「霧の波止場」
(原題:Le Quai des Brumes)
1938年5月18日公開。
巨匠マルセル・カルネの長編劇映画3本目。
ミッシェル・モルガンの出世作。
原作:ピエール・マッコルラン
脚本:マルセル・カルネ、 ジャック・プレヴェール
監督:マルセル・カルネ
キャスト:
ジャン:ジャン・ギャバン
ネリー:ミシェール・モルガン
ザベール:ミシェル・シモン
カール・ヴィッテル:レイモン・エイモス
パナマ:エドゥアール・デルモン
ミシェル:ロベール・ル・ヴィギャン
リュシアン:ピエール・ブラッスール
あらすじ:
夜道を歩く一人の男ジャン(ジャン・ギャバン)。
脱走兵の彼は、港町ル・アーヴルを目指している。
そこから南米のベネズエラへ高飛びしようというのだ。通りがかったトラックに乗せてもらった彼は、目の前を横切った一匹の犬を避けようとハンドルを切って運転手と口論になる。
ル・アーヴルの町へ着いたジャンは、たまたま知り合った酒泥棒カール・ヴィッテル(レイモン・エイモス)に、訳ありな人々が集うパナマという酒場へ案内される。先ほど命を助けた犬もついてきた。そこで自殺癖のある画家ミシェル(ロベール・ル・ヴィギャン)と知り合い、店主パナマ(エドゥアール・デルモン)に食事をご馳走になった彼は、家出してきたという17歳の若い娘ネリー(ミシェール・モルガン)に一目惚れする。
天涯孤独の彼女は名付け親ザベール(ミシェル・シモン)の経営する雑貨店で働いているが、ザベールはネリーに下心を持っており、日頃から言い寄られていたのだ。そのザベールは違法な商売に手を出している下品な中年男で、地元で幅を利かせる金持ちのヤクザな放蕩息子リュシアン(ピエール・ブラッスール)と揉めていた。
一緒に店を出たジャンとネリーに、たまたま通りがかったリュシアンと子分たちが絡む。リュシアンは以前からネリーに目を付けていたのだ。嫌がるネリーを無理やり連れて行こうとするリュシアン一味だったが、止めに入ったジャンに殴り倒されて逃げ出す。この一件で、リュシアンはジャンに恨みを抱くのだった。
一方、ジャンが店を去った後、画家ミシェルが川で入水自殺を遂げる。その晩、ジャンが再びパナマの店を訪れると、ミシェルの服や靴、パスポート、現金などが彼のために託されていた。軍服から平服へ着替えたジャンは、これで警察の目を心配せずに済む。パスポートと現金もあるから、あとはベネズエラ行きの船の客室を確保すればいいだけだ。
ネリーと一緒に遊園地へ出かけたジャン。その夜、遂に結ばれたジャンとネリー。2人は一緒に南米へ行こうと計画する。
ザベールはネリーがジャンと高飛びすることを知り、嫉妬のあまりネリーを暴力で手に入れようとする。
来合せたジャンはザベールをなぐり飛ばす。
倒れたザベールは頭を打って即死してしまう。
ネリーを救うためであり、正当防衛とも言える行為であるが、世を忍ぶ脱走兵の身の上では、出るところへも出られない。
逃げるほかはない。
ブラジル行の船に船室は予約してあるので、ネリーは画家として船に乗ってくれと頼む。
あとで必ず来いと別れてジャンは乗船した。
しかし、ネリーのことが気にかかる。
ジャンは船からかけ出してザベールの雑貨屋へ赴く。
その二、三軒手前まで来たとき、走り乗った自動車からピストルを握った手が出て発射した。
ジャンは倒れた。
物音に店からとび出したネリーは、会いする男の死体を抱いて声をあげて泣いた。
波止場ではブラジル行きの船の汽笛がボーと鳴った。
コメント:
港町・ル・アーヴルで出会った、脱走兵(J・ギャバン)と美しい娘(M・モルガン)の悲劇的な恋の行方を描いた作品。
ジャンが途中で命を救った犬が効果的に使われていて、悲劇性を際立たせている。
最後に船の汽笛が鳴るところでは「望郷」を連想させる。
ジャック・フェデーの『外人部隊』('34)やジュリアン・デュヴィヴィエの『望郷』('37)、ジャン・ルノワールの『大いなる幻影』('37)などと並ぶ、フランスの“詩的リアリズム”映画を代表する名作とされている。
第二次世界大戦前夜の暗い世相を反映したペシミズム、厭世的でありながらも繊細でロマンティック、犯罪や貧困などの絡んだ労働者階級の悲劇的なドラマ…といった要素が挙げられる。
舞台となっているのは、フランス第2の港町・ル・アーブル。
この町は、第二次大戦においてノルマンディー上陸作戦を契機に、砲撃と空爆によって、街の8割が破壊され、8万人の市民が住居を失った悲劇の土地である。
本作は、その激戦の少し前のル・アーブルでの男女の生き様を描いているのだ。
主人公は、ワケあって追われる身の脱走兵ジャン。
ただし、なぜ彼が軍隊を離脱して逃亡したのか、ここへ至るまでに何が起きたのかなどは、劇中で語られることが一切ない。
これは当時の検閲によって脱走兵という設定そのものを明確に出来なかったことに起因するようだが、それがかえって観客の想像力を刺激して物語に奥行きを与えることになった。
そんなジャンが夜霧をかき分けるようにしてたどり着いたのが、同じく脛に傷を持つような底辺の人々が集まる港町ル・アーヴル。
そこでジャンは名もなき貧しい人々に助けられ、不幸な身の上の若い娘ネリーと知り合って恋に落ちる。
ようやく人生に希望が見えてきたように感じた彼は、愛するネリーを連れて南米の新天地へ高飛びしよう、そこで人生を一からやり直そうと考えるが、しかし港町にうごめく怪しげな犯罪の影によって足元をすくわれてしまう…というお話だ。
ヒロイン・ネリーを演じたミシェール・モルガンが美しい。
当時18歳だった。
この人は、パリ西部出身の女優で、ジャン・ギャバンと共に2つの映画『霧の波止場』(1938年)と『曳き舟』(1941年)に主演し、スターの座に上った。
1946年の映画『田園交響楽』では第1回カンヌ国際映画祭 女優賞を受賞した。
他の主な出演作は、イタリア映画『ファビオラ』(1948年)、ジェラール・フィリップと共演した2作『狂熱の孤独』(1953年)と『夜の騎士道』(1955年)、『マリー・アントワネット』(1956年)等がある。
石原裕次郎などが出演した多くの港町を舞台にした日活の和製ノワール映画の原点は、おそらくこの作品なのではなかろうか。
哀愁のある本作のテーマ曲を聞くと特にそう思えてならない。
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