「暗殺の森」
(原題:Il conformista)
1970年10月22日公開。
日本に初めて紹介されたベルトルッチ監督作品。
戦争を背景にしたサスペンス・ミステリードラマ。
原作:アルベルト・モラヴィア
監督・脚本:ベルナルド・ベルトルッチ
キャスト:
マルチェロ:J・L・トランティニャン
リノ:P・クレマンチー
ジュリア:S・サンドレッリ
カドリ:D・タラシオ
マニャニエーロ:G・マスキン
アンナ:ドミニク・サンダ
マンガニエロ:ガストーネ・モスキン
あらすじ:
どう見てもマルチェロ(J・L・トランティニャン)は若くて健康な青年だったが、十三歳のとき体験した事件が深く心につきささり、今もってぬぐいさることができない。
あれは学校の帰り道のときだった。
友だちにいじめられているところを軍服姿のリノ(P・クレマンチー)が助けてくれ、家に連れていかれた。
リノはかつて牧師であり、その自分が少年に慾望を抱いたことで傷つき、マルチェロに拳銃を渡し、撃つように頼んだ。
マルチェロは引金をひいてその場から逃げたのであった。
大人になったマルチェロは、殺人狂かもしれない自分の血筋から逃れるために、熱狂的なファシストになっていった。
大学で哲学の講師をしている彼は、大佐から近く内務省に出頭するよう命じられた。
そして、彼の恩師であるカドリ(D・タラシオ)について調査せよとの命令が下ったとき、彼は婚約者のジュリア(S・サンドレッリ)との新婚旅行と、任務を同時にやりたいと提案した。
パリに亡命しているカドリを訪ねるにはうってつけの口実だ。
政府のエージェントとしてマニャニエーロ(G・マスキン)が同行することになった。
やがて命令が変更され、カドリから情報を得るだけでなく、彼の抹殺に手をかすよう要請された。
パリに着いた新婚夫婦はカドリの家へ招待され、彼が最近婚約したアンナ(ドミニク・サンダ)に紹介された。
数日後、ふた組の夫婦がレストランで会ったが、片隅にはマニャニエーロが隠れていた。
アンナがサボイアにある彼女の家へ行こうと誘ったが、マルチェロと二人きりになりたかったジュリアが断わると、明日ベルサイユに案内しようといった。
再び尻ごみするジュリアをマルチェロが注意し、結局その夜はサボイアの家に泊ることになった。
夕食の後、四人はダンス・ホールへ行った。
マルチェロは、後をつけてきたマニャニエーロに、明日はサボイアの家からカドリが車で一人で出るだろうと教えた。
ジュリアとアンナをベルサイユに連れて行けば、カドリは一人になるはずだった。
翌朝早く、マニャニエーロが電話でカドリが出たことを知らせてきた。
しかしその車にはアンナも乗っていた。
二人が乗った車をマルチェロとマニャニエーロの車が追った。
そしてマルチェロの目の前で、アンナもカドリの道連れになって殺された。
数年後、マルチェロはジュリアと小さな娘の三人でローマのアパートで暮していた。
一九四三年七月二五日、ラジオがファシズムの崩壊を報じた。
盲目の友人・イタロから電話があり、町にいっしょにいってその状況を説明してくれという。
彼はイタロを連れて大混乱の夜の町を歩き、曲り角へきたとき、自分の目を疑った。
少年の日の思い出が、奔流のように彼の頭の中をかけぬけた。
そこには自分が射殺したはずのリノが生きているではないか。
すべてが虚構だった。
彼自身をふくめた一切の過去がくずれ去っていった。
コメント:
一九二八年から四三年までの、ローマとパリにおけるファシズムがおこってから崩壊するまでの物語。
第二次世界大戦前夜のイタリア、フランスを舞台に、幼い頃のある事件を心に秘めた青年が「優柔不断なファシスト」になっていく姿を描く。
日本公開は1972年9月。
日本に初めて紹介されたベルトルッチ監督作品であると同時に、ドミニク・サンダが日本において人気女優になるきっかけとなった作品でもある。
イタリアの巨匠・ベルナルド・ベルトルッチ監督の初期の名作である。
ベルトルッチ監督作品の中で、「ラスト・エンペラー」よりも本作を推すファンは多いという。
心理描写と練られたストーリーは卓越したものがある。
原題:の「Il conformista」とは、「適合者」。
この映画では、「体制順応者」を意味しているのだという。
主人公・マルチェロの人生を暗示するタイトルになっている。
この映画は、少し難解だ。
その理由の一つは、回想シーンが、主人公のフラッシュバックのスタイルで何度も出て来るところだ。
第二次世界大戦前夜、イタリアでファシスト党の秘密警察の一員となった男が、恩師である大学教授の暗殺を命じられ実行しようとする。
妻とパリのホテルに滞在していた男に電話が来る。
彼らが出た、と。
男は仲間の運転する車に乗る。
道すがら男の回想が始まる。
回想で次第に分かってくるのは、彼は盲目の知人に勧められてファシスト党に入り、秘密警察に属していること、恩師の大学教授の監視という任務が暗殺に変わったこと、13歳の頃に同性愛の青年に迫られて射殺したこと、新婚旅行にかこつけてパリへ行き教授に接触したこと、教授の若い妻に魅了されて関係を迫ったこと、男の妻と教授の妻が意気投合し自由奔放に振る舞ったこと、などなど。
順を追って見てみると:
1938年のパリ、マルチェロ・クレリシは元大学教授のルカ・クアドリを暗殺する準備を整え、妻のジュリアをホテルの部屋に残した。
通報を受けたマルチェロは、部下のマンガニエロ特別捜査官が運転する車で迎えに来る。
一連のフラッシュバックでは、マルチェロが盲目の友人イタロと結婚の計画、ファシスト秘密警察への入隊の試み、両親への訪問について話し合う姿が描かれる。
モルヒネ中毒の母親は朽ち果てた別荘で、父親は精神異常者の自宅へ。
フラッシュバックで、マルチェロ少年は、運転手のリノによって救出されるまで、クラスメートから辱めを受けていた。
リノはマルチェロにピストルを見せ、性的な誘いをかける。
彼はそれに反応するが、そのあとピストルをつかみ、壁とリノに向かって発砲した。
彼は殺人を犯したと信じて逃走する。
別のフラッシュバックでは、マルチェロとジュリアは、たとえ彼が無神論者であっても、ローマカトリック教徒の両親が結婚を許可するために告白する必要性について話し合う。
マルチェロもこれに同意し、司祭の前での告白の中で、リノとの同性愛とその後の殺害、婚前交渉、そしてこれらの罪に対する無罪など、多くの罪を犯したことを認めた。
マルチェロは、ジュリアのことをほとんど考えていないが、子供がいる伝統的な結婚がもたらす正常さを切望していることを認めている。
司祭はショックを受けるが、マルチェロが反ファシズム自警弾圧機構と呼ばれるファシスト秘密警察で働いていると聞くと、マルチェロを赦免する。
その後、マルチェロは、かつての恩師であるクアドリ教授の暗殺を命じられる。
クアドリ教授は率直な反ファシスト知識人で、現在はフランスに亡命している。
そこで、新婚旅行を隠れ蓑に、彼はジュリアをパリに連れて行き、そこで任務を遂行する。
クアドリを訪れている間、彼は教授の妻であるアンナに恋をし、彼女を追いかける。
彼女と夫はマルチェロが危険なファシストであることに気づいているが、彼の誘いに応じてジュリアに親密な愛着を抱き、ジュリアに対して性的な誘いもする。
ジュリアとアンナは豪華な服を着て夫とともにダンスホールに行き、そこでマルチェロのファシストへの献身がクアドリによって試される。
マンガニエッロもそこにいて、しばらくマルチェロを追っていたが、彼の意図を疑っていた。
マルチェロは渡された銃を密かに返し、翌日二人で行く予定のクアドリの別荘の場所をマンガニエッロに教える。
マルチェロはアンナに夫と一緒に田舎に行かないように警告したにもかかわらず、アンナは車で旅行することにした。
人けのない高山の道路で、恐怖にふるえるアンナが見守る中、ファシスト工作員たちがクアドリを襲って、刺す。
男たちが彼女に注意を向けると、彼女は助けを求めて後ろの車に走った。
車の後部に乗っているのがマルチェロであることに気づき、彼の裏切りに気づいたアンナは叫び始め、その後エージェントから逃げるために森に逃げ込む。
マルチェロは、彼女が森の中で追跡され、射殺されるのを見守っている。
マンガニエロは、車に駆け寄ったアンナを撃たなかったマルチェロの卑劣さにうんざりしながら、タバコを吸いに車から立ち去った。
1943年、マルチェロにはジュリアとの間に生まれた子供がいて、ベニート・ムッソリーニの辞任とファシスト独裁政権が発表されると、どうやら従来の生活に落ち着いたようだった。
彼はイタロから会議に呼ばれる。
歩いていると、二人の男の会話を耳にする。
マルチェロはそのうちの一人が、マルチェロの攻撃を生き延びたリノであると認識する。
マルチェロはリノをファシスト、同性愛者、そしてクアドリス殺害の犯人として公に非難する。
彼は激怒してイタロをファシストとして非難もする。
君主主義者の政治的群衆がイタロを連れて通り過ぎていく中、マルチェロは小さな火のそばに座り、リノが話していた男を後ろから見つめ、裸でベッドに横たわっていた。
という感じになる。
話の始まりは、子供時代のトラウマが原因となり、主人公・マルチェロがファシストになるところから。
戦争に突入した日本と同じで、イタリアもファシズムの流れで生きるために思想を変えていく。
そこが非常に切ない。
第二次世界大戦を描く題材は、ヒトラーやアンネ・フランクなど名の知れた人物のものが必然的に多くなる。
しかし本作では、ごく普通の一般市民であるマルチェロが中心となっているだけに、より強く心に伝わる。
仕方なく体制に組み込まれる人間の悲劇は、説得力がある。
単なる反戦映画ではなく、戦争や暗殺や同性愛や不倫など、人間の邪悪なものをさらすことで、より深みのあるサスペンスタッチの作品に仕上げている。
ドミニク・サンダの美しさも見逃せない。
単純に反戦映画というだけでなく、この女優の妖艶な異彩を放つところも本作の魅力なのだ。
この人は、パリ生まれのフランス人。
本作『暗殺の森』や『1900年』など、ベルナルド・ベルトルッチ作品で有名になった。
1972年、長男ヤンを出産。子どもの父親は、当時交際していた映画監督のクリスチャン・マルカン。
1976年の『沈黙の官能』でカンヌ国際映画祭の女優賞を受賞している。
ベルトルッチ監督は、21歳に監督デビューし、イタリアを代表する映画監督として名を馳せた。
代表作は、『暗殺のオペラ』(1970年)、『暗殺の森』(1970年)、『ラストタンゴ・イン・パリ』(1972年)、『1900年』(1976年)、『ラストエンペラー』(1987年)、『シェルタリング・スカイ』(1990年)。
本作は、映画の隅から隅まで、照明と言い、構図と言い、アングルと言い、凝った長回しと言い、溜息が出るほどの芸術的な映像である。
まさに映像美に酔うという感じ。
これぞ、ベルトルッチの世界だ。
1940年生まれのベルトルッチ監督は、この作品を撮った頃は30歳になったばかり。
この人の才気と進取の精神に満ちた若さを感じるとともに、その芸術性の高さに驚かされる。
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