「濹東綺譚」
1960年8月28日公開。
永井荷風の名作「濹東綺譚」の映画化第1作。
東京向島界隈の色町を舞台にしたメロドラマ。
脚本:八住利雄
監督:豊田四郎
キャスト:
- お雪:山本富士子
- 種田順平:芥川比呂志
- 種田光子:新珠三千代
- 種田稔:織田新太郎
- 山井:東野英治郎
- 山井京子:乙羽信子
- 音吉:織田政雄
- 巳之松:若宮忠三郎
- おりん:三戸部スエ
- 老婆:戸川暁子
- 芳造:宮口精二
- お種:賀原夏子
- 遠藤:松村達雄
- お房:淡路恵子
- お町:高友子
- 玉枝:日高澄子
- お時:原知佐子
- 照子:岸田今日子
- 玉の井の女:塩沢くるみ
- お杉:長岡輝子
- お飯たきのばァや:北城真記子
- 三治:中村伸郎
- 竹さん:須永康夫
- 守衛:田辺元
- おでんやの客:田中志幸
- 職人風の男:中原成男
- 会社員風の男:名古屋章
- 刑事風の男:瀬良明
- N散人:中村芝鶴
あらすじ:
戦前に向島寺島町(旧東京市向島区・現在の東京都墨田区)に存在した私娼窟・「玉の井」。
突然夕立があり、娼婦たちが駈けていく。
そんな中に、洋傘を拡げた中学校教師・種田順平(芥川比呂志)のところに飛び込んできた女がいた。
お雪(山本富士子)である。
彼女の商売に似合わぬ素直な気立てが順平の心をひきつけた。
順平には、以前宅間家の書生をしていた頃に好き合って一緒になった小間使の光子(新珠三千代)という妻がいる。
添う前に主人の手がついて、そのときの子供・稔を土産に結婚した仲なのだ。
宅間家の執事が子供の学資名目で月々の手当を持ってくる。
順平は光子の背後に宅間家の顔を感じて不快だった。
お雪を、叔父の音吉(織田政雄)が訪ねてきた。
行徳にいるお雪の義母の病気が悪く金の心配をしてくれというのだ。
亡夫の母の入院のたびに身をおとさねばならぬお雪にとっても義理の重荷が苦しかった。
春本の作者だと順平がいつか女たちの間で噂されるようになった頃、お雪と順平の仲は深まる一方だった。
順平の日常を知って親友の山井先生夫妻(東野英治郎・乙羽信子)は心を痛めた。
順平はお雪の気持にほだされ、学校に辞表を出し、退職金でお雪との生活を考えた。
山井は見かねて、光子にすべてを打ち明けた。
光子は、宅間家からの仕送りの貯金を女にやってくれと差し出し、私の許に帰ってくれと激しく迫った。
順平は久しぶりにお雪を訪れた。
お雪はもう順平が来なくなるという予感がし、酒をあおった。
歯痛が原因か、悪感がして倒れ、運び出されていった。
順平はそんなお雪に心から詑びたかった。
燈火管制のサイレンが不気味に鳴りひびく病院の一室で、お雪は愛のあきらめと、迫る死の影に涙を流した。
玉の井の路地では、必死に客を呼ぶ女の媚笑が悲しく浮かんでは消えていく。
コメント:
原作は、永井荷風の小説。
1937年(昭和12年)4月16日 - 6月15日まで『東京朝日新聞』に木村荘八挿絵を伴い連載された。
8月に岩波書店で単行本が刊行された。
タイトル「濹東綺譚」の意味は、「隅田川東岸のめずらしい物語」。
映画は、文芸作品を得意とする豊田四郎監督の作品。
原作者の永井荷風が亡くなった翌年に制作されている。
この映画の動画は、中国語の説明が入ったものしかYouTube上では確認できない。
映像だけでも参考にはなる:
昭和11年の東京向島界隈の色町を舞台に教師の男と娼婦の女が繰り広げる悲恋物語である。
原作者・永井荷風を思わせる小説家が時折登場し、色町を取材しながらナレーションも務めるという設定がユニーク。
八住利雄の脚本は、原作とはかなり異なった構成になっている。
詩が散文になったというか、映画は映画として別物と割り切ってみるべきだろう。
山本富士子と芥川比呂志の主演。
脇役にも中村伸郎、宮口精二、東野栄治郎、新玉三千代、乙羽信子、淡路恵子など名優が並ぶ。
山本富士子のお雪は、原作にある優しくさっぱりしていて献身的な女の可愛いらしさがよくでている。
本作の芥川比呂志が演じる主人公・順平のダメ男ぶりの根本は、嫁取りにある。
子連れのお妾をもらい、元ダンナの仕送りに依存した生活を送っている。
納得づくで結婚したのだから文句は言うな、となるが、戦前の昭和男のプライドは深いところで捻じ曲がる。
この種のプライドは下層の女で慰められる質のものなのだ。
ただし、この心理は、女性蔑視真っ盛りの戦前の常識に基づいたもので、現代にはあり得ないものだ。
あの頃の男は、精神的崩壊の前に、色町の娼婦に身を任せれば一場の夢とともに解消される。
しかし女にはこの逃げ道がない。
それを山本富士子が好演している。
母親が病いで床につき、山本富士子には苦海に身を落とす選択しか残されていなかったのだ。
近づく戦雲に玉ノ井の娼婦たちは満州行きが暗示される。
あくまで娼婦は消耗品なのだ。
それでもヒロインは明るくふるまう。
当時の女性の情感を最大限に生かした作品だ。
なにより、当時(昭和12年)の玉の井を忠実に再現したという伊藤喜朔の美術セットは見ものだ。
隅田川周辺の昔の風景がうれしい。
本物がやはり味がある。
その後東京は大きく変わってしまった。
この玉の井というのはどこにあったのだろうか。
当時の地図はこちら:
玉の井は、関東大震災以降より売春防止法施行まで存在していた私娼街。
濹東綺譚には、大正中期頃、浅草観音堂裏の言問通り開通による立ち退きで、銘酒屋が玉の井に移ってきたのが始まりだと記している。
大正10年の「浅草社会地図」を見ればそこら中に銘酒屋が点在していたことが分かる。
震災後は浅草での再建が認可されず、数多くの銘酒屋が玉の井に移ったという。
それから東京大空襲まで、現東向島5丁目〜6丁目あたりで営業しており、東京の私娼街の中でも大変な賑わっていたそうだ。
永井荷風の「墨東忌憚」には、木村荘八の挿絵がたくさん挿入されている。
雨の中で主人公が最初にヒロイン・お雪と出会うシーンがこれ:
玉の井の町の様子を示している絵がこちら:
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