「香華」
1964年5月24日公開。
有吉佐和子原作の映画化。
配給収入:2億2748万円。
原作:有吉佐和子「香華」
監督・脚本:木下惠介
キャスト:
- 朋子:岡田茉莉子
- 郁代:乙羽信子(東宝)
- つな:田中絹代
- 太郎丸:杉村春子
- 江崎:加藤剛
- 野沢:岡田英次
- 敬助:北村和夫
- 叶楼々主:柳永二郎
- 女将:市川翠扇
- 杉浦:菅原文太
- 呉服屋の番頭:桂小金治
- 神波伯爵:宇佐美淳也
- 大叔父:村上冬樹
- 八郎(八らん):田中晋二→三木のり平(東宝)
- 村田:内藤武敏
- 安子:岩崎加根子
- 江崎の妻:奈良岡朋子
- 江崎の息子:田村正和、松川勉
あらすじ:
〈吾亦紅の章〉
明治三十七年、紀州の片田舎で朋子(岡田茉莉子)は父を亡くした。
三歳の時のことだ。
母の郁代(乙羽信子)は小地主・須永つな(田中絹代)の一人娘であったが、大地主田沢の一人息子と、須永家を継ぐことを条件に結婚したのだった。
郁代は二十歳で後家になると、その美貌を見込まれて朋子をつなの手に残すと、高坂敬助(北村和夫)の後妻となった。
母のつなは、そんな娘を身勝手な親不孝とののしった。
だが、幼い朋子には、母の花嫁姿が美しくうつった。
朋子が母・郁代のもとにひきとられたのは、祖母つなが亡くなった後のことであった。
敬助の親と合わない郁代が、二人の間に出来た安子を連れて、貧しい生活に口喧嘩の絶えない頃だった。
そのため小学生の朋子は静岡の遊廓叶楼に半玉として売られた。
悧発で負けず嫌いをかわれた朋子は、芸事にめきめき腕をあげた。
朋子が十三歳になったある日、郁代が敬助に捨てられ、九重花魁として叶楼に現れた。
朋子は“お母さん”と呼ぶことも口止めされ、美貌で衣裳道楽で男を享楽する母をみつめて暮した。
十七歳になった朋子は、赤坂で神波伯爵に水揚げされ、養女先の津川家の肩入れもあって小牡丹という名で一本立ちとなった。
朋子が、士官学校の生徒・江崎武文(加藤剛)を知ったのは、丁度この頃のことだった。
一本気で真面目な朋子と江崎の恋は、許されぬ環境の中で激しく燃えた。
江崎の「芸者をやめて欲しい」という言葉に、朋子は自分を賭け、やがて神波伯爵(宇佐美淳也)の世話で“花津川”という芸者の置屋を始め独立した。
〈三椏の章〉
関東大震災を経て、年号も昭和と変わった頃、朋子は二五歳で、築地に旅館“波奈家(はなのや)”を開業していた。
朋子の頭の中には、江崎と結婚する夢だけがあった。
母の郁代は、そんな朋子の真意も知らず、昔の家の下男・八らん(三木のり平)との年がいもない恋に身をやつしていた。
そんな時、神波伯爵の訃報が知らされた。
悲しみに沈む朋子に、おいうちをかけるように、突然訪れた江崎は、結婚出来ぬ旨告げて去った。
郁代が女郎であったことが原因していた。
朋子の全ての希望はくずれ去った。
この頃四十四歳になった母・郁代は、年下の八らんと結婚したいと朋子に告げた。
多くの男性遍歴をして、今また結婚するという母にひきかえ、この母のために女の幸せをつかめぬ自分に、朋子はひしひしと狐独を感じた。
終戦を迎えた昭和二十年、廃虚の中で、八らんと別れて帰って来た郁代にとまどいながらも、必死に生きようとする朋子は“花の家”を再建した。
それから三年、新聞の片隅に江崎の絞首刑の記事を見つけた朋子は、一目会いたいと、巣鴨通いを始めた。
村田事務官の好意で金網越しにあった江崎は、三椏の咲く二月、十三階段に消えていった。
病気で入院中の朋子を訪ねる郁代が、交通事故で死んだのは朋子の五十二歳の時だった。
波乱に富んだ人生に、死に顔もみせず終止符をうった母を朋子は、何か懐しさをもって思い出した。
母の死後子供の常治をつれて花の家に妹の安子が帰って来た。
朋子は幼い常治の成長に唯一の楽しみをもとめた。
昭和三十九年、六十三歳の朋子は、常治を連れて郁代のかつての願いであった田沢の墓に骨を納めに帰った。
しかしそこで待っていたのは親戚の冷たい目であった。
怒りにふるえながらも朋子は、郁代と自分の墓をみつけることを考えながら、和歌の浦の波の音を聞くのだった。
コメント:
原作は、有吉佐和子の代表作の一つである「香華」。
『婦人公論』で1961年1月号から12月号まで連載され、1962年に中央公論社から刊行された。
映画は、木下惠介が監督・脚本をつとめた作品である。
上映時間3時間21分の大作。
大正時代の遊郭街のオープンセットが豪華で見事。
我儘で身勝手な母親に翻弄されるヒロインの明治から昭和までの愛憎と確執の物語。
自分勝手な母の娘に扮する岡田茉莉子は、美貌の一流芸者から旅館の女将まで、強い意思を持って生き抜く女を演じている。
母との際立った性格のぶつかりあいが見応え十分。
母親役の乙羽信子は、地主の妻から遊郭街一の花魁、果てはお茶挽き女郎までを経験して、奔放で移り気、男好きで自分の行動に全く恥を感じず、最後までやりたい放題を貫く女を演じている。
この女優は、こういった自由闊達で自我が強く、いつも明るい性格の女性を演じさせたら天下一品である。
とにかく、この頃の岡田茉莉子の美しさは凄いとしかいいようがない。
最も彼女が美しかったころの代表作といって良いだろう。
タイトルの「香華」。
これは本来、仏教用語で、仏前に供えるお香や花のことをいう。
だが、この作品では、亡き母を弔うという意味だけでなく、ヒロインの朋子という女性の、香しい凛とした華のような生涯を暗示しているのであろう。
舞台は、紀州、静岡、東京と変って行くが、最後はまた紀州に戻って、先祖代々の墓の前に立つのだ。
やはり、有吉佐和子の原点は、紀州であった。
二十歳で未亡人になった母とその娘の人生を描いている。
古い風習を守って暮らす祖母・田中絹代。
奔放で身勝手な母・乙羽信子。
愛する人と結ばれなかったが、賢く手堅い人生を送る娘・岡田茉莉子。
3人の名女優の演技がすばらしい。
そして、着物、着物、着物――きもののオンパレード! 「きもの映画」といってもいい。
母娘の“きものの好みの違い”が二人の葛藤を表現するキーワードになっている。
派手好みの母と、仕事着以外は地味な着物を好む娘。
母と娘でなごやかに語らいをしていても、たいてい、きものがきっかけで破綻する。
普段はおさえている母への恨みを、“きものの好みの違い”を通してぶつける娘。
脚本も演出も秀逸な作品である。
さすがは、木下惠介だ。
こういう名女流作家の作品を原作にした名監督と豪華俳優陣による映画は、最近ではほとんど見られなくなっている。
なぜだろうか。
邦画という立派な日本の文化をしっかり後世に残そうという気概のある映画人が消えて行こうとしているのではないだろうか。
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