「人間の壁」
1959年10月18日公開。
これぞ石川達三の社会小説の映画化。
第33回キネマ旬報ベスト・テン第6位。
原作:石川達三「人間の壁」
脚本:八木保太郎
監督:山本薩夫
キャスト:
- 志野田(尾崎)ふみ子:香川京子
- 沢田先生:宇野重吉
- 穴山先生:宇津井健
- 志野田健一郎:南原伸二
- 庄司春子:沢村貞子
- 与田消防団長の夫人:岸輝子
- 須藤先生:高橋とよ
- 和田澄江:北林谷栄
- 神倉先生:三ツ矢歌子
- 一条先生:高橋昌也
- 澄江の夫:殿山泰司
- 与田消防団長:松本克平
- 吉沢委員長:永田靖
- 熊井校長:清水一郎
- 竹越先生:大町文夫
- 直木薬局店主:三島雅夫
- 北見先生:長浜藤夫
- 大川市会議員:嵯峨善兵
- 山岸夫人:菅井きん
- 奥田夫人:三戸部スエ
あらすじ:
S県津田山市。
活気のない炭鉱と貧しい漁場の間を街並みが走り、山の麓に小学校があった。
新学年が始まった。
志野田ふみ子(香川京子)は五年三組の担任に決まった。
夫の健一郎(南原伸二)はS県教組の執行委員である。
出世主義者で、家庭では横暴だった。
数日後、ふみ子は同僚の須藤(高橋とよ)とともに校長に呼ばれ、退職を勧告された。
共稼ぎを理由にして。
退職勧告は、全国的な規模で行われ、S県では二六〇人の教師に出された。
県当局は、教師の整理で赤字財政を解決しようとしたのだ。
国会には教育委員の官選化をめざす法案が提出されていた。
--ふみ子と須藤の退職勧告は、組合を通じて正式に拒否された。
健一郎は役員改選が迫ると、委員長に立候補した。
家を飛び出し、選挙運動に狂奔した。
しかし、ふみ子には子供たちがいた。
--豪雨が襲った。
その雨の朝、教え子の吉男が貨車にひかれて死んだ。
普通より三円安いノートを買うために遠い踏切りを渡って行く途中の事故だった。
--夏休みの間に、ふみ子は正式に離婚した。
選挙に落選した健一郎は、東京へ行き、今は立場を変えて反動的な論陣をはっていた。
ふみ子は、少しずつ組合の仕事に力を注ぎ始めた。
最近妻を亡くした沢田先生(宇野重吉)の級で事故が起きた。
小児マヒで足の不自由な内村という子を同級の与田ら三人がからかったのだ。
沢田はこれを見て思わず三人を突きとばした。
与田の父親は市の消防団長だった。
追従する父兄たちが騒ぎ出した。背後には市のボスたちがいた。
沢田は辞職を要求された。
組合の力は無力だった。
そして、追討ちをかけるように、須藤に四回目の退職勧告が出された。
沢田が退職届を出した夜、ふみ子は彼のもとを訪れた。
海辺を歩きながら、沢田は言葉少なく自分の考えを語った。
ふみ子はその声を聞きながら幸福を感じた。
翌朝、須藤から辞表を出すことを書き記した手紙が来た。
ふみ子は立ち上がった。
「わたしは今月から、須藤先生の退職勧告をやめさせるために働きます」と宣言した。
ふみ子は校長に会うために廊下へ出た。
女の先生が皆立ち上がった。
ふみ子を先頭に彼女たちは歩いて行った。
ふみ子は、強く校長室の扉を叩いた。
コメント:
石川達三が佐賀県で起こった佐教組事件を基に執筆した同名小説が原作。
ナイーブな女教師が岸信介内閣下の教育労働争議を通して、人間として教師として成長していく姿を描く。
この映画は、日教組のカンパで製作された。
先生と生徒の教育現場、日教組、そして教育に対する政治のあり方を描いた幅広い問題意識を提示する作品である。
この映画、明確には何県という明示は無く、津田山という地名だけは駅名とともに出て来る。
だが原作小説は、佐賀県での実話をベースにした物語であるという。
津田山市。
これは、架空の名前である。
佐賀県にはこういう名前の場所はない。
炭鉱と漁業が行われているいるようだが寂れた雰囲気。
山の麓の小学校の新学年から始まる。
志野田先生(香川京子)は明るく一生懸命に担任を務める。
夫(南原伸二)は県教組の幹部、出世第一主義のため、家庭を顧みず活動している。
そんな折、志野田先生は同僚教師と共に、突然退職勧告を受ける。
理由は、2人とも夫との共稼ぎだから。
この頃、退職勧告は全国的な規模で行われており、教師に支払う予算を削るためだった。
2人の退職勧告は組合決議の上で正式に拒否。
こうした出来事の合間に、教師と生徒の関係が描かれる。
そんな中で素晴らしいのは志野田先生の隣のクラスの教師である沢田先生(宇野重吉)である。
彼は生徒との意志の通じ合いを重んじながら、生徒と接する素晴らしい先生であった。
豪雨の時、志野田先生のクラスの生徒が3円安いノートを買うために踏切を渡っていて電車との接触事故で死んでしまう。
泣き崩れる志野田先生。
その横で、幼い息子のためにお棺作りをする父親(東野英治郎)。
この父親の存在感も寡黙であるが故の見事さがある。
また、突然画面が「忌中」の文字を映し出すので「誰の葬儀か?」と思ったら、沢田先生の奥さんの葬儀だった。
そんな沢田先生は相変わらず、愛情を持って生徒に接していたが、小児麻痺で片足がきかずチ○バと同級生から虐げられている生徒を見て、いじめていた33人を叩いてしまう。(ぶん殴るほど強くはないが)
それが体罰問題となり、辞任問題へ発展する。
沢田先生が志野田先生に言うには「闘わない者は負ける」。
名言である。
山本薩夫監督はこのセリフを言わせたくてこの映画を作ったのではないか、と思うほどだ。
途中、国会審議での教育法案の成立を巡っては、群衆のデモするモブシーンがあるが、こういうシーンを見ると、山本薩夫監督は、本当に凄いと思う。
数多くの社会派映画を世に出した山本薩夫監督が教育現場の在り方を描いた佳作である。
石川達三原作の映画はさまざまあるが、完璧に社会派作品といえるのは本作である。
小学校教師たちの組合活動。
財政困難打開のため教師の首切りが横行している。
その対象になったのが香川京子と高橋とよ。
登場する子供たちは貧乏な子もいるが生き生きしている。
教科書が買えない子もいる。
貧の中でも格差がある。
煮炊きは石油コンロ。
令和の今から考えると信じられないほどの貧しさが画面にあふれる作品である。
こんな状態から日本が必死に成長してきたことが理解できる。
香川京子と宇野重吉の真面目な教師ぶりが心に残る名作である。
南原伸二は、香川京子の夫だが、組合活動でトップになろうとする出世しか頭にない自分勝手な男。
そんな男と生きて行くことを嫌い、離婚して、女教師としての道を進もうとする。
そのひたむきさが胸に迫る。
原作の小説は、1958年当時の日教組と国との激しい戦いを背景として、教師と生徒、教師同士、夫婦間の生き様を描いている。
この映画は、YouTubeで全編無料視聴可能。