「氷壁」
1958年3月18日公開。
山岳登山家を巡る事故と愛のもつれを描くメロドラマ。
原作:井上靖「氷壁」
脚本:新藤兼人
監督:増村保造
キャスト:
- 魚津恭太 - 菅原謙二
- 八代美那子 - 山本富士子
- 小坂かおる - 野添ひとみ
- 小坂乙彦 - 川崎敬三
- 常盤大作 - 山茶花究
- 八代教之助 - 上原謙
- 小坂の母 - 浦辺粂子
- 上条信一 - 河原侃二
あらすじ:
魚津恭太(菅原謙二)と小坂乙彦(川崎敬三)は、元日の明け方前穂高の北壁にしがみついて吹雪と闘っていた。
あと十米ほどで岩場がつきるという時、猛然と谷間から雪が吹き上げ、二人を結びつけていたナイロン・ザイルが切れ、小坂の体は転落して行った。
どうしてザイルは切れたのか--間もなくナイロン・ザイルの衝撃実験が八代教之助(上原謙)の手によって行なわれた。
教之助は、皮肉にも死んだ小坂が命をかけて慕い、そして過去に一度だけ関係のあった八代美那子(山本富士子)の夫だった。
実験の結果、ザイルは切れなかった。
問題になったザイルは魚津が勤めている新東亜商事の兄弟会社の製品であったため、彼の立場は更に苦境へと追いこまれた。
だが、小坂の死が他殺か自殺かと騒然たる世論の中で、終始魚津を理解しつづけたのは支社長の常盤(山茶花究)だった。
魚津は美那子を無責任なスキャンダルの渦から救おうとしていたが、今では小坂と同様に美那子を慕う自分を知った。
一度断念された小坂の死体捜索が再開され、それには小坂の妹かおる(野添ひとみ)も加わった。
発見された死体にザイルはきちんと結ばれていた。
遺体を焼いた翌日の夜、かおるは魚津に結婚してほしいと打ち明けた。
兄を焼く火の色が彼女を真剣な思いに導いたのだ。
愛してはいけない美那子への思慕を清算し、かおると結婚しようという意志を固めるため、魚津は飛騨側から前穂の単独登攀を試みた。
そして、かおるとは徳沢小屋で落ち合い、一緒に帰京して結婚することを約束した。
ガスが濃く流れて視界がよくきかない岩壁を進む魚津の耳に地鳴りのような重苦しい音が重なり合い、次第に轟々たる響きになって追って来た--。
徳沢小屋では、明日会える魚津が登りつつある前穂の峰を、かおるが静かに見つめていた。
その峰の姿は無気味な肌色をみせて妙に明るい空にそそり立っていた。
--魚津の到着の時刻になっても彼は現れなかった。
捜索隊が出され、かおるは再び愛する人の遺骨を胸に、故郷へ帰らねばならなかった。
美那子は駅へ彼女を送った。
かおるは冷く澄んだ何かにつかれたような表情をしていた。
美那子は自分の敗北とでもいうようなものを感じた。
かおるの汽車は西へ去り、美那子は居合わせた常盤に挨拶をし、駅を出て行った。
--再び、空虚な家庭へかえるために。
コメント:
原作は、井上靖の同名長編小説。
1956年2月24日から1957年8月22日まで朝日新聞に連載され、1957年に新潮社から単行本が刊行された。
切れるはずのないナイロンザイルが切れたために登山中に死亡した友人の死を、同行していた主人公が追うミステリアスな作品として人気を得た。
1955年に実際に起きたナイロンザイル切断事件の若山五朗、北鎌尾根で遭難死した松濤明、芳田美枝子(奥山章夫人)ら複数のモデルがいる。
友情と恋愛の確執を、「山」という自然と都会とを照らし合わせて描いている。
この小説は、1958年に映画化されたが、その後何度もテレビドラマ化されている人気作である。
映画は、名匠・増村保造監督により、菅原謙二主演の登山事故をめぐる男女の物語である。
菅原謙二が演じる登山家と関係を持つ二人の女性を、山本富士子と野添ひとみが熱演しており、三角関係のメロドラマになっている。
いつの時代も不倫はあったのだと感じるが、この当時は「不倫」ではなく、「不貞」といった。
つまり、「貞操観念」がまだしっかり社会常識として定着していたのだ。
それが、石田純一の「不倫は文化だ」という名言と共に、「不倫」が小説や映画やテレビドラマのネタとして当たり前のように使われ出したのだ。
山本富士子は、この話の展開では年上の旦那(上原謙)の後妻となったが故に、他の男をたぶらかす身勝手な恋多き女を演じている。和服が似合っている。
この映画は、悲劇を描いている。
山で死んだ小坂(川崎敬三)の妹・かおる(野添ひとみ)と結婚の約束をした魚津(菅原謙二)は、八代夫人(山本富士子)への思いを振り切るため、北穂高を越えてかおるの待つ山小屋に帰ってくるはずだった。
無事着けたら結婚しようと言っていたのだ。
だが、ものの見事にフラグは折れて雪崩に遭い、魚津はかおるの元へ生きて戻ってこなかった。
かおるは、兄も婚約者も山で失う結果となったのだ。
こんな悲惨なエンディングはひどすぎるのではないか。
だが、原作は大ヒットとなり、山男へのあこがれがさらに高まったという時代だった。
それが証拠に、「山男の歌」という曲がこの映画の4年後に発売されて、これも大ヒットしたのだ。
ザイルが切れるというネタは、若尾文子の代表作「妻は告白する」('61)と同じだが、これは円山雅也の小説「遭難・ある夫婦の場合」を原作とした法廷もので、内容が異なる。
この映画は、動画配信、レンタル共に見当たらない。
アマゾンでDVDを購入可能:
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