朝日新聞の記事にありました。
市原さんと言えば、ドラマ「家政婦はみた」か、小生のような古手は「マンガ日本むかしばな
し」。
亡くなって早5年。
その5年くらい前に、夫の塩見哲さんを亡くした。
仲良し夫婦だった。
お墓はなかった。
お子さんもいない。
お骨をいつまでも手元に置くのもできない。
さらに、ご自身の没後もお考えだったかもしれない。
東京、神奈川、千葉とお墓をつくる場所を探索された。
市原さんは、たしか千葉のお生まれ。
なんとなく、ひかれるものがあったのか。
千葉の袖ケ浦にあるお寺がつくった、樹木葬用地が気に入った。
里山といってもいい自然な環境。
市原さんはここに決めた。
案内の方が、「富士山が見えます」といったところには、「富士山は嫌い」と。
「桜がきれいです」といったところは「好きじゃない」。
桜でもなし、富士山でもなし、ある場所を選んでお墓にした。
そこには榎(えのき)を植えた。
榎は、「縁」に名前が由来するらしい。
亡き人との縁をつなぐなら、これはふさわしい。
大木になると30mにもなる。
塩見さんお骨を収めて、「あー、せいせいした」と言ったそう。
それから4年。
市原さんが亡くなった。
隣に埋めてね、という遺言があったので塩見さんの真横に収められた。
生前、市原さんは「土に還ったら、木のまわりを漂っていたい」とおっしゃっていたそうだ。
できれば、榎の周りだけでなく、天空をかけ、むかし話を語り続けてほしい。