「帰郷 (1950）」
1950年11月25日公開。
戦中から戦後にかけて生きた異色の日本人を描いた創作を映画化。
大佛次郎の太平洋戦争への憎しみが感じられる名作。
原作：大佛次郎「帰郷」
脚本：池田忠雄
監督：大庭秀雄
キャスト：
- 守屋恭吾：佐分利信
- 高野左衛子：木暮実千代
- 守屋伴子：津島恵子
- 母・節子：三宅邦子
- 隠岐達三：山村聡
- 牛木利貞：柳永二郎
- 高野信輔：徳大寺伸
- 憲兵曹長：三井弘次
- 小野崎公平：日守新一
- 岡部雄吉：高橋貞二
- 岡村俊樹：市川笑猿
- お種：坪内美子
- 新聞記者：増田順司
あらすじ：
第二次世界大戦中、シンガポールが日本軍の手にあったとき、この町へ進出して、料亭を経営していた高野左衛子（木暮実千代）という女性は、その美貌と辣腕とをもって軍部のあいだに顔を利かせていた。
そうしたある日、海軍参謀の牛木大佐（柳永二郎）が、左衛子をマラッカのある華僑の家へ連れて行って、守屋恭吾（佐分利信）という男に紹介した。
恭吾は、牛木と海軍で同期生であったが、海外にあるとき上官や同僚の汚職を自分が一人でひっかぶって姿を消し、長年海外の放浪を続けていた男であった。
牛木大佐は間もなく軍の作戦でシンガポールを去ったが、ある日、シンガポールの町で、恭吾と左衛子は再び会い、空襲のあった夜を、ホテルの一室で過ごした。
左衛子はその一夜で恭吾に一目ぼれしたのだが、恭吾の方は再び逢うことを拒んだ。
その上左衛子が秘かにダイヤモンドを買いあさっていることなどを、それとなく皮肉に指摘されたことの口惜しさも手伝って、彼女は、不審人物として恭吾の跡をつけ回っていた憲兵曹長に、恭吾を売ってしまった。
終戦後、再び左衛子は東京にその麗姿を現わし、築地に料亭を経営するかたわら、銀座にキャバレーを開店し、その上、岡村俊樹というアプレ学生に出資して出版屋をやらせていた。
ある日、ふとしたことから守屋恭吾の日本へ残した娘・伴子（津島恵子）の所在を知って、これに近づいて行った。
それと同時に、俊樹を使って恭吾のその後の消息を探らせた。
俊樹は、鎌倉に住む牛木を訪ねて、恭吾が日本へ帰っていること、目下京都へ行っていることなどの情報をもたらした。
左衛子は、伴子が雑誌と洋裁の仕事をしているのを幸いに、洋服を注文したいからという口実で築地の家へ呼び、日本へ帰っている父と会えと勧め、自分の持っていたダイヤの指輪を無理に伴子に持たせた。
伴子は、恭吾が海外で消息を絶って死んだと伝えられてから、母節子の再婚に伴われて隠岐達三という学者に養われていた。
母の節子が、気難かしく、人一倍世間体をやかましく言う夫にまめまめしく仕えているのも、ただひたすら伴子を一人前に育て独立させたいことと、達三との間に生れた太郎への愛情からであることを知っている伴子は、父恭吾の出現によって、母のこの平和を乱されたくないと思い、左衛子の勧めに従って、京都の宿で父に会った。
左衛子は恭吾と会うことを避けたが、伴子が持っていたダイヤの指輪から、この父娘の再会を企んだのが左衛子であることを恭吾は知った。
しかし恭吾は美しく賢く成長した伴子を見て嬉しかった。
と同時に伴子とその母節子と、そして太郎との幸福を護るためには、自分は日本にいてはならない人間であることを悟った。
その後、恭吾は再び東京に現われ、築地の宿で左衛子と相対していた。
恭吾を売った罪を詫びた左衛子は、名ばかりの夫・高野信輔とも離婚し、事業も全て捨ててしまうから、恭吾と一緒にどこへでも連れて行ってと哀願する。
恭吾はそれをトランプの勝負で決めようという。
だが、恭吾は秘かに左衛子の勝札を抜き取っておいたのだった。
コメント：
原作となっている「帰郷」は、1948年4-11月の期間に『毎日新聞』に連載された小説である。
大佛次郎の小説の中で、日本の太平洋戦争への憎しみや怒りが色濃くただよう作品である。
日本と言う国がいかに愚かだったかを主人公の行動や発言に込めている、名作中の名作と言って良い。
大ヒットした「鞍馬天狗」シリーズでは、日本の幕末から明治維新を舞台にして、大佛次郎の歴史観がうかがえるものになっているが、「帰郷」では、その後の日本がどのようにして太平洋戦争という愚かな行為を通して日本人を不幸にしてしまったかを小説という形式を通して、厳しく追及しているのだ。
この小説においては、主人公がマラッカというポルトガルの植民地だった町の様子や、イギリスの植民地だったシンガポールの様子などが描かれていて、趣がある。
戦前から戦中のシンガポールやマレーシアにおいて、華僑と呼ばれる移民した中国人たちの不思議なネットワークのすごさや、それに対する日本軍の愚かさが描かれている歴史小説的な部分もあり、大佛次郎が1943年末から44年初めまで同盟通信社の嘱託記者としてこの辺りを取材して得た知識が披瀝されている。
そして、主人公とヒロインとの刹那的な出会いが、戦後の日本において主人公と彼の娘との再会を実現させるという物語になっているのだ。
このあたりのストーリー作りはなかなか味がある。
おそらくこの小説は、高レベルなミステリアス小説としても一級品であろう。
なんといっても、クライマックスは、京都の苔寺で、佐分利信の演じる主人公が、津島恵子の演じる娘の伴子に会うシーンだ。
このシーンにたどりつくまでの、主人公の苦難と、ヒロインとの出会い、主人公の妻だった女性（三宅邦子）の苦しい立場がわかる場面などを通して、主人公の娘がどんな立場だったかが理解出来るように設定されているので、父娘の再会のシーンは、涙を禁じ得ない。
この映画が残念なのは、ポスターがまるで小暮美千代主演のように見せていることだ。
これは気に入らない。
この映画は、小暮美千代主演のメロドラマではないはずだ。
こうしたら映画が売れるだろうと思っていたのだろうが、それは小賢しいテクニックだ。
これは、佐分利信演じる孤独な男の悲しい物語なのだ。
1964年にこの作品はリメイクされている。
主人公を森雅之が、その娘役を吉永小百合が、ヒロインを渡辺美佐子が演じている。
だが、キューバの動乱を背景にしているので、あの太平洋戦争をどう見るかについては全く無関係になっている。
ぜひとも令和の映画監督のどなたかが、別のリメイク版を制作していただきたいものだ。
小説に忠実な内容で、太平洋戦争という不幸を背景にしたシリアスな作品がリメイクされることを望む。
この映画は、YouTubeで全編無料視聴可能。