「悪党」
1965年11月21日公開。
南北朝時代の武士の世界での男女のもつれを描く。
原作:谷崎潤一郎「顔世」
監督・脚本:新藤兼人
キャスト:
- 師直:小沢栄太郎
- 顔世:岸田今日子
- 侍従:乙羽信子
- 塩冶判官:木村功
- 山城守宗村:殿山泰司
- 六郎:加地健太郎
- 八幡三郎:清水綋治
- 木村源三:大木正司
- 桃井播磨守:森幹太
- 大平出雲守:江角英明
- 山名伊豆守:原田清人
- 薬師寺次郎左衛門:高橋幸治
- 兼好法師:宇野重吉
- 覚一検校:和沢昌治
あらすじ:
十四世紀、南北朝の動乱期、高師直小沢栄太郎が、足利将軍家の執事として一世の権威を誇っていたころのこと。
ある日師直は、侍従から、今は田舎武士の塩冶判官高貞(木村功)の妻となっている絶世の美女・顔世(岸田今日子)の話を聞き、すっかり恋の病におちいって、早速侍従に顔世との間をとりもつように命じた。
さらに師直は、自ら高貞の館に忍び込み、湯あみする顔世のあで姿を見て恍惚となった。
これを境に師直の顔世への欲望は絶ちがたくなり、兼好法師に恋文を代筆させて顔世に届けた。
しかし顔世の返事はなかった。
師直はさらに二度目の恋文を顔世に送った。
ところが、これが発覚し、塩冶一族は思案にくれてしまった。
今を時めく執政の実力者の願いを無下に拒んでは、塩冶一門にどんな災難がふりかかるかわからないのだ。
そんなある夜、侍従が顔世のもとに忍びこみ、師直を慰めてくれるよう懇願した。
顔世はしかたなく、師直の、道ならぬ恋を戒めた返書を師直のもとにとどけた。
即座に師直は塩冶判官に、即刻出雲へ帰り北国黒丸を討伐せよという命令を下した。
高貞の出征中に、力ずくでも顔世をわがものにしようというのだ。
だが心から顔世を愛する高貞は、何とかこの運命を打開しようと決心した。
そんな折も折、事態の険悪になるのを恐れた侍従が再び、判官の館にしのびこみ、愛する夫のためにかたくなに師直の願いを拒みつづける顔世をそそのかした。
だが、これを一部始終盗み聴いていた高貞は、侍従を捕えて縄をかけ今一度顔世の愛をたしかめた。
やがて意を決した高貞は、叔父山城守宗村の助力で顔世をともなって出陣した。
しかし、これを不服とする師直は、高貞に謀叛の下心ありと進言して、追手をさしむけた。
やがて幕命による塩冶判官追討の大軍がくだされ、今はこれまでと覚悟を決めた高貞と顔世は最後の別れに侍従を前にして激しい抱擁をかわした。
高貞は再び潮のような討伐隊に向かって出陣し、顔世は自決した。
待ちわびる師直の前に顔世の首がおかれた。
その時半狂乱になって引きすえられていた侍従が口を開いた「百万の軍勢で攻めようとも人の魂はとれませぬな」と。
うろたえる師直の姿を、すべてを拒否し愛に生きた顔世の首が静かに見つめているようであった。
コメント:
原作は、谷崎潤一郎の戯曲「顔世」である。
だが、谷崎の創作ではなく、古典からの引用だという。
歌舞伎にもそれがあるという。
『仮名手本忠臣蔵』は、元禄年間に起きた赤穂浪士の討入を『太平記』の世界になぞらえて劇化した演目だが、そこに「顔世御前」が登場する。
芝居の中で、吉良上野介(きらこうずけのすけ)は将軍足利家の執事であった高武蔵守師直(こうのむさしのかみもろのお)、浅野内匠頭長矩(あさのたくみのかみながのり)は出雲の領主塩冶判官高貞(えんやはんがんたかさだ)となっており、この高師直が塩冶判官の妻顔世御前に横恋慕するところから話は始まる。
また、この「顔世御前」の逸話は、さらに昔「太平記」にも物語として存在していたようだ。
『太平記・巻二十一 塩冶判官讒死事(ざんしのこと)』によると、以下の通り:
金と権力をにぎっていた高師直は、塩冶判官の妻・顔世(かおよ)が絶世の美女だと噂に聞き、何とか手に入れようとする。
だが、顔世は貞節を守って相手にしない。
あまりしつこく付きまとうので、顔世の侍女が「風呂上りのスッピンの顔でもみせたら熱も冷めるだろう」と思い、手引きをして風呂上りの顔世の姿を覗かせるのだが、高師直はその色香にますます恋心を募らせて...。
これは江戸時代に流布していた話らしく、師直が風呂場を覗く錦絵がいくつも残っているという。
その後、高師直は顔世欲しさのあまり、夫の塩冶判官を讒訴し、夫婦は子供を連れ二手に分かれて領国出雲へ逃亡を図るが、高師直の追っ手にかかり悲惨な最期を遂げることになったのだという。
『絵本忠経』より。
高師直が塩冶高貞の妻の湯浴みを覗き見したという創作を描いた図。
このストーリーを、改めて戯曲にしたのが、谷崎潤一郎であった。
さて、映画はその戯曲を原作として、新藤兼人の監督・脚本で製作されている。
14世紀の乱世にはびこる下層武士たちの醜い出世争いをよそに、欲望のまま家臣の妻を我がものにしようとする権力者(小沢栄太郎)の愚かな姿を描いている。
いかなる甘言にも耳を貸さず、夫への操をたて自害の道を選んだ顔世役の岸田今日子の美しさが際立つ。
さらに、保身のために謀略をめぐらす侍従役の乙羽信子の表情豊かな演技は見事。
自分の罪を悟った乙羽が顔世の首を抱きかかえたまま狂気に支配されるラストシーン。
そこで微かに笑う顔世の首。
これには圧倒される。
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