言ったらびっくりしますか?
実は、2万人程度の受験生で、首都圏の延べ1300回近い試験をそのような方法を用いて合否判定を出そうとすると、必ずおかしな判定が出てきてしまいます。例えば一般的に80%偏差値が50と言われているX中学の80%偏差値が57になってしまったり、逆に53と言われているY中学の80%偏差値が45で出てしまったり。おそらく1300回近い試験回数だと、サンプルは20万とか30万とかないと無理なんじゃないでしょうか。
じゃ、現実はどうなっているか。
最初に各中学の各試験ごとに、担当者が80%合格偏差値と50%合格偏差値を打ち込んでしまう。これは人力でやります。手入力ですね。つまりA中学の第一回目は80%偏差値が59、50%偏差値が55.A中学の第二回目入試は80%偏差値が61、50%偏差値が57…と初めから合否ラインを設定してしまう。
で、あとはコンピュータに「受験生A君の偏差値と上記の設定した合格偏差値との差を見て、その差が×以下なら□%と判定せよ、差が△以上○未満なら■%と判定せよ…」と命令する。
その程度です。
もちろん、春の段階で、受験生の結果を追跡し、結果偏差値を出します。これは上記の打ち込みをする際に大切な資料になりますから、まるっきり前年の試験結果を無視してやっているわけではありません。ただ、想定外の数字が出ちゃったりすると「いやこんなに高いわけないよね」みたいな感じで削っちゃったり「去年56で志願者数が20%増えたから今年は58くらいが適当かな」とか。(ちなみに塾の入試報告会などでご父母の目に触れる段階で結果偏差値は整えられています)
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「ちょっと待ってよ。じゃあ、親は何を信じたらいいのよ」と色をなすご父母もいらっしゃると思います。
そのご質問に対する答えは二つりあります。
一つは塾の先生や家庭教師の見立てです。
これは、模試の合否判定より、ずっと信頼性が高い、と思っています。
正直、我々は模試の合否判定ってあんまりきちんと見ません。80%と出ていても「いやいや、五分五分でしょう」とか、50%と出ていても「いやあ、10回受けたら7回受かると思いますよ」とか、独自の見立てを持っています。そしてその見立てにプロとしての自信を持っています。だから模試が返却されても「ふーん。70%か…」みたいな感じで流してしまいます。
ただ、気を付けなければならないのは、基本的には塾の先生たちは一科目しか見ておらず他の科目はわからないはずです。だから算数が得意で国語が不得手な子については当然算数の先生の見立ては好意的になりますし、逆に国語の先生は辛口になります。だから四教科すべての先生の意見を聞いて判断する必要があります。
家庭教師も、一科目、あるいは算数+理科、とか国語+社会、と言う形で「文系・理系」で手分けしてみることが多く、見ていない科目のことは基本的にはわからないはずです。四科のバランスには注意していただきたいと思います。
二つ目は過去問でどの程度の点数が取れているか。
過去問は言うまでもなくリアルな入試問題ですから、厳しい問題が並んでいます。先の例で言えば、140㎝のハードルが10個なら10個並んでいるわけですね。そこで自分が解いたら何割とれたか。これはごまかしがきかない「合格力」の尺度です。
ただし、自宅でやる、自分で採点する、などの「ノイズ」がつきものですから、その点は差し引かないといけません。これは「過去問演習」についてお書きした時に改めて詳しくのべたいと思います。そしてまた、春から受講している学校別対策講座の中で知らず知らずに過去問を一度解いてしまっているケースもあるのでそれも注意しなくてはいけません。
また塾の試験で言えば「メイン模試」とは別の「学校別模試」というのがありますね。これは四谷大塚だけでなく、サピックスや他の大手塾でも行っています。これに関しては、実際の入試を想定しそれに似たつくりになっている問題内容ですし、受験者も9割以上は実際の入試で競うリアルなライバルたちでしょうからその中での順位はそれなりに重みがあると思っています。学校別模試での成績分布と実際の入試の合否分布はかなり重なり合っているのではないでしょうか。
一部の塾の学校別模試は類似の問題を事前に学校別コースの授業の中で取り上げていたり、「うん?」と眉を顰めたくなるケースがありました。またこの学校別模試を優秀な他塾の生徒に個別にアプローチをする手立てとしている、という噂もあり、もしそれが本当ならとても残念なことです。
男女御三家の学校別模試に関してはやはりサピックスか四谷大塚のものを受けるのがよろしいのではないでしょうか。
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二回にわたって「模試の活用法」を申し上げました。
もう一度おさらいすると
模試は
①場馴れの手段。実際の入試のシュミレーションとして。
②弱点を見つけ出すためのツールとして。
③偏差値・志望校に対する合否判定の把握
でした。
ここまでお読みいただければ、みなさんが非常に強い関心を持っている③は、実は活用法としては下位におくべきことで、模試は①②の手段として活用すべき、という僕の意見がお分かりいただけたのではないかと思います。(同意・納得されるかどうかは別として)
もうここまで来たら、どんな判定が出ても受けたい学校は受ける。そんな開き直りこそ大切かもしれません。よく言うことですが、今まで世の中で試験を受けないで試験に受かった子はいません。勇気をもって受けることこそ、合格の第一歩だ、と常々思っています。
次回は過去問の活用法について述べたいと思います。