「ルナ」
(原題:La Luna)
1979年9月30日公開。
青年の成長と家族の大切さを描くヒューマンドラマ。
脚本:ジュゼッペ・ベルトルッチ、クレア・ペプロー、ベルナルド・ベルトルッチ
監督:ジュゼッペ・ベルトルッチ
キャスト:
- カテリーナ・シルヴェリ - ジル・クレイバーグ
- ジョー・シルヴェリ - マシュー・バリー
- ジュゼッペ - トマス・ミリアン
- ジュゼッペの母 - アリダ・ヴァリ
あらすじ:
南欧の海に面した別荘風の家のべランダ。
若く美しい母親カテリーナ(ジル・クレイバーグ)は、赤ん坊に蜜を与えていたが、途中でレコードをかけて踊り出し、置き去りにされた赤ん坊は、祖母によってあやされた。
月日は流れ、赤ん坊は14歳の多感な少年ジョー(マシュー・バリー)に成長し、母のカテリーナは、世界的なプリマドンナとして活躍し、夫と共にニューヨークのブルックリン・ハイツに住んでいた。
カテリーナが、ローマでのオぺラ公演に出発しようと準備をしている時、同行するはずだった夫が事故死した。
ショックを受けたカテリーナは息子ジョーを連れてイタリアに行くことにした。
ローマでのジュゼッペ・ヴェルディの「イル・トラバトーレ」は大成功に終り、彼女ヘの賞賛は以前にも増した。
しかし、カテリーナとは対称的に義理の関係であったにせよ父を失ったジョーの気分は沈み、孤独だった。
学校でアリアンナ(エリザベータ・カンぺティ)という少女と知り合ったジョーは映画館の中で彼女とセックスしようとするが、その時彼の意識の中に浮んだ“月”のイメージから母を思い出し、その場を去った。
ある日、楽屋で彼女のファンであるマリナ(ヴェロニカ・ラザール)らに取り囲まれたカテリーナのもとを訪れたジョーは、ますます孤立した気分を味わった。
翌日、ジョーの15歳の誕生日を祝うパーティで、カテリーナはジョーが麻薬を打っているのを目撃し、ショックを受ける。
息子が急に理解できなくなった彼女は、マリナに取りすがって泣いた。
そして禁断症状に苦しみだす程に麻薬に深入りしたジョーの姿を見て、かなえられない愛の代用品として麻薬を用いだしたのではないかと思うようになった。
ある日、ジョーと2人だけのパーティを過ごすことになったカテリーナは喜び勇んで席につくが、ささいな事で口論となり激しい殴り合いにまで発展した。
しかし、ジョーを救うためには惜しみない愛を与えるしかないと考えた彼女は、彼に麻薬を与え身体をマッサージしてやった。
そして、彼女は初めて歌を学んだ北イタリアのある町にジョーを連れて行き、そこにジョーの実父がいることを告げ、ある小学校の前でジョーをおろした。
1人、校内に入り、絵を教えている男を見つけたジョーは、ある予感を感じ、床の上に月の絵を書いた。
授業が終って帰宅するその男ジュゼッぺ(トマス・ミリアン)の後をつけたジョーは、いつの間にか海に面した別荘風の家にたどりついていた。
そこでジュゼッぺが彼の母(アリダ・ヴァリ)と対話している光景を見たジョーはすべてを察知した。
ジュゼッぺこそ、ジョーの実の父だったのだ。
カテリーナが、カラカラ浴場の遺跡でオぺラ「仮装舞踏会」のリハーサルに没頭している時、ジョーは観客席で母を見守っていた。
そこヘジュゼッぺが現われた。
歌いながら眼と眼をかわすカテリーナとジュゼッぺ。
そして、はじめはジョーに平手うちをくわせたジュゼッぺも、やがてやさしい微笑を送り、父と息子と母は、いま初めて家族の絆をとりもどすのだった。
コメント:
父と死別した少年とその母の旅路を通して、親子の交流を描くヒューマンドラマ。
世界的なオぺラ歌手である母親と多感な少年であるその息子の愛情を中心に、人間の原体験を“月”(ルナ)にシンボライズして描く。
だが、単なる母と息子の物語ではなく、かなり怪しい近親相姦的な映像になっている。
やはり鬼才・ベルトリッチだ。
ベルトルッチのそれまでの作品からすれば、かなりわかりやすい映画である。
しかし、アメリカの話を告げつつも、イタリアに戻って少年が親子の絆について理解する過程のエピソードは見事だと思う。
アリダ・ヴァリが出てきて驚いた。
『結婚しない女』で有名なクレイバーグが、この映画の彼女は母親として存在している。
女性というより母親としての彼女もまた美しいと思える。
しかし、
後半のイタリアのシーンだけは説得力があった。
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