この夏から、祖父母が生前住んでいた家に移住していることを書いてきましたが、少しづつ荷物を移動させたりしています。
中でも資料の移動に大きな意味があります。
何しろ、90年代、下手すれば80年代からの武術、格技の書籍が大量にあるからです。
いまではもう手に入らない貴重な資料です。
とはいえ、いまみると間違ったところが非常に多い。そういう意味で時代という物が感じられます。
先日移動させた昔の中国武術雑誌には、以前にこちらの記事に書いた太極拳の先生の記事が載っていました。
戦後日本の中国武術一期生か二期生くらいの方で「神秘的な物に憧れて」八卦掌を学ぶために台湾に行くも、見る目が全くなく、逆に太極拳の先生から教わっていた大切な物の価値にまったく気づかなかったという人で、実戦だ、格闘技と戦うだということに囚われていまでは信じられないような名人に教えを受けても、まったく響くことがなく、最終的には誰の弟子でもなく正伝を得るでもなく、自己流太極拳の先生になってしまったという方です。
本当に、自分のことしか考えていない。恩師や流儀への恩返しや貢献という意志がまるで存在していない。
ご自身が書かれた本を読んでいてもそのことが感じられたのですが、オンタイムで書かれた記事を読むとさらに壮絶なことがかいてありました。
当時、まだ太極拳から離れたばかりだったころのようです。
なぜ、太極拳の名人の下を離れたのかという記者の問いに対して、まず先生に「実戦ではどう戦うか」と訊いても「技は関係ない。功があればそれで十分だ」という答えばかりだったのが不満だったとありました。
それでも粘って「相手が大きくて自分より功もある相手だったときにはどうするのだ」と重ねて訊いたところ「逃げなさい」と言われたのが不満だったのでその先生のところを辞めたと書いてありました。
いや、先生、なんも間違ったこと言ってない。
全てが正しい答えだとしか私には思えないんですけど。
逆にいい歳した大人がそういう質問に対して、あの技だこの技だ、それで勝てるなんて話をした日には、私だったらそれこそ幻滅です。
「ダメだこの人、レベルが低すぎる」となってしまうことでしょう。
しかし、この方が求めていたのはそういうことだったようなのですね。
このインタビューの時代は、太極拳の名人の下を離れて八卦掌をしている時期だとあります。
そして「八卦掌はすごい。目突きや金的があるんだ。これこそ自分が求めていたものだ」と嬉しそうに語っていました。
ダメだこの人。
そんな幼稚なことを求めていたなんて、正直、ちょっとどこかお悪いところがあるのだろうと思いました。
自分よりデカくて強い、訓練を積んだボクサーやキックボクサー相手に、そんな小手先の物が通じると思っているなんて。
ボクサーの目を突けるのなら、ジャブを当てることだって可能でしょう。
まさか本気でジャブは当てられると思っている……?
全力で突進してくる相撲を相手に、金的が蹴れると思っている……?
そもそもの基準として「神秘的な物が好き」だという人間がちょっと現実っぽいファンタジーにコロリと騙されてしまう。
まさにいまのネトウヨや陰謀論者を見ている思いです。
だからこそ、私はどこかお悪いのかと思ったのかもしれません。
しかし、昔はこういう考えがそれほど珍しくなかったのもまた事実。
蓋を開けてみれば八百長試合だった喧嘩芸骨法や、事実などまったくなかった空手バカ一代。そしてプロレスが真剣勝負だと、いい歳をした大人が本当に信じていた時代が、すくなくともその時代までは確実にあったのです。
これは……21世紀ギリギリまでそうでした。恥ずかしい話ですが、この国の国民のレベルはそこまでだったのです。
先日出会ったあるインフルエンサーは、アダルト・ビデオの内容が本当に現実だと思っていました。
決して頭の悪い人ではないのですが、恐らくはいまだにそういうことなのです。
マスメディアのフィクションに、あまりにも簡単に大衆は騙されてしまう。
世の中には「暗黒啓蒙主義」という言葉があります。
これは、既得権益者が意図的に大衆を愚民化するという反知性主義のことです。
普通、反知性主義というのは、知性主義が突出すると一部エリートの権力が増加してしまうため、それらを牽制して環境因子などで知性に恵まれなかった環境の人達の声を拾い上げようという物です。
しかし、暗黒啓蒙主義は愚民化政策によって反知性主義を広げて、自分たちの権益を犯す能力を与えないようにし、その計画を遂行するスモール・サークルのみに権利を集中させようというエリート主義です。
イーロン・マスクはこの主義の信奉者で、トランプ元大統領の下でこの思想に基づいた政策を行おうとしています。
そこから考えると、Xが陰謀論者や反知性主義者、差別主義者などのエコーチェンバー化しているのは、明らかな愚民化政策であったことがわかります。
そして、その場で拡散される創作武術や偽武術の存在もまた。
いつまでも、レベルの低いことを言っていてはいけません。
その低さがいまや世界の深刻な危機になっています。