サウス・マーシャル・アーツ・クラブ(南風武術倶楽部)のブログ

サウス・マーシャル・アーツ・クラブ(南風武術倶楽部)のブログ

気持ちよく生きるためのライフスタイルとしての南派拳法(カンフー)蔡李佛拳とエスクリマ(フィリピン武術)ラプンティ・アルニス・デ・アバニコを横浜、湘南、都内で練習しています。グループレッスンは\2500プライベートレッスン\7000です。アドレスsouthmartial@yahoo.co.jp

NEW !
テーマ:

 先ほどテレビで、外国人で三味線弾きをしている人を見ました。

 大学の名門サークルに所属していた方で、いまはプロを目指して師についているのですが、この先生が素晴らしかった。

 まず、この外国のお弟子さんに弾かせて見せます。

 それに対してまず、バチの振り方が違う、と。

 さらに、みんなそれが出来て無いんだ。と言います。

 どんな大会で優勝してようがなんだろうが、伝統の師匠から見れば基本が出来ていないというスタンス。

 バチの遣いを治したら今度は指の遣いをさせてそれをスマフォで録画します。

 ひとくさり弾かせたあと、動画をスローで再生させてみせると「全然だめだ」と嘆息する本人。

 やっている自分自身が気づいていないようだったのですが、手と指の使いが定石と真反対だったのです。

「もっとゆっくりやるんだ。みんなゆっくりした練習をしない。早弾きはやればだれでも出来るんだ。でもそれでは人の心には届かない」と言い、世の中ですごいと思われるみんながやっているのを、技術的に稚拙だと言い切ります。

 こういうのが、本物の師匠という物だと思いました。

 世の中で評価されているみんなと同じ物に生徒をしない。

 誰でもやればぱっと見が出来てる風には出来る。

 でも、基本が出来ていて本当に出来ている人は実はその中には少ないというのは、私の居る世界でもよくありそうなことです。

 この先生は、基本さえ出来ていればあとのことはいくらでもどうにかなるのだと言います。

 基本をおろそかにして拙速に体裁を整えている人がとても多いと言うことなのでしょう。

 この師匠の人が言うには「自分の師匠は三年教えてダメな奴はもう何年やっても一緒だ」だそうです。

 これもまさに私が日ごろから思っていることを言われたようでした。

 ここにいつも書いてるように、うちでは二年で形にして修了とします。

 それは、少林拳の基本をしっかりと出来るようにするからです。

 そんなに拳術の套路だけでいくつも覚える必要はない。兵器も一つか二つ、本当に大事な基本を作るものがあればそれでいい。

 基本の練功法さえ身に着けられればあとは一生身体を改造して向上させられます。そういったことだけを獲得させて、あとは難しい武術でもそれ以外の何でも好きなことをやりに行ってほしいと思っているのです。

 だからこそ数年だけ。

 その数年で基本を作れなければあとはどんな見目の良い物を何年やっても成功はしないでしょう。

 だって基本が出来ていないのですもの。

 うちには他の武術を十年以上やっていても得心出来なかったという人が良く来ます。

 そういう人たちの内で一年以内で出来るようにならなかった人は一人もいない。

 基本をやっていないのにあれやこれやの派手派手しい物を十年も二十年も効果がないままやるのがおかしいんですよ。

 私が理想としているのはまさにこの三味線の師匠のような状態です。

 地力を一定期間で確実に身に付けさせて将来に送り出す。

 くだらない囲い込みや飼い殺しはしない。

 出来ないことをさも出来るかのような振りをして吸い続けるなどもってのほか。

 拳師というのは自分もまた伝統の学習者なのだから、伝えると言うことにも責任を持って自分の訓練として取り組まないと。

NEW !
テーマ:

 11月23日 祝日金曜日

江戸川橋体育館 多目的室にて15時30分より18時まで、フィリピン武術ラプンティ・アルニスのワークショップを行います。
 今回の企画では今年のフィリピンで仕込んできた複雑系の上級技術のうち、いくつかのカテゴリーをまるごとなぞって大枠を経験してみようと言うことを考えています。
 その場でできなくても、このようなことをやっているのだなというアウトラインが分かるように練習してみることを目的にしています。
 
 一般 5500
 事前予約 5000
 
 練習生 3500
 事前予約 3000

テーマ:

 私が練習の時によく着てゆくTシャツに、フィリピンの革命家ボニフォシオ公を描いた物があります。

 そのイラストでは、右手にサーベル、左に拳銃を構えた姿が描かれているのですが、これはゲリラ戦の時代に用いられたスタイルであろうと思われるのですが、実はこのスタイルは決して珍しい物ではなくて、アメリカの騎兵隊がインディアン戦争から南北戦争に至るまでに用いていた武装様式なのだと言います。

 元は切り詰めた小銃だったのですが、やはり取り回しが良くなかったらしく拳銃になったそうです。

 相手に対して騎馬で切り込んでゆき、混戦になってもみ合いになったら銃口を押し付けるようにして引き金を引くのだそうです。

 これは当時の銃器のほとんどにはライフル線が入っておらず、命中精度も低ければ威力も低かったからだそうです。

 どのくらい威力が低いかというと、即死はほぼせず鉛の毒で後に死ぬようなものであったということだそうです。

 ただ、それでもいわゆる板金鎧などは貫通したらしく、そのために西洋では早い時代から甲冑が廃れたと言います。

 それよりも機動力を良くした方が弾が当たらないので効果的だそうで。

 どのくらい当たらないかというと、小銃でもちょっと横風が吹いていたらもうみんな流されてしまって当たらない。

 そのために、当時の戦争では方陣戦で横並びになって一斉射撃で弾幕を張るような使い方が一般的だったそうです。

 とても遮蔽物に隠れて散発的に狙い撃ちするような戦いかたは出来ない。

 そのために、南北戦争映画で観るような、あるいは「ラスト・サムライ」の南軍式戦闘法で見たような、一斉掃射しつつ相手に向かってゆっくり歩いて近づいていくという肝試しのような戦法になっていたようです。

 そうやっていくうちに流れ弾で横にいる仲間が一人減り二人減りしてゆく。でもそうやって近づいていかないとお互いに当たらないので仕方がない。

 ものすごい消耗戦なんじゃ、それって……。

 だから最前線に立つ部隊員なんかは、懲罰兵や犯罪者などが用いられていたとも聞きます。

 ひどいのは南軍の最前線に黒人兵が使われていたりもしたそうで、勝っても負けてもいいとこなし。

 方陣戦というのはこのような正面からの削りあいの戦いを土台に、騎兵隊が走り回って陣形を崩したりして行う物だったようです。

 騎兵隊と言えば日露戦争では日本軍にも存在していましたが、ロシアの火薬は黒色火薬だったそうで、発砲すると周りが黒煙で真っ黒になって視界が閉ざされてしまう。

 その中から騎兵が飛び出してくるなら、やはりそこで振るわれたサーベルと拳銃という近距離兵器はより有効であったのでしょう。

 我々のクラブが練習している蔡李佛拳は太平天国では地上戦で用いられたとはいえ、そもそもは海上戦の武術です。

 これはアルニスも同じです。

 海の上の武術となると、方陣ということは出来ず、初めから切り込んでの戦いが想定されます。

 こうなるとやはり、エスパダ・イ・ピストルはかなり効果的だったのではないでしょうか。

 海賊というのは大抵この装備で描かれるので、おそらく定番のスタイルだったのではないかと思われます。

 そしてこうなると、陸の方陣戦の武術が弓や槍、剣のように完全に真半身を取って可能な限り長距離を維持しつつあてに行こうとするのとは違って、初めから乱戦でのもみ合いに対応できるように左右の手をそれぞれ活用させることを想定した技術が発展することになります。

 なるべく相手に向ける面積を小さくしつつの両手での活用。それをかなえるために、足を交差させる独自の動きが発展していったものであろうかと思われます。

 現代格技の考え方にある、真半身ではなく斜めに構えを取って金的を開けないように注意して、という素手特化の考え方とはまったく違う価値観の世界です。

 金的も何もお互い槍だの銃だの使っているのだからまずはどこにあたろうが大ごとなんだから構ってるどころの暇ではありません。

 甲冑を着て防御力を高めようとしようものなら、バランスを崩して水に落ちたが最後。

 もちろん、足を交差すると投げに弱いなんて言っても襟袖掴んで足払いを掛けてくるような酔狂な相手も多くはないでしょう。

 現職の警察官でも、殉職率が高いのは柔道が得意な人だと言います。

 ナイフを持っている相手を制圧しようとしてそのまま刺されてしまうことがあるのだというのです。

 刃物と拳銃を持っている相手に対しては、かなり実力差があったとしても組みつかない方がきっと良いと言うことなのでしょう。

 実際に用いられていた武術というのは、必ずその環境における条件付けがあります。

 必ずしも戦法として普遍性がある訳ではない。

 では、その中で普遍的な価値があるものはなんでしょうか?

 それこそが、文化的な価値や哲学的な価値、健身効果なのではないでしょうか。

 いずれも私が平素から大切だと言っている部分です。


テーマ:

 以前、踊り場でくつろいでいる時に、女の子が二人何か下を向いて不安そうな顔をして歩いているのに出くわしました。

「何か落としたの?」と訊くと、ピアスを落とした、と言います。

 そうか。探してあげよう。と思いました。

 暗い室内、沢山の踊る人々。小さなピアスを見つけるのは割と大変です。

 二人は一歩づつ心当たりの場所を歩きながらローラー作戦で床を当たっている最中のようでした。

 私がしたことと言えば、まずリラックスして目を閉じることです。

 それから、なんとなくの方向に少し歩く。

 その辺に出くわさないかなあ。

 と思ったけど見つかりませんでした。

 そうだよな。と思って息を付き、何気なくこうべを巡らした時にその視線の先に金色の輪っかが一つ目に付きました。

 あぁ、これか。

 それを持ってさっきの子たちのところに行き「これのことかな?」と訊くとどうやらそうだったようでした。

 これと同じことが昨日もありました。

 友達の女の子が一緒に踊ってる最中にピアスを落としてしまいました。

 背の高い彼女に引けを取らないとても大きくていくつも飾りのついた派手なピアスで、落ちるなりすぐ拾って渡すことが出来ました。

 が「ポストがない」とのこと。

 大きなピアスの裏の受けの部品がどこかに転がってしまっているというのです。

 これは難しい。

 しかしどのみち私は踊るときは眼鏡をはずしているので、そういう物はもうまったく見れない。

 そこでまた例の奴です。

 頭をぼーっとさせて、彼女のこととピアスを思い浮かべて、右の掌をフロアの方に向けてなんとなく探るようにかざすとすぐに「ここかな?」と右手の薬指と中指の又の辺りが行きたがっている方に引っ張られるようにしてしゃがむと、指先に何かよくわからないなんとも言い難いなんかの小さな部品が触れました。

 彼女の所に持って行って「それってこれかな?」と訊くと「それ! よく見えたね」と驚いていました。

「見えてないよ」と眼鏡の形を作って見せてから「ここだよ」と眉間の辺りを示すと納得のいった様子でした。彼女は私が気功をしていることを知っているし、割とそういうことに関心のあるタイプなんです。

 こういうことが出来るようになったのは眉間の印堂穴という法輪(ヨガで言うチャクラ)が開いてからのことです。

 師父に「これはなんですか」と訊いたときに「直観力」と答えが返ってきたので、どうやらこれは直観力というものだそうです。

 さてここでオカルトやスピリチュアルは全否定の私の意見を言うと、これは恐らく脳のなんかの力が活性化したものなのではないのかなあ。

 引き出すことが出来ないだけで、脳って過去の記憶が全部あったり、エゴが気づいてないことも探知していると言います。

 それを任意で活用できるのが直感記憶という物で、有名なところだと将棋の羽生名人がこれの持ち主だそうです。

 公園に居る鳩の群れに小石を投げてから「いま飛び立った鳩は難波だった?」と名人に聞くと記憶をたどって脳に焼き付いている画像を見て鳩を数えられるというのです。

 たぶん私の脳も、私が自我が自覚出来ていない情報を物凄く持っているはずです。

 それがたぶん、この気功による活性化で活用できているということなのではないのかなあ。


テーマ:

 さて、発掘した太極拳の本を読み終わりました。

 いまから百年以上前に生まれた中国の先生の書かれた本です。まだ共産党が独裁政権を敷く前、清朝が倒れて民国初期の大陸で太極拳と言う物がどのように考えられていたかがよくわかる物でした。

 現在の太極拳がはなはだ疑惑に掛けられ、どうして勘違いした人たちの物になってしまったのかの原因がそこにいは明確に書かれていました。

 それによると、楊家の二世の頃、太極拳はすでに紫禁城を中心とした北京でも隆盛を誇っており、北京派と楊家の本拠である河北省広平という処での広平派の二つに分かれていたそうです。

 ある時、広平派の三世の弟子が先生(すなわち本家の息子さん)について北京に指導に行ったところ、そこの太極拳が自分たちがやっている物とまったく違うので驚いたと言います。

 そこで隠れて先生に「私たちが広平でやっている太極拳は剛柔を兼ね備えたものであるのに北京派は柔ばかりですが、これはどうしたことですか?」と尋ねたそうです。

 すると先生は「彼らは貴族であり、健康のためや変わったことをして人に見せびらかすための趣味としてやっている。私たちとは違うからこれでいいのだ」と言い、さらに「そもそも彼らは満州族だ。満州族と我々漢民族は違うということを忘れるな」と言われたのだと言います。

 これはすなわち、自分たちを支配している満州族には、あえて真伝を隠して効果のない物を教えていたのだということです。

 ただ、筆者はその太極拳でも十年続けていれば虚弱体質の改善などの健康効果はあるので良い物だとは強調しています。

 しかし、決して武術としての内容を兼ね備えたものではまったくないとのことです。

 これが私が良く書いている中国武術の飼い殺しシステムです。

 形としては教えるけど本当のことは教えない。

 反清復明思想が強い武術社会で、清朝御用達だった太極拳が軽蔑されていないのは、おそらくそのようなことは武林の常識であったからでしょう。

 生きてゆくために異民族の朝廷と流通するのは仕方のないことで、そこで効果の無い武術を伝えるというのはむしろ痛快な工作だったのではないでしょうか。

 現在一般に「太極拳」の印象で行われているのはこの北京の共産党組織である体育協会の太極拳です。つまり、このお弟子さん(のちの有名な先生)を驚かせたものが現在隆盛している物な訳です。

 武術を弾圧していた共産党が方向転換して国民体育として再構成するときに、武術としての効果が無くて健康効果のあるものとしてならやってよしというコンセプトで行ったのは、この北京派太極拳の仕組みが下敷きになっていたのかもしれません(実際、90年代までは武術の練習には政府のお目付け役が付いていて本当の武術っぽいことをやると駆け寄ってきてそういうことはしないよう取り締まっていた)。

 そのようにして多くの権力と体制の事情から百年にもわたって形骸化を進められてきた北京派の太極拳が流布した結果、老人がやると膝が悪くなるとか無理に武術っぽさを推し進めようとした人が偏差を起こすなどのことが起きて初めは存在していた健康効果すら見失われてきました。

 そもそも、古い資料を調べた先生の調査の結果では、清朝時代からの平均寿命を調べても、特別太極拳家が長生きをしているという事実もないそうです。

 つまりは、正しい武術をしていればなんでも健康には良かった訳で、そこから健康要素以外の物を抜いていたというだけの話だということが伺えます。

 では逆に、正しい太極拳をするにはどうすれば良いのでしょうか、という疑問にもこの本は答えを提示しています。

 そのやり方には二つあり、一つはまず少林拳を学んで剛柔の法を学ぶことだと言います。

 その上で、仕上げとして太極拳独自の部分を学ぶことが太極拳成功への一番早い道なのだと言うのです。

 確かにいまから百年前には、いきなり太極拳からやった人などと言うのは多くない訳で、世に知られた名人達人というのはみんなこのルートを辿った人たちです。

 清朝の貴族たちから現代人に至るまでが騙され続けている柔の部分と言うのは少林拳の柔なので、まずはそれを理解するまでに至ってからでないと土台が出来ない。

 しかし、日本ではいまに至るまできちんとした少林拳をまともに出来る先生がほとんど存在していないのもまた真実。

 となるともう一つの方法が気になるところです。

 少林拳をマスターしてからではなく太極拳を悟る方法なのですが、これがもっと難しくて、幼少時から死ぬほどのしごきに耐えて太極拳でボコボコにされながら学ぶのがまず第一歩だと言います。

 本当に、ボコボコにされるという意のことが書いてある。

 少林拳をせずに太極拳を学ぶということは、少林の内容と同様かそれ以上の過酷なことを経験する訳です。その練習法の中には、師から勁をくらわされて覚えなければならないと書いてあります。

 つまり、まず普通にぶん殴られることを理解して、その上で太極拳の勁を食らって「な、感じが違うだろ? なに、立てない? よし、いったん治療しよう。治ったらもっかいやる。わかるまでやる」ということです。

 このことは台湾系の太極拳をやっている人は昔から日本でも行っていたことです。

 そうやってボコボコにされて、筆者の先生の言葉でいう「重量挙げ」をやり、太極拳を体得してゆくのですが、楊家の息子さんたちはこの修行の日々がつらくて家出をしたり仏門に入って家を離れようとしてたりして、そのたびに連れ戻されていたそうです。

 そのようにしてまで立派に成長した継承者の先生たちの弟子たちもまた「あの先生に習うと必ず怪我をさせられる」などと言って師との稽古を恐れてたことが記録に残っています。

 ね、全然北京派と広平派の直系とは違うでしょう?

 どうやらこれが太極拳の真実であるとこの本では書いてありました。

 そしてそのようにして学んだ太極拳は、一体どのような物であるのかと言うと、ここではずばり一言でこう表現されています。

「金剛不壊体」

 それ少林拳!

 それ仏教用語!!

 思いっきり少林拳の目的地として昔から言われているのが金剛不壊体です。

 つまり、最初から最後に至るまで、少林拳の中の一つの派としてのスタンスを離れることはないのでした。

 ただ、その違いについては、道教の功を学ぶことでよりその目的を叶えるのに明確に行われるのだ、ということが説明されていました。

 その上で「この本は太極拳の本であって道教の本ではないのでここではそのことについて詳細は触れない」と書かれていました。

 んあー。

 結局、最初から最後まで秘伝主義。そして大々的に間違った法を意図的に広めて真実は容易くは体得できない、というのが実態であったようでした。

 そりゃあ謎が広まったわけですわなあ。

 世に甘い話はないとはいえ、こうして世界中の人を惑わし道に迷わせる。古人も罪深いことをしたものです。

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス