「日本橋」
1956年10月1日公開。
女の恋の執念を描いた泉鏡花の名作を映画化。
市川崑監督の作品としても知名度が高い文芸映画の傑作。
原作:泉鏡花「日本橋」
脚本:和田夏十
監督:市川崑
キャスト:
- 稲葉家お孝:淡島千景
- 滝の家清葉:山本富士子
- お酌お千世:若尾文子
- 葛木晋三:品川隆二
- 五十嵐伝吉:柳永二郎
- 笠原信八郎:船越英二
- 植木屋甚平:杉寛
- 蒟蒻島の阿婆:岸輝子
- 清葉の母:浦辺粂子
- お鹿の女将:沢村貞子
- 塩瀬の女将:平井岐代子
- お鹿の客:潮万太郎
- 橘博士:伊東光一
- 清葉の旦那:高村栄一
- 飴屋のおやじ:伊達正
- 箱屋:小原利之
- 腕白大将:川口浩
あらすじ:
日本橋元大工町、幽霊が出るという噂のある露地の細道に稲葉家が移転。
女あるじ・お孝(淡島千景)は、雛妓お千世(若尾文子)を始め抱妓九人を持つ日本橋の芸者。
意地と張りが身上で、界隈切っての美人芸者・清葉(山本富士子)と張り合う。
清葉に振られたためにお孝と出来た客も一人や二人ではない。
五十嵐伝吉(柳永二郎)もその一人。
もとは海産物問屋だが、清葉に振られた処をお孝に拾われ夢中になったのも束の間、やがてお孝にも追い出され、問屋はつぶれ女房も死んだ。
今は可愛い子供も棄て、お孝を求めてさまようばかりだ。
行方知れぬ姉を探す医学士・葛木晋三(品川隆二)は、姉に瓜二つの清葉を知り、ある夜、待合お鹿で自らの心情を打ち明ける。
だが清葉は旦那も子供もある身。
乱れる心を押えて冷たく別れの盃を交す。
その夜更け、一石橋の上で姉のかたみの一文雛を川へ放した葛木は通り掛った笠原巡査に不審尋問される。
困っている処を、ほろ酔い加減のお孝の気転で救われる。
二人はその夜、結ばれた。
清葉の家の露地板にある夜、捨て子。
赤熊こと伝吉の子供とも知らず、清葉は養い親となるのだ。
初夏の頃、もうお孝にとって葛木は無二の人に。
短刀で凄んで居直ろうとした伝吉もお孝の真剣さに圧倒され、一石橋で葛木を待伏せして、お孝と切れてくれと嘆願。
葛木は彼の執念に動揺し、世を捨てて巡礼に出ることに。
翌年の夏、恋しさのあまり狂人となったお孝は、叔母と名乗る性悪婆に一人残った抱妓お千世と三人の佗住いになっていた。
日の暮れる頃、清葉の家の近くに火の手が上った。
清葉の母と養いの赤児を救った伝吉は、その勢いで恨みの稲葉家につっ走り、婆とお千世を一突き。
だが、お孝は彼の手から刀を奪い彼を刺す。
その瞬間「しまった」と駈込む旅僧姿の葛木。
お孝の瞳に正気が甦った。
だが、生涯に唯一度、誠の夫と誓う人への再会の喜びも束の間、正気を取戻したお孝は台所で静かに毒をあおいだ。
数日後、旅立姿の葛木が清葉を訪れ、仏門に余生を送る覚悟を述べたのだ。
お孝こそ自分の妻と語る彼は、忍び泣く清葉を後に日本橋を去って行くのであった。
コメント:
原作は、泉鏡花が1914年(大正3年)に書き下ろしで発表した長編小説および本人脚色による戯曲。
鏡花作品では『婦系図』と並び、新派古典劇の代表作の一つである。
同作を原作に、1929年(昭和4年)には溝口健二監督によるサイレント映画が、1956年(昭和31年)には市川崑監督による本作が製作・公開されている。
泉鏡花の小説は、青空文庫に掲載されている。
内容は花街を舞台にした男女の恋模様を湿っぽく描きこんだ今や大時代的な感じさえするメロドラマ。
元々大正から昭和にかけて新派劇の人気演目であったという。
以前にも、サイレント期に溝口健二監督によって映画化されている作品。
泉鏡花らしい怪しい気配、不気味な気配が感じられ、普通の新派劇と一線を引く。
特にお孝(淡島千景)にストーカーのようにまとわりつく熊男(柳栄次郎)の存在が不気味であり、終盤の愁嘆場を導くのも彼だ。
お孝は何かと人気芸者の清葉(山本富士子)と張り合う。
気の強いお孝とは対照的に、清葉は慈悲溢れる優しい女だ。
お孝が一方的に恋のさや当てをして清葉に絡む。
恋焦がれた学者の葛木(品川隆二)に振られ、気がふれてしまうような気性の激しい女性を淡島が好演している。
市川崑監督は、冒頭から狭い路地のカットから入り、その後も随所に狭い路地裏のカットを差し挟む。
嫌でも人と人が触れてしまう狭い路地裏で繰り広げられる愛憎劇を、舞台さながらの鮮やかな配色で作り上げている。
この辺りの市川崑の演出が憎い。
華やかな衣装に身を包みながら世間からは一段低く見られ蔑まれる芸者の世界。
その世界でもがく2人を、淡島千景と山本富士子が演じる。
きっぷが良くて大らか、嫉妬深いのが残念なお孝(淡島千景)。
繊細で芸者の境遇に疑問を持ちながら旦那を抱え現実に向き合う清葉(山本富士子)。
高島屋提供の豪奢な着物を見ているだけでため息が出る。
この映画は、Amazon Primeで動画配信中: