「アポロンの地獄」
(原題:Edipo Re)
1967年9月3日公開。
ギリシャ悲劇『オイディプス王』を原作としたイタリア映画。
世界中を震撼させたスキャンダラスな作品。
原作:ソポクレス『オイディプス王』
監督・脚本: ピエル・パオロ・パゾリーニ
キャスト:
- エディポ(オイディプス王): フランコ・チッティ
- イオカステ: シルヴァーナ・マンガーノ - オイディプスの実母。テーバイの王妃。
- メロペ: アリダ・ヴァリ - オイディプスの養母。コリントスの王妃。
- テイレシアス: ジュリアン・ベック - 盲目の予言者。
- クレオン: カルメロ・ベネ - テーバイの摂政。イオカステの実弟。
- アンゲロス: ニネット・ダヴォリ - テーバイの伝令。
- ライオス: ルチアーノ・バルトーリ - オイディプスの実父。テーバイの国王。
- ポリュボス: アーメッド・ベルハクミ - オイディプスの養父。コリントスの国王。
- ライオスの従者: フランチェスコ・レオネッティ - 赤ん坊のオイディプスを殺すように命じられた男。
- 羊飼い: ジャンドメニコ・ダヴォリ - 赤ん坊のオイディプスを拾った男。コリントスからの使者。
- 司祭: イヴァン・スクラトゥリア
- 大祭司: ピエル・パオロ・パゾリーニ
あらすじ:
一人の女が、男の児を生んだ。
あどけないその赤ん坊の顔をみて、父親は暗い予感にとらわれた。
「この子は、私の愛する女の愛を奪うだろう。そして、私を殺し、私の持てるすべてを奪うであろう」。
--舞台は古代ギリシャに飛ぶ。
太陽に焼けただれた赤土の山中に、一人の男が赤ん坊を捨てにきた。
泣きさけぶ赤ん坊をさすがに殺すことはできず、男はそのまま立ち去った。
捨て子は、コリントスの王ポリュボスにひろわれ、神に授かった子として王妃メローペ(A・バリ)の手で大事に育てられ、たくましい若者エディポ(F・チッティ)となった。
ある日、友だちと争い本当の子でないとののしられたエディポは、父母に事実を問いただし、否定されたがどうしても真実を知りたくて、神託をきくために思いたって旅にのぼった。
神託は、思いもかけぬ恐しい言葉を、エディポに投げかけた。
「お前は父を殺すだろう。そして母と情を通じるであろう。お前の運勢は呪われている」
ポリュボスとメローペを実の父母と考えていたエディポは、コリントスには再び帰らぬ決心をして長い絶望の旅を続けた。
テーベの近くまできたとき、エディポは数人の兵士と従僕をしたがえたテーベの王ライオスの一行と出会った。
ライオス王に乞食あつかいされ侮られたのを怒ったエディポは、兵士たちをつぎつぎ殺し、ライオス王をも殺した。
ただ一人、老従僕だけが、エディポの剣をのがれた。
予言は実現した。
だが、エディポには知るよしもなかった。
テーベに到着したエディポは、人々が続々と、町を逃げて行くのに会った。
聞くと、暗黒の国からきたスフィンクスが、人々を恐怖と災いのどん底に突きおとしているとのことだった。
エディポは単身スフィンクスに挑戦し、殺した。
スフィンクスを退治した者は、ライオス王の后イオカステ(C・マンガーノ)を妻とし、テーベの王になれるという布告が出ており、エディポは、テーベの王となった。
それから間もなく、テーベにはおそろしい疫病が流行しはじめた。
イオカステの弟クレオンが、アポロンの神託を受けてきた報告によるとこれは天の怒りで、その怒りをとくためには、ライオス王の殺害者をのぞかなければならぬということだった。
エディポは犯人探索もはじめた。
そのため予言者ティレシアスが召された。
ティレシアスの言葉から、その犯人が自分であるとエディポは聞かされた。
それが真実かどうか、エディポはライオス王の死を知らせたという羊飼いにあった。
その男こそが、彼を山中に捨てた男だった。
今こそエディポは真実を知った。
衝撃に打ちのめされたイオカステは首をつって自殺した。
エディポは自らの手で両眼をえぐり、あてのない放浪の旅に出た。
--そして現代。
一人の盲人が、若者の肩につかまり、さまよって行く。
その顔は、エディポに、そっくりである。
コメント:
表向きはギリシャ悲劇として有名な「オイディプス王の物語」の映画化である。
原作であるソポクレス作品は、王となったオイディプスを時の中心とし、災禍が下ったテーバイでアポロンの神託により国から除かねばならないとされた災いの原因をもとめる物語である。
次々となされる証言や告白によって、誰も知らなかった過去の真実が次第に暴かれて行く形をとっている。
これに対して、映画では全場面が過去から未来へ、時間軸に従って展開される。
映画は、監督・パゾリーニの故郷であるイタリアのボローニャから始まる。
母親が出産し、子供が成長したのち、両親の寝所を覗き見たところから突如場面が転換しオイディプスの物語が始まる。
オイディプスの物語が終わるとまた現代のボローニャに戻り映画が幕を閉じる。
本作の真の姿は著名な作品であるオイディプス王に形を借りたパゾリーニ自身の物語になっているのである。
原作の「オイディプス王の物語」は、エディプスコンプレックスとして日本でも知られる父母と息子の人間関係を描いた有名なギリシャ悲劇である。
「オイディプス」とは「エディプス」のことだ。
エディプスコンプレックスとは、母親を手に入れようと思い、また父親に対して強い対抗心を抱くという、幼児期においておこる現実の状況に対するアンビバレントな心理の抑圧のことをいう。
深層心理学者・フロイトは、この心理状況の中にみられる母親に対する近親相姦的欲望をギリシア悲劇の一つ『オイディプス』(エディプス王)になぞらえ、エディプスコンプレックスと呼んだ。
これを現代のイタリアにおける物語と交錯させて、独特の映像を創り上げたのが本作なのだ。
メインの場面はモロッコで、プロローグとエピローグはイタリアで撮影された。
原題の『Edipo Re』は、原作の「オイディプス王の物語」という意味である。
日本語タイトル『アポロンの地獄』は全くそれとは無関係のものになっている。
アポロンとは、ギリシャ神話における中心の神の名前だ。
監督・脚本:をつとめたピエル・パオロ・パゾリーニは、イタリアを代表する映画監督。
代表作は、『奇跡の丘』(1964年)、『テオレマ』(1968年)、『デカメロン』(1971年)、『アラビアンナイト』(1974年)、『ソドムの市』(1975年)。
この作品で最も存在感を放っているのは、オイディプスの実母であるイオカステを演じているシルヴァーナ・マンガーノだ。
この人は「にがい米」でも圧倒的なグラマー女性を熱演していた。
1930年にローマで生まれ、7歳から13歳までジア・ルースカヤ舞踏研究所でバレエを習う。
16歳の時、ミス・ローマに選ばれたのがきっかけとなり、1946年に端役で映画にデビュー。
その後、映画実験センターに入学して、本格的に演技を学ぶ。
1948年、ジュゼッペ・デ・サンティス監督に見出され『にがい米』に主演、当時としては強烈なセックス・アピールで一躍スターとなる。
日本では「原爆女優」と呼ばれた。
1949年に『にがい米』の映画プロデューサーであるディノ・デ・ラウレンティスと結婚し、夫がプロデュースする作品に数多く出演した。
グラマー女優としてキャリアを続けたが、『華やかな魔女たち』が転機となり、その後ルキノ・ヴィスコンティ監督やピエル・パオロ・パゾリーニ監督の作品では主に貴族やブルジョワの中年女性を演じるようになる。
『にがい米』に出演した時はまだ20歳の若さだった彼女だが、本作では37歳になっており、女の色香がハンパない。
これぞ女だという雰囲気が全身からほとばしっている。
この人は、ソフィア・ローレンに匹敵するイタリア映画界での女王であった。
主要作品は以下の通り:
- 『にがい米』 - Riso amaro (1948)
- 『シーラ山の狼』 - Il lupo della Sila (1949)
- 『紅薔薇は山に散る』 - Il brigante Musolino (1950)
- 『アンナ』 - Anna (1951)
- 『マンボ』 - Mambo (1954)
- 『ユリシーズ』 - Ulisse (1954)
- 『人間と狼』 - Uomini e lupi (1957)
- 『テンペスト』 - Tempest (1958)
- 『海の壁』 - The Sea Wall (1958)
- 『戦争・はだかの兵隊』 - La Grande guerra (1959)
- 『五人の札つき娘』 - 5 Branded Women (1960)
- 『バラバ』 - Barabbas (1962)
- 『私は宇宙人を見た』 - Il disco volante (1964)
- 『華やかな魔女たち』 - Le Streghe (1967)
- 『アポロンの地獄』 - Edipo re (1967)
- 『テオレマ』 - Teorema (1968)
- 『ベニスに死す』 - Morte a Venezia (1971)
- 『デカメロン』 - Il Decameron (1971)
- 『ルートヴィヒ』 - Ludwig (1972)
- 『家族の肖像』 - Gruppo di famiglia in un interno (1974)
- 『デューン/砂の惑星』 - Dune (1984)
この映画は、YouTubeで全編無料視聴可能: