「おんな極悪帖」
1970年4月4日公開。
お家乗っ取りをテーマに成り上がりの悪女とそれを取り巻く欲望の塊の男たちを描く時代劇。
原作:谷崎潤一郎『恐怖時代』
脚本:星川清司
監督:池広一夫
キャスト:
安田道代 | お銀の方 |
田村正和 | 磯貝伊織 |
小山明子 | 梅野 |
佐藤慶 | 春藤靱負 |
岸田森 | 太守 |
小松方正 | 細井玄沢 |
山本麟一 | 赤座又十郎 |
宇田あつみ | 芸者 |
芦屋小雁 | 珍斉 |
早川雄三 | 菅沼八郎太 |
あらすじ:
春藤靭負と名乗る大名(佐藤慶)の下屋敷。
お銀の方(安田道代)は、藩医から毒薬を手に入れ、奥坊主珍斉(芦屋小雁)を使って、奥方の毒殺を計画した。
臆病者の珍斉はこのことを妹お由以に打明けたが、お由以は陰謀の証拠をつかみ、訴え出て、恩賞にありつこうと企み、お銀の方の腹心で武芸に秀でた梅野(小山明子)に殺された。
その頃、大守の乱行を伝え聞いた国表から二人の国侍が出府してきた。
国表からは毒虫お銀の方を斬るか、さもなくば追放せよと強く諌言。
だが、国侍二人は上屋敷の下級武士で優男の磯貝伊織(田村正和)に斬られた。
さらに、伊織は大守(岸田森)に命じられるままに、梅野を斬って捨てた。
そして、お銀の方と伊織は愛撫の絶頂にふけった。
奥方毒殺の報が入った。
お銀の方は伊織と靭負と珍斉の処置を講じていたが、二人の関係に気付いた靭負が踏みこんできた。
だが、お銀の加勢で、伊織は靭負を返り討ち。
この様子を一部始終見ていた珍斉は危うく殺されかかるが、そこは抜目なく大目付に事の真相が通じるように細工してあり、百両を奪い取った。
お銀の方と伊織は大守をも謀殺して祝盃をあげた。
しかしその盃に毒薬が入っており、血をはきもだえる伊織の刀を逃げるお銀の方、それはさながら地獄絵図だった。
這いずりまわるお銀の方の耳に……奥方様は生きておられる、
珍斉が毒を盛ったとは真赤な偽だ……と聞えてくるのは、まことのことかそれとも幻だろうか。
コメント:
『恐怖時代』はストーリーだけ読むと、よくあるお家乗っ取りを企む妾と家老の陰謀と愛憎の物語のようにみえるが、書いたのが谷崎なのだから、作者が書きたかったのはそんな型通りのお家騒動ではないはずだ。
なんの理由もなく家来の首を簡単に切り落とし、血を見ることで異常に興奮し、快楽を得るような残忍な太守と、そんな太守を虜にし、あらゆる男を惹き付けずにはおかないほどの妖艶な魅力に溢れたお銀の方を筆頭に、心を亡くした人間達が繰り広げる、残虐で血みどろの地獄絵図を描こうとしたのではなかろうか。
原作は戯曲だから、ト書きがあるのだが、殺人シーンがとても詳細というか執拗に描写されているのだ。
お銀の方が玄沢を毒殺する場面は、こんなぐあいである:
ちえゝ欺されたか、残念だッ。(云うと同時に相手を眼がけて組み附こうと試みたが、四肢が痺れてしまったと見え、ばったりと臀餅を春いて四つ這いに倒れる。やがてひいッと悲鳴をあげたかと思うと、両腕を突張って上半身を棒のように撥ね起す。見ると鼻の孔や口元から血が夥しく吐き出されて、たらたらと頤の辺を流れて居る。更に一層猛烈な痙攣が来てのたうち廻って居るうちに、今度は仰向けにのけ反って、手足を藻掻きながら腰の骨を中心に分廻しの如く畳の上を転り出し、甲走った声で絶叫する)
畜生! だ、だ、だれか来てくれ! ひ、人殺しだ!
お銀の方は倒れた玄沢をぐっと見下ろして、冷ややかににっこりするのだ。
まさに恐怖だ!
腰元のお由良がお銀の方の謀略を探ろうと梅野の部屋へ侵入し、梅野に斬り殺される場面:
(お由良、珍斎の手を振り切って蚊帳の中に這入る。直ぐにきゃっと云う悲鳴が起こる。夜目にも真白な綸子の蚊帳の面へ、ザッ、ザッと二度ばかし恐ろしく多量な血潮がはねかゝって、花火のようにパッとひろがって流れ落ちる。同時に真赤な、奇怪な、化け物のような容貌を持った物体が仰向けに蚊帳の外へ転がり出す。それがお由良の死骸である。一刀の下に眉間を割られたらしく、熱に溶けた飴のように顔の輪郭が悉く破壊されて眼球と歯と舌だけがはっきりと飛び出て居る。)
この梅野という、お銀の方に使える女中もなかなかの剣の使い手で、お銀の方を裏切る奴は容赦しないという恐ろしい女なのだ。
そして次は、太守の命令で伊織之介が梅野を斬り殺す場面:
(梅野、一生懸命に叫びながら逃げようとする途端に、後ろから脳天の骨を横に殺がれる。髪の毛と頭蓋の生皮が剥ぎ落とされて、真赤な、むごたらしい坊主頭になる。)
太守はこれを見て、面白い、面白いとはしゃぐのだ。
背筋がぞっとする。
この戯曲が今から10年前の2014年に、歌舞伎では33年ぶりに歌舞伎座で中村扇雀のお銀の方で上演された。
中村扇雀が長年、演じてみたかった役柄だそうだ。
まあ、映画のほうは、安田道代が思い切り悪事を働くと同時に男との濡れ場を熱演している、楽しい時代劇になっているのだ。
このころは、谷崎映画を大映が本格的に製作しており、若尾文子や京マチ子が美しい姿態を見せつけて、大人気になっていた。
同じ大映所属の安田道代としては、1967年に「痴人の愛」三作目で悪女を演じ、3年後のこの作品でも存在感を示そうと張り切っていたのだろう。
これぞ悪女というぶっ飛んだ演技が光る。
この映画は、2年前に衛星劇場で上映されたようだ。
この映画のDVDがアマゾンで販売されている。