イタリア映画 「白夜」ドストエフスキーの名作を映画化! ヴィスコンティ監督の感動作! | 人生・嵐も晴れもあり!

人生・嵐も晴れもあり!

人生はドラマ!
映画、音楽、文学、歴史、毎日の暮らしなどさまざまな分野についての情報やコメントをアップしています。

「白夜」

(原題: Le notti bianche)

 

White Nights (1957) - IMDb

 

「白夜」 全編

 

1957年9月6日公開。

ドストエフスキーによる同名の短篇小説の映画化。

ヴェネツィア国際映画祭銀獅子賞。

 

原作:ドストエフスキー「白夜」

脚本:ルキノ・ヴィスコンティ、スーゾ・チェッキ・ダミーコ

監督:ルキノ・ヴィスコンティ

 

キャスト:

  • マリオ:マルチェロ・マストロヤンニ
  • ナタリア:マリア・シェル
  • 下宿人:ジャン・マレー
  • 娼婦:クララ・カラマイ
  • 踊る男:ディック・サンダース
  • 下宿の女将:マルチェラ・ロヴェーナ

 

White Nights

 

あらすじ:

イタリアのある港町。

ここへ転勤してきたばかりの青年・マリオ(マルチェロ・マストロヤンニ)が夜の小路を散歩していると、運河の橋際に立つ一人の少女(マリア・シェル)を見つけた。

女は泣いていた。

マリオは好奇心にかられ、見知らぬ町での狐独な自分を慰めるためにも、この女に声をかけた。

彼女は大きな悲しみに打ちひしがれているかに見えた。

マリオは自己紹介をして、断わる彼女を家まで送り、翌晩の再会を約して別れた。

だが女はマリオが去ったとみるや、再びもとの橋際にひき返して行った。

翌晩、女は約束をたがえて彼から逃げようとした。

マリオはなじった。

彼女は自分の行為をわび、ナタリアだと名のり、身の上を語った。

なぜ毎晩橋の上に行かねばならぬかを弁明するためにも--。

ナタリアは眼のわるい祖母と二人、二階貸しをしながら細々と暮していた。

そして下宿人の青年(ジャン・マレー)と親しくなった。

男は自分のことをなにも語らず、彼女もまた世間知らずの少女だった。

二人の間にひそやかな愛情が芽生え、ナタリアは幸福の絶頂にあった。

だが、突然、男は町を去ることになった。

ナタリアは彼とともに家を出るつもりだったが、男はそれを好まず、「一年経ったら必ず戻ってくる、その時あなたの心が変っていなければ結婚しよう」と言って、運河の橋のたもとで別れた。

--一年経ったいま、ナタリアは毎晩、約束の橋際で男を待つうち、マリオに出遭ったのだ。

マリオは、こんな夢のような話が現実に存在するのかと驚いた。

しかも男はすでに町に戻っているというのだ。

ナタリアはマリオの友情にすがって、男に手紙を渡してくれと頼む。

彼は承知したが、約束を果さなかった。

マリオの心はナタリアから離れがたくなっていたのである。

何も知らぬ彼女は期待に輝いてみえた。

手紙で約束した時間になり、ナタリアはマリオを残して橋の方へ駈けて行った。

だがそこには誰もいない。

絶望した彼女にマリオは夢中で愛を告白したが、ナタリアは振りきって行ってしまった。

傷心のマリオは町をさまよううち、再び彼女に行き遭い、そこで例の手紙の件を打ち明けた。

ナタリアは、かえってマリオに迷惑をかけたことをわび、彼の愛を受け入れて現実の世界に生きようと思った。

二人は未来を語り合いながら、雪の降り出した深夜の町を歩きつづけた。

と、例の橋の近くまで来たとき、そこに一人の男の姿があった。

ナタリアは突然駈け出した。

マリオはそれを静かに見送っていた。

 

Le notti bianche (1957) | MUBI

 

コメント:

 

ドストエフスキー初期の短篇を、十九世紀のペテルブルグから現代イタリアの港町に舞台を変えて制作された作品である。

 

まるで邦画の名作「君の名は」のような話だ。

だが、これはさらに一ひねりしてあって、男と女の仲というものの不思議さ、難しさを感じさせる作品である。

 

特に、エンドの5分間は、圧巻だ。

二人の恋の成就の直前に、昔の男が現れ、女は今の恋人と別れ、昔の男と結ばれるという。

これぞロシア文学の世界だ。

それをイタリアの映画界が自らの作品として映像を創作しているのだ。

欧州の文学と映画の素晴らしさを深く感じることができる名作である。

 

Le Notti Bianche – 1957 Visconti - The Cinema Archives

 

本作は、名匠・ルキノ・ヴィスコンティ監督が、全編を撮影所のスタジオで撮影したという。

彼の前作「夏の嵐」では、制作費が総額15億リラ、製作期間1年余という大作だった。

そのため、ヴィスコンティというのは金のかかる監督だというレッテルがはられてしまったという。

そこで本作はあえて短期間で小品も撮れるのだというところを示そうとしたという。

 

スタジオだけでの撮影と言うのは、ネオレアリズモ映画はオール・ロケを行うものだという定式に対するアンチテーゼともとれる野心作だったのだ。

 

主人公の青年・マリオを、マルチェロ・マストロヤンニが演じている。

イタリア映画を代表する名優・マストロヤンニにとって、初のヒット作品であった。

その後「甘い生活」を皮切りに、世界に羽ばたいていった。

この人は、1924年にイタリア中部の町フォンターナ・リーリの家具職人の家に生まれた。

イタリアの首都ローマと北部の工業都市トリノで育ち、その後徴兵されて第二次世界大戦にイタリア軍の兵士として参戦した。

1943年9月8日にイタリアが連合国軍に降伏し、その後、イタリア北部がドイツ軍の占領下に入るとドイツ軍の捕虜収容所に入れられたものの、からくも脱出し、その後1945年までの間イタリア北部のヴェネツィアにいた。

第二次世界大戦が終結した1945年に演劇の世界に入り、ローマで映画の制作スタッフとして働くとともに、ローマ大学の演劇センターで俳優のレッスンを受け始める。

その後イタリアを代表する巨匠、ルキノ・ヴィスコンティ監督に才能を認められ、1947年にイタリアで公開された『レ・ミゼラブル』(原題: I miserabili)で俳優としてのキャリアをスタートさせた。

 

 

なお、ドストエフスキーの原作である同名の小説を映画化した作品は世界中にあり、確認できるだけでも以下の通り:

  • 1935年のグリゴリー・ロッシャリー監督によるソ連映画。
  • 1957年のルキノ・ヴィスコンティ監督によるイタリア・フランス合作映画。
  • 1959年のイヴァン・プリエフ監督によるソ連映画。
  • 1960年のマンモハン・デサイ監督によるインド映画。
  • 1971年のロベール・ブレッソン監督によるフランス映画。
  • 2003年のFarzad Motamen監督によるイラン映画。
  • 2003年のS. P. Jananathan監督によるインド映画。
  • 2005年のアラン・シルヴァー監督によるアメリカ映画。
  • 2006年のシヴァム・ナーイル監督によるインド映画。
  • 2007年のサンジャイ・リーラー・バンサーリー監督によるインド映画。
  • 2008年のジェームズ・グレイ監督によるアメリカ映画。
  • 2015年のRazi Muhammed監督によるインド映画。

 

この映画は、YouTubeで全編無料視聴可能。